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第15話『ゴブリンシャーマンの罠』

 巨大な光の精霊ウィル・オー・ウィスプを呼び出したゴブリンシャーマン。

 だが、その胸の中では得も言われぬ戸惑いを感じていた。


 目の前の小娘は、死を直前にしながらも瞳から光が消えることがない。

 それが、ゴブリンシャーマンの心に焦りと苛立ちを生み出していたのだった。


「キシャァァァァァ――ッ!!!」


 ゴブリンシャーマンは吠えた。

 心に芽生えた畏怖いふの念を吹き飛ばすために。


 常識的に考えてみれば、この状況から逆転できるわけがない。

 自分の有利は何も変わらないのだ!




「キシャァァァァァ――ッ!!!」


(コイツ……怯えてる?)


 シェイルは、吠えるゴブリンシャーマンの心内を敏感に感じ取った。


(よーし、ならば……!)


「トドメダ、小娘――ッ!!」


 ゴブリンシャーマンが手を振り上げた瞬間――!


「今よっ!」


 シェイルの声を受け、白い影が跳ぶ。

 それは、ルナルナだった。

 開け放たれた檻から脱出したルナルナが、後ろからゴブリンシャーマンの腕に噛み付いたのだ。


「イギャーッ!? ハ、離レロッ!」


 シェイルの瞳に恐怖を感じていたゴブリンシャーマンは、腕に伝わる痛みに敏感に反応する。

 必要以上に激しく腕を振り、ルナルナを無理やり引き剥がす。

 吹き飛ばされたルナルナは空中で半回転し、上手く着地を決めた。

 そして、再び飛びかかれるよう低い体勢で構え、牙をむき出し、うなり声を上げる。


「コ……コノ犬メ――ッ!!」


 ゴブリンシャーマンが、怒りの視線を向けた。


「あなたの相手は、あたしよっ!」


 その瞬間、背後から響く声に、ゴブリンシャーマンは驚き振り返る。

 そこにはシェイルがいた。


「はあっ!!」


 素早く迫ったシェイルは、気合いの声と共に床を強く踏み込む。

 それと同時に、低い体勢から肩当てでの体当たり。


「アヒッ!!」


 突進と踏み込みの力を加えたその肩は、ゴブリンシャーマンの体を“く”の字に折り曲げ吹き飛ばした。


「コ、小娘ェ!! ダガ、コノ程度デ……!!」


 しかし……。

 ゴブリンシャーマンが吹き飛んだ先、そこには自らが呼び出した光の精霊がいた。


「ア、チョット待ッ……」


 その体が光の精霊に触れて――。

 次の瞬間起こる、まばゆい閃光と凄まじい衝撃。


「ギャアアアアアアアアア――――――ッッッッ!!!!!」


 断末魔の叫びが、辺りに響き渡った。


 口から煙を吐き、膝から崩れ落ちるゴブリンシャーマン。

 衝撃波でボロボロになった体は、もうピクリとも動かない。

 シェイルの顔に笑顔が戻った。


「やった……! あたし、勝ったんだ――っ!」

「ワンワンワン!」


 感動に震えるシェイルの元に、ルナルナが走り寄る。


「ルナルナ、ありがとー! あなたのおかげで勝てたよーっ!」


 満面の笑みで抱き上げるシェイル。

 その顔を、ルナルナは嬉しそうに舐めた。


「あははははっ、こらっ、くすぐったいってー!」


 一人と一匹はじゃれあって、戦いに勝利したこと、そして生き残れたことを喜んだ。


(温か~い! 生きてるっていいな……)


