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第14話『光の衝撃波』

(た、大変だ――っ!!)


 シェイルの顔が青ざめる。

 ルナルナは素早い動きで逃れているものの、狭い檻の中でいつまでも逃げ切れるわけがない。


(相手はシャーマン一体、ゴブリン三体……多勢に無勢だけど、やるしかないっ!!)


 シェイルは拳を強く握り締めた。

 血がたぎり、全身の感覚が鋭くなってゆくのがわかる。


 大きく息を吸い込み――。


(――いくぞっ!!)


 左手の松明を宙に投げ、そして、自らも躍り出た。


「『炎の精霊サラマンダー! その炎の舌で、ゴブリンたちを貫いて!!』」


 凛とした声。

 呪文の詠唱が終わった瞬間、空中の松明から燃え盛る四本の矢が飛び出す。

 放たれた四本の〈炎の矢ファイア・ボルト〉はうなりを上げ、ゴブリンたちを直撃した。


「ギャ――ッ!?」


 炎に包まれたゴブリンたちは、ほぼ同時に悲鳴を上げ、そのうちの一体が燃えながら床に崩れ落ちる。

 しかし、残る三体――ゴブリンシャーマンと二体のゴブリンには致命傷を与えることはできなかったようだ。


「でも、それは想定内!」


 辺りに立ち込める黒煙。

 それを裂いてシェイルが跳んだ。

 椅子を飛び越え、ゴブリンの前に着地すると同時に右手の小剣を横に払う。


 ピッ――!


 と、ゴブリンの胸に赤い筋が入り、そこから鮮血がほとばしった。


 だが、飛び散る血に気を取られている間もなく首筋に感じる殺気。

 振り返ると、一体のゴブリンが棍棒で殴りかかってくるのが見えた。


「うわっ!」


 シェイルは、とっさに身をかがめる。

 棍棒は頭をかすめ、小剣で胸を斬られたゴブリンに直撃した。


「ゴフ――ッ!!」


 骨の砕ける音と共に吹き飛ばされたゴブリンは、激しく壁に激突し、崩れるように倒れた。


「とおっ!」


 振り払われた棍棒が返ってくることを警戒したシェイルは、両足で棍棒を持ったゴブリンの胸を蹴る。

 その勢いを活かして床をコロコロと転がり、間合いを取って起き上がった。


 一方、蹴られたゴブリンは……。

 渾身の一撃を放ち、体勢が崩れているところに打ち込まれた両足での蹴り。

 その力に耐えることができず、足がもつれて背後の大きな棚に激突した。


 衝撃で、手にしていた棍棒が宙を高く舞う。


「グ……ギギ……」


 頭を振って起き上がろうとしたゴブリンに、棚に置いてあった道具が次々と降ってくる。


「ギッ!? ギギッ!?」


 そして棚は、道具を全て撒き散らした後、ゆっくりと前に倒れてきた。


「ギギャ――!」


 押し潰され、もがくゴブリン。

 その頭上に、先ほど宙を舞った棍棒が落ちてくる。

 滞空時間の長いそれは、流れ星のようになってゴブリンの後頭部を直撃した。


「グギャフ!」


 ゴブリンは変な悲鳴を上げ――。

 そして動かなくなった。


「ナ、ナンダコレハ……」


 三体のゴブリンが瞬時に戦闘不能となった状況に、ゴブリンシャーマンは驚きを隠せない。

 わなわなと震える体で後ずさりをする。


 だが、一番驚いていたのは……。


「えっ? えっ? えっ?」


 シェイルだった。


(これは……ちょっと……出来過ぎじゃない……?)


