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第9話 猫のようにくつろいでいる

 テレビをつけて、テーブルで夕飯を食べていると二階から美玖が降りてきた。


 リビングに行くなりソファに直行し、また横になった。


 鍵がかかっていたこの家にどのようにして美玖は入ったのかというと、まぁ単純に彼女がこの家の合鍵を持っているからだ。


 一応は美玖の両親が管理の元なのだが、美玖はこうして俺が家にいない時でも合鍵を使用して入ってきている。


 この家の真隣に美玖の家があるから、いつでも来放題というわけだ。


 ちなみにその合鍵を美玖の両親に渡したのは俺の両親なわけで、ましてやこれまで散々美玖の両親に世話になっているから、俺に拒む権利などないのだ。


 まるで猫のように自由に出入りするだけで、俺としてはプライバシーの侵害とかいうものはあまり気にしていない。


「……ねぇ楽、誰かこの家に呼んだりした?」


「え、うん。一人呼んだけど……それがどうかしたのか?」


「それってさ、もしかして女の人だったりする……?」


 スマホに目を向けたままそう問うてきた。


「…………そう、だけど」


 何か根拠があって聞いてきたのだろう。


 ここで誤魔化しても美玖を騙せるとは思えない。


 この前大塚を家に上げたのが、正真正銘初めて人を家に上げた時だ。


 もちろん美玖を除いてだが。


 その時に何かしらの痕跡を残してしまったのだろうか。


「ふぅん………まっ、いいけどさ」


 それ以上はなにも聞いてこなかった。


 夕飯を食べ終わり、早速風呂に入った。


 それからしばらくして、風呂から出ると美玖の姿はなくなっていた。


「……ちょっとだけやるか」


 大塚に勉強を教えていたということもあり、結局今日一日試験対策は始められていない。


 彼女を責める気はない。


 その分俺が頑張ればいいだけなのだから。


 部活に入っていないから時間はたっぷりある。


 大塚に教えていたということもあってか今は数学を勉強したい気分だ。


 問題集と筆箱を取り出し、リビングのテーブルに置いてそのまま床に座った。


 問題集を広げてスタートしようとしたところで、玄関の扉の開く音が聞こえた。


 家に入ってきたのは──美玖だった。


「ん……なに、どうしたの?そんなジロジロ見て」


「いや………入ってきたのがお前だと思っていたら強盗だった、っていうパターンにいつか陥りそうで怖いなぁー……って思ってさ」


「そこはほら、楽のお得意の運動神経で撃破しちゃいなよ」


「無茶言うな。強盗やろうって奴が丸腰で家に侵入してくるわけないだろ。ナイフで刺されて終わるわ」


「冗談冗談、ちゃんと毎回鍵閉めてるから平気」


「それならいいけど」


 さきほどと服装が違うようだが、見た感じ風呂に入って来たのか髪の毛が濡れているのが見える。


「……急いできたのか」


「まあね」


 そう言ってそそくさと俺のいる方へ来ると、隣に座ってきた。


 ふわりとシャンプーの香りが漂ってきた。


 美玖の手には二冊の本がある。


 その二つは数学の教科書と問題集だった。


「…………なんで俺が数学の勉強をするって分かった?」


「なんとなく……?ていうかちょうど私もやろうとしてた」


「自分の部屋でやれよ……」


 というかわざわざここに来て勉強する必要あるのか?


「あっ、おいお前髪の毛から水垂れてんじゃねーか!!」


 それでも当の本人は気にすることなく勉強を始めようとしている。


 女子って髪の毛命なんじゃねーの……?


 髪の毛を濡れたままにしておくと傷むというのは俺でも知っている。


 せっかくの綺麗な髪の毛が、このガサツな性格によって失われるのを横で見るのは嫌なので、洗面所からタオルとドライヤーを取ってくる。


 タオルを美玖の頭に乗せて水分を吸収させていく。


 しばらくタオルを髪の毛に当ててから、ドライヤーで乾かしていく。


 じっとしたまま動かないでされるがままでいてくれるから楽でいい。


「なんか、前にもこんなことあったよねーー」


「あぁ………あったな。お前の性格は昔から変わってないから結局苦労するのはいつだって俺なんだよ」


「やぁー……毎度悪いねーホント」


「そう思ってるんならもっと女の子らしくなったらどうだ?」


「いーーのーーっ。学校以外ではグデーっとしてたいから」


 ドライヤーの温風がかかり、湿っていた髪の毛は次第にサラサラへと変わっていった。


「ありがとーー、楽」


「おー、今度からは自分でやれよ」


「えーまたやってよ」


 スイッチをオフにして、タオルとドライヤーを持ってまた洗面所に行った。


 戻ってきてようやく勉強開始だ。


 それからは互いに一切会話することなく手を動かし続け、静かな部屋でひたすら数学の問題を解いていた。


 一ページ分解いた毎に答え合わせをして次のページへ行き、また同じように繰り返していった。


 どれくらい経ったか、突然肩に重みを感じて横を見ると、美玖が頭をコテッと傾けている。


 目を閉じてスースーと寝息をたてて眠っている。


「……寝るなら向こうに戻れよ?」


 軽く肩を揺すってみるも起きる気配はない。


 時刻は九時過ぎ頃


「こりゃ、おぶって行くしかないか」


 美玖の家に電話をかけ、ぐっすり眠っている美玖を玄関先で引き渡し、俺はもう少しだけ勉強することにした。



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