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米問屋《三》

 見張りがついても、霊斬はいつも通りに店を開けた。

 刀を研いだり、直したりしながら、気づけば夕方になっていた。

 店の外に向かうと、見張りはまだいるようで、霊斬は舌打ちをした。

 その日の夜、酔い覚ましに店の外へ出た霊斬は、夕方まであった気配が消えていることに気づいて、内心安堵した。



 翌日の夕方、依頼人が顔を出した。

「先日は危ないところを助けていただき、ありがとうございました」

 奥に通すや、米問屋の主はそう言って頭を下げた。

「通りかかっただけですよ」

 霊斬は苦笑した。

「あんなことは今まで一度もなかったので、なにか今回のことと関係があるんでしょうか?」

 主は疑問を口にした。

「それはなんとも言えません」

「そうですか。あ、これを」

 主は慌てて言い、財布から小判五両を差し出してきた。

「ありがとうございます」

 霊斬は言いながら、小判を受け取ると袖に仕舞った。

「では、私からはこれを」

 霊斬は修理した小太刀を差し出した。

 主は礼をして受け取る。

「桐野家は私の方でなんとかします」

「よろしくお願いいたします」

 主は頭を深く下げると、店を去った。



 決行日当日、黒の長着に同色の馬乗り袴、黒の足袋、同色の羽織を身に着ける。隠し棚から黒刀を取り出して腰に帯びる。黒の布を首に巻いて、顎から鼻まで引き上げる。草履を履いた霊斬は、店を出た。桐野家近くの屋根で千砂と会った。

「依頼人には狙われていたこと、話したのかい?」

「話していない」

 霊斬は即答した。

「どうしてだい?」

「話して余計に怖がらせるのは、気分が悪い」

「そうかい」

 千砂はそれだけ聞くと、桐野家へ向かった。

 霊斬は彼女の後に続いた。


 霊斬が屋敷に足を踏み入れると、声が聞こえてきた。

「曲者だ~!」

 どたばたと、武器を持った男達が出てくる。およそ五人。

 霊斬は動じることなく、黒刀を抜く。男達の右腕に狙いを定め、歩いていく。

 まずは一人。繰り出してきた攻撃を躱し、右腕を斬りつける。

 うずくまった男を蹴って退かすと、二人目の男の刀が目前に迫る。それを受け止めると、一歩大きく踏み込む。された男は体勢を崩す。その隙をついて霊斬は右腕を斬りつけた。

 三人目、四人目、五人目と同時に攻撃を繰り出してきたので、次々に斬りつけていった。

 五人の壁を突破すると、それよりも多い人数――十人が武器を手に、霊斬を待ち構えていた。しかし、全員腰が引けている。先ほどまでの霊斬の動きを見ていたからだろう。五人ずつ一列に並んで、じりじりと霊斬に近づいてくる。

 ――鬱陶うっとうしいな。

 霊斬は内心で溜息を吐くと、黒刀を振りかざして、その中に突っ込んでいった。第一波は驚いている隙に、右腕や左脚を斬りつける。第二波は繰り出される刀をすべて躱し、それぞれ左腕を斬りつけた。

 斬りつけられた男達全員が、床に蹲って痛みに呻いている。

 その様子を鼻でわらうと、霊斬は先に進んだ。


 千砂はその様子を中庭に身を潜めて見ていた。

 霊斬がいくのを待ってから、屋根裏へと足を向けた。


 千砂が目星をつけた部屋の天井の板を外すと、部屋の一角に座る、老年の男を見つけた。

 騒ぎを感じ取ったのか、その手には刀が握られている。

 千砂はその場で息を殺し、様子を見守った。


 一方霊斬は、数多くの襖が開きっ放しの中で、ひとつだけ戸が閉まっている部屋を見つける。

 無言で襖を開けると、刀を持った老年の男と目が合う。

「桐野光郎。米問屋の主を困らせることは、もう、やめてもらおうか」

「そろそろ潮時かと思っていたところよ」

 光郎は、不快そうに顔を歪めて言い放った。

「だから、暗殺を思いついたのか?」

「余計なことをしなければ、あの世に送ってやったものを」

 光郎は忌々しげに顔を歪めた。

「主の代わりに、そなたを地獄に送ってやろう!」

 抜刀すると、斬りかかってきた。

 その刃を霊斬は右手で受け止めた。

 てのひらに走る激痛に、霊斬は顔をしかめただけだった。

 その動きに驚きを隠せないのは光郎だった。

 渾身の攻撃にもかかわらず、その手はぴくりともされる様子がない。代わりに自分の刀が、かたかたと震え始めた。

 刀と掌の間を霊斬の鮮血が滴り落ちる。

「まだやるか?」

 その馬鹿にしたような物言いに怒りを覚えた光郎は、刀を引き、首を狙って再度斬りかかった。

 それを今度は黒刀で受け止めた霊斬は、その刀を押し返す。先ほどの一撃で、右手は使い物にならなくなったようで、霊斬は左手で黒刀を持っていた。

 それでも右手と同じように使えるらしく、せめぎ合いが続いた。それに負けたのは光郎だ。力が足らず押し切られ、右肩をざっくりと斬り裂かれてしまった。

「ぐっ……!」

 痛みに呻いた光郎は、肩を押さえる。

 霊斬は非情にも、光郎の右脚に黒刀を突き刺した。

「ぐあ……!」

 痛みに叫ぶ光郎をよそに、黒刀を強引に動かす霊斬。

 光郎の悲鳴が上がる。

 霊斬はそれを無視して、何度か傷を抉るとようやく黒刀を抜いた。

 光郎はたまらず、膝をついた。

 霊斬は黒刀を振って、鮮血を落とすと、鞘に仕舞う。くるりと背を向ける。

 その背に向かって、動けない光郎が叫んだ。

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