 思わず唖然とするシェイルだったが、すぐにゴブリンシャーマンの視線があることに気付く。


「ど、どう! あたしの実力は!!」


 もちろん、偶然の産物が重なり合ってできた結果ではあるが、ここはこう言っておくのが得策と判断してのことだった。


「オ、オ前ハ何者ダ……!?」

「通りすがりの冒険者よっ!!」


 怯えるゴブリンシャーマンに、語気を強めて答える。

 冒険者という響きに酔いしれながら。


「ルナルナは、返してもらうわっ!」


 そう言って、ビシッと指を突きつける。


(んきゃー! もしかして、今のあたしってカッコイイ?)


 凛々しいその姿。

 だが、その内心は陶酔してニヤけそうになるのを必死に抑えていた。


「さぁ、早く――」


 ルナルナを返しなさい!


 しかし、その言葉は、最後まで続けることはできなかった。


「ウグルアアアアアッッ!!」


 恐怖で我を忘れたゴブリンシャーマンが、飛びかかって来たからだ。


「さ、最後まで言わせてよーっ!」


 鋭い爪の一撃。

 不意をつかれたシェイルだったが、それでもなんとか小剣で攻撃を受ける。


「きゃっ!?」


 が、その力に押し込まれ、壁まで吹き飛ばされた。


「いたたた……。ちょっと薬が効き過ぎちゃったかな?」


 腰をさすりながら体を起こすシェイルを、ゴブリンシャーマンはジーッと見つめる。


「オ前……。本当ハ弱イ?」


 な、何を――っ!?

 確かに、さっきのは運が良かった……。

 でも、運も実力のうちって言うじゃないか――っ!!


 と、いう言葉が喉から出掛かるが、そこは何とか踏みとどまった。

 言ってしまうと、自分が弱いということを認めてしまう気がしたからだ。


「う、うるさーい! 弱くなんかないぞ、バカアホマヌケ――ッ!!」


 そのかわり、精一杯の強がりが口から飛び出す。

 しかしそれは、世間では負け犬の遠吠えと呼ばれていることに気付くことはできなかった……。


「グフフフフ……」


 ゴブリンシャーマンは、目を細め喉を鳴らす。


「こ……このっ、笑うな、こらーっ!!」


 顔を真っ赤にするシェイル。

 今なら、大剣の男の気持ちがわかる!

