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第13話『ユニコーンの戦士像を越えて』

 ――物陰に隠れ、館の様子をうかがう二人。

 アドニスとディアドラ。


「入り口に、見張りが一人がいるわね」

「ああ……」


 ディアドラの言葉に、アドニスは短く答える。

 その間も、二人は見張りから目をそらさない。


「どうするの? 見つかったら仲間を呼ばれるかもしれないわよ」


 ディアドラは、心配そうにささやく。


「最悪、人質を傷付けられる可能性も……」

「あるだろうな」

「でも、気付かれずに近付くのは厳しそうね」


 二人が潜伏している場所から、見張りの位置までは距離がある。

 そして、その間には身を隠すような場所はない。

 いくらアドニスでも、相手に気付かれる前に葬ることは不可能だろう。


「私の精霊魔法じゃ、相手を一撃で倒すほどの力はまだないし……」


 ディアドラは眉間にシワを寄せ、強く握った拳を唇に当てた。


「こんなときに、古代魔法が使えたら……」


 古代魔法には、瞬時に眠りをもたらす霧を発生させる〈眠りの霧スリープ・ミスト〉という魔法がある。

 初級の魔法ではあるが、古代魔法を習得していないディアドラには当然ながら使うことができない。


(私は、アドニスのためにも、もっと強くならなきゃ!)


 そう、心に誓うディアドラだった。


「……ディアドラ」


 そのとき、不意にアドニスが振り返る。

 急接近する顔に、ディアドラの胸は強く脈打った。


「な……なに?」


 真っ直ぐ見つめてくる瞳に、思わず声が上擦る。


「この状況に緊張しているのか? 顔が赤いぞ」


 しかしアドニスは、そんなディアドラの気持ちには気付いていないようだ。


「や……こ、これは違う! そ、それより、この状況をどうするの?」


 その言葉に、アドニスは微笑む。


「大丈夫だ! ディアドラ、力を貸してくれ!」




* * *




「――ですよね、アドニス先生~~!」


 シェイルは拳を握り締め、空を見上げた。


「この状況、アドニス物語のワンシーンと一緒!」


 その腕には、感動のあまり鳥肌が立っている。


「よーし、頑張るぞっ!」


 ガサッ!!


 シェイルの体が草木に触れ、大きな物音が響く。


「ギッ!?」


 その音を、見張りのゴブリンは聞き逃さなかった。

 物音がした草木の方をじっと見つめる。


(あたしも、アドニスのように……)


 ガサガサッ!!