 しばしの間、腕の中の温もりに酔いしれた後、シェイルはルナルナを高く持ち上げた。

 お互いの目と目が合う。


「さぁ、帰ろうかっ!」

「ワンッ!」


 会心の笑みを浮かべるシェイルに、ルナルナも嬉しそうに答えた。


 そのとき……。


「マ……マテ……小娘……」


 そこには、傷だらけの体で必死に立ち上がるゴブリンシャーマンがいた。


「な……! ま、まだやろうって言うの!?」


 だが、その体は、もはや戦える状態ではないのは明らかだ。


「オ前……弱イクセニ……強カッタ……」

「どういう意味よ、それ」

「ダカラ……オ前ニ……イイモノ……ヤル……」


 ゴブリンシャーマンはシェイルたちに背を向けると、痛む体を引きずって歩き出す。


「いいもの?」


 シェイルは首を傾げた。


「いいものって、何だろねー?」


 腕の中のルナルナと、顔を見合わせる。


「あっ、まさか……トカゲのシッポとかって言うんじゃないでしょうね!」


 眉間にシワを寄せるシェイルが見守る中、ゴブリンシャーマンは壁ぎわへと辿り着いた。

 ゆっくりと振り返った、その目が赤く輝く。


「オ前ニヤルノハ、コレダ――ッ!!!」


 叫ぶやいなや、ゴブリンシャーマンは後ろ手で壁を強く叩いた。

 壁の一部分が、中にめり込む。

 と、同時に足に伝わる、不気味な振動。


 次の瞬間、シェイルの足元の床が、パックリと口を開けた。


「えっえっえっ!?」


 突如として足元に広がる深い闇。

 それが落とし穴だと気付くのに時間はかからなかった。


「ダ、ダマしたわね――っ!!!」


 支えるものがなくなった体は、真っ逆さまに穴へと落ちてゆく。


「きゃ――――――――っっっっ!!!!」

「グフフ……。コレデ……引キ分ケダ……」


 ゴブリンシャーマンはそう笑うと、壁にもたれたまま動かなくなった。




「いや――――――っっっ!!!!」


 ルナルナを小脇に抱えたまま、穴を落ちてゆくシェイル。

 いったい、どれくらい深い穴なのか想像もつかないが、このまま落ちれば潰れたカエルのようになって死ぬことは容易に想像ができる。


「あたしに……そんな趣味はないっ!!」


 シェイルは、右手の小剣を逆手に持ち替え、体を横に回転させる。


「たぁっ!!」


 そして、渾身の力を込めて、横の岩壁へ小剣を突き立てた。

 良く手入れされた自慢の小剣は、岩肌に深々と突き刺さる。

 その瞬間、ガクンッ! と、腕に伝わる激しい衝撃。


「うああああああああっ!!!」


 肩の関節が抜けそうになる痛みに、その口から叫び声が上がる。

 落下してゆく体を、右腕一本で受け止めようというのだ。

 その衝撃は半端なものではない。


 しかし、落下はまだ止まらない。

 ここの地層は、思ったより柔らかいようだ。

 岩盤を切り裂いて、シェイルたちは落ち続ける。


「ま……まだまだっ!!」


 小剣を引き抜き、再び岩壁に突き立てる。

 その度に肩と腕に襲い来る、激しい痛み。


「でも、あたしは諦めないっ!!!」


 三回目の突き立て。

 それは岩壁の固い部分に突き刺さった。

 例の、ガクンッ!  という強い衝撃が突き抜けるが、その後、体が落下することはなかった。

 思わず、口からため息が漏れる。


「ク~ン?」

「あはは、もう大丈夫だよっ!」


 心配そうな腕の中のルナルナに、シェイルは痛む右腕をこらえて笑ってみせた。


「さて……なんとか止まったけど、これからどうしようか?」


 シェイルは下を見た。

 底はまだ見えない。

 頭をかきむしりたい衝動に駆られるが、両手が塞がっている今は、さすがに我慢する。


 そのとき、不意に……。


 ピキッ!


 という甲高い音が響き渡った。


「ん~? ピキッ?」


 シェイルは、音のした方に目を向ける。

 その音は……ご自慢の小剣から聞こえていた。


「えっえっえっ、まさか、まさかっ……!?」


 シェイルは、目を凝らして刀身を見つめ――。

 そして、そこに入った亀裂を見つけるのだった。


「え――――っっっ!?」


 悲鳴を上げるシェイルの目の前で、パキィッ!! という音を立てて刀身は砕け散る。


「またぁぁぁぁぁ――――――っっっっ!!!!」

「キャイ――――――ンッッッ!!!」


 一人と一匹は、叫びながら落ちてゆく。

 そして、盛大な水音と共に、巨大な水柱が上がった。

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