 と思えるくらいであった。


 ゴブリンシャーマンは、ゴブリンの頭に突き刺さったままの棍棒を無造作に引き抜く。

 そしてそれを片手で振りかざすと、もう一方の手を前に出した。

 手の平が上を向き、指が動く。

 『かかって来い』という、挑発のそれである。


「くっ……バカにすんなー!」


 叫ぶと同時にシェイルは跳んだ。

 間合いを詰めるシェイルの頭を狙って、無骨な棍棒が振り下ろされる。


「そんな攻撃っ!」


 シェイルは体を回転させ、いなすようにして攻撃を避けた。

 目標を見失った棍棒は、破砕音を響かせて床にめり込んでゆく。


「たあっ!」


 一撃を避けられ無防備となった体に、小剣の二連撃を叩き込む。

 鮮血が飛び散り、その脇腹にXの字が刻まれる。

 が、それはまだ致命傷とは成り得ない。


 シェイルは、素早い動きで相手を翻弄ほんろうすることを得意としている。

 だが、それゆえにその剣の一撃は軽くなる。

 確かに軽い一撃でも積み重ねていけば、いつかは相手を倒すことができるだろう。

 しかし、それには的確に攻撃を当て、また相手の攻撃を避け続ける集中力が必要となる。


「はぁっ、はぁっ……。ま、まいったな……」


 緊張から吹き出た汗の滴は、床に黒い染みを作っていた。


「せめて……もう一度〈炎の矢ファイア・ボルト〉が撃てれば……」


 だが、まだまだ修行の身であるシェイルにとって、魔法は精神の力を激しく消耗する。

 これ以上魔法を使えば、気絶さえしてしまうだろう。


「やっぱり、剣で倒すしかないか……」


 シェイルは、愛用の小剣を握り直した。


 ゴブリンシャーマンは、そんなシェイルを睨む。


「グウウ……オマエ、キライ! 弱イクセニ、ウルサイ!」

「こ……このっ、まだ弱いって言うかーっ!!」

「ダカラ……コノ戦イ、モウ終ワラセル!」


 そう言って紡ぎ出す、ゴブリンシャーマンの精霊語にシェイルの顔色が変わった。


「それは……光の精霊ウィル・オー・ウィスプを呼び出す呪文!?」


 かざした手の上に、青白い光が集まってゆく。


「げーっ!? そんなのが使えるなんて……精霊使いの腕は、あたし以上じゃん!」



 ウィル・オー・ウィスプ、それは淡い光を放つ光の精霊だ。

 その青白い輝きにより、周囲を照らすことができる。


 呼び出された光の精霊は非常に不安定で、物質に触れると崩壊して衝撃波を発生する。

 その性質を利用し、戦闘時には相手にぶつけて攻撃することが可能だった。



(――と、その戦闘時の使用っていうのが、目の前のコレなのよね……)


 青白い鬼火となった光の精霊を見つめるシェイル。

 その背中を、冷たい汗が伝ってゆく。


 ゴブリンシャーマンは、完成した光の精霊を自分のかたわらに待機させた。

 青白い輝きが、部屋を染め上げる。


「や、闇の妖魔が、光の精霊を使うなんて、そんなの反則なんだからっ!」

「グフフ、何トデモ言エ……」


 全く気にする様子のないゴブリンシャーマン。

 もちろん、反則などということはない。


「サア、受ケテミロー!」


 ゴブリンシャーマンが精霊語を叫ぶと、ウィル・オー・ウィスプはそれに応えるように空を切って飛んだ。

 シェイルは、とっさに顔の前で腕を交差し、衝撃に耐えるよう身構える。

 光の精霊がその腕に触れ、そして弾けた。


「きゃああああああ――っ!!!!」


 その瞬間、体を貫く衝撃波。


 痛い!!


 などという、生易しいものではない。

 それは、心臓が止まりそうになるほどの強い衝撃だ。


「かっ……」


 シェイルは大きくのけぞった後、ガクッと片膝を付いた。


「かはっ……!」


 息の塊が、口から飛び出す。

 止まり掛けた心臓が急激に動き出し、それと共に全身から汗が一気に噴き出した。


「く……ううっ……。こ……これは、シャレにならないって……」

「ホゥ? マダ生キテイルトハナ! 小娘ノクセニ、ヤルジャナイカ!」

「そ、そりゃ、どうも……」


 シェイルは、引きつった笑みを見せた。


「ナラバ……褒美ニ、モウ一発オミマイシヨウ!」

「そ、そんなご褒美、いらないってーっ!!」

「遠慮スルナ……」


 ゴブリンシャーマンは精霊語を紡ぎはじめる。

 それに呼応し、再び光が集まりだした。


「今度ハ、俺ノチカラ、全テヲ注ギ込ンデヤル……。先程ノヨウニ、優シクハナイゾ!!」

「さっきのも、十分優しくない――っ!」


 宙にその姿を現す光の精霊。

 姿も輝きも、前回のそれとは比べ物にならないくらい大きい。

 今の体力であんなものを受けた日には、確実に死は免れない。


「や……三回くらい死んでも、オツリが来るかも……」


 シェイルはつぶやく。

 ゴブリンシャーマンは、形成された光の精霊を先ほどと同じように傍らに待機させた。

 部屋が、再び青白い輝きに包まれる。


「サァ、小娘……死ヌ覚悟ハ、デキタカ?」

「『まだ』って言ったって、どうせ待ってくれないくせに!」

「ソノ通リダ!」


 ゴブリンシャーマンの目が、狂気に染まった。


(――でも! あたしは、こんな所で死ぬわけにはいかない!)


 その目を、正面から睨み返す。


(何か方法はない!? 何かっ!!)


 そのとき、シェイルの瞳に映ったものは――!

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