「ギギッ?」


 興奮したシェイルの立てる音。

 茂みからの物音に、ゴブリンは興味を惹かれたようだ。

 手にしていた棍棒を握り直すと、首をかしげながら一歩一歩と近付いてゆく。


 そして、その茂みの前で足を止めると――。


「ギッ!!」


 棍棒で茂みをなぎ払った。

 引き裂かれた草木が宙を舞う。


 だが、そこには何の姿もない。


「ギッ? ギッ?」


 なおも茂みを掻き分けるが、やはり何も見つけることはできなかった。


「ふ~!」


 洞窟の内壁に寄りかかったシェイルは、額の汗を拭った。

 ひんやりとした岩壁が気持ち良い。


「まさか、こうも上手くいくなんてね……」


 シェイルが使った力、そしてアドニスがディアドラに頼んだ力。

 それは〈風の声ウインド・ボイス〉の精霊魔法だった。


 主に連絡や情報収集の手段に使われる初級魔法だが、二人はこれを陽動に使ったのだ。


 草木を動かす物音を、自分から遠く離れた場所で発生させる。

 そして、その音に気を取られている隙にシェイルは洞窟に潜入、アドニスは見張りを一刀の元に切り捨てたのだった。


「大成功~! さすが勇者アドニスよね~!」


 見張りのゴブリンから見えない位置に姿を置いたシェイルは、ふふふと小さく笑った。


「――っと、のんびりしてる暇はないんだった!」


 シェイルは、腰の小剣を抜くと、その一歩を踏み出した。


 外の光が差し込まない内部は、息が詰まりそうなほどの暗闇だ。

 しかし、シェイルはさほど気にした様子もなく進む。

 精霊使いであるシェイルは、インフラビジョンと呼ばれる赤外線視覚を使うことができる。

 これにより、白黒ではあるが暗闇の中でもある程度物を見ることができるのだ。


 天井から鍾乳石がつららのようにぶら下がる通路をしばらく進むと、やがて広々とした空間に出た。

 その空間に、シェイルは違和感を覚える。


「ここは……自然に作られた洞窟とは違う?」


 四角く整えられた部屋。

 石畳が敷き詰められた床からは、大きな柱が二本、天井まで伸びている。

 これまでのゴツゴツとした岩肌とは、まったくもって正反対である。

 壁には松明が数本掛けられ、辺りを照らし出していた。


「ゴブリンは夜目が利くから、明かりなんていらないはずなんだけど……」


 つぶやきながら、壁の松明に手を伸ばす。


「炎の精霊は戦いになったとき役立つし、とりあえず一本もらっておこう!」


 精霊使いは精霊の力を借りて魔法を行使する。

 そのためには、その場に精霊の力が働いていなくてはならない。

 例えば、炎の魔法を使うなら、燃え盛る炎の中に住む火の精霊の力が必要となる。


「よろしくね、火の精霊サラマンダー


 松明の炎は、それに応えるように大きく揺れた。


 慎重な面持ちで歩を進めるシェイル。

 松明の明かりは、床の上に乱暴に散らばった物を照らし出す。

 それらは腐った木材だったり、古びた武器防具だったり……。


「見事に、ガラクタばっかりね……」


 時折、何かの動物の骨が散乱しており、それが不気味さをかもし出していた。


 それらを横目に進んでゆくと、突き当りの壁に別の部屋への入り口が見えてきた。

 入り口には観音開きの大きな扉がある。

 だがそれは半壊し、中の様子が見え、もはや扉としての役目を果たしていない。


「……ん? 何だろあれ?」


 部屋の中には、巨大な白い石の塊が見える。


「あれは……細長いパンの像?」


 シェイルがよく朝食で食べる、バゲットと呼ばれる固焼きのパン。

 その巨大な石像のようなものが、そこにはあった。

 だが、それは壁と扉に遮られ、ここからでは先端部分しか見えていない。


「なんでこんなところにパンの石像なんか……」


 首をひねりながら部屋に入るシェイル。


 だが……。

 次の瞬間、思わず言葉を失った。


 シェイルの瞳に映るもの、それはパンの像などではない。

 それは、巨大な人の石像だった。

 細長いパンだと思ったものは、石像の爪先だったのだ。


 像の足長、いわゆる爪先から踵までの長さは八メートル以上はある。

 大地に立つ姿は果てしなく巨大で、見上げていると首が痛くなりそうだ。


 その巨像の周りには階段があった。

 階段は像を中心にして、螺旋を描いて上っている。


「……ここまで分かれ道とかはなかったし、ゴブリンはきっとこの上だ!」


 気を取り直し、勢いよく螺旋階段を駆け上がるシェイル。


 上るにつれ、巨像の全貌が明らかになってゆく。


 像は全身鎧フルプレートアーマーを着込んだ戦士のものだった。

 細部にわたって掘り込まれた装飾は、製作者のこだわりと技術力の高さをうかがえる。


 像を囲む階段は一周五十メートルほど。

 それが延々と続いている様は、まるで足場の悪い山道のよう。

 そして、ところどころに無造作に置かれた木箱が、それに拍車を掛けていた。

 その運動量の多さに、次第に息は上がり、胸は早鐘を打つ。


「そ……それでも、休んでなんかいられないっ!」


 あのときのゴブリンの嬉しそうな目、垂れるヨダレ。

 一刻も早くルナルナを救出しないと、取り返しのつかないことになる。

 シェイルは、足に更なる力を込めた。


 階段を上るごとにゴブリンの獣臭が強くなってくる。

 それは、決戦のときが近いことを意味していた。




 それからしばらくして、ようやく巨像の頭部に辿り着いた。

 頭はフルフェイス型の兜になっており、後頭部にはたてがみ、額にはユニコーンのように長く立派な一本角がある。

 その角には古代の魔法語ルーンが刻まれていた。

 後ろの壁に目を向ければ、そこには泉のほとりにたたずむ雪白色の一角獣、ユニコーンの姿が描かれている。


「もしかして……。ここは、古代王国時代の遺跡なのかも……」


 像と壁画を交互に眺めてシェイルはつぶやく。


 古代王国は、神々の時代に魔法と共に栄えた国だ。

 だが、その王国は神々の大戦で滅び去り、歴史から名前を消している。

 時折、遺跡が発見され賢者たちの調査が入るが、その全容が明らかになるのはまだまだ先のことだろう。


『遥か昔、ユニコーンはこのリノイ島にもいたと言われているわ』


 以前ナーイが、ユニコーンの尻尾とやらを手にしながら言っていた言葉が、ふと頭の中をよぎる。


「うん……。きっとこの島には、本当にユニコーンがいたんだ。それで、この遺跡の持ち主はユニコーンを崇拝してて……。だからこんな像を作ったんだ!」


 ふと下を見ると、石畳が遥か遠くに見えた。


「高さは……三十メートル以上はありそうね」


 ここから落ちたら、まず助からない。

 シェイルは身震いをすると、慌てて階段に視線を戻した。


「そ、そんなことより今はルナルナだーっ!」


 延々と続いていた階段はあと数歩で終わりを迎え、そのすぐ先には新たな部屋への入り口がある。


「ルナルナとゴブリンは、きっとこの部屋にいるはず!」


 右手には愛用の小剣。

 左手には先ほど手に入れた松明。

 それらを握り締める手には、かつてないほどの汗が浮かんでいた。


 疲労と緊張で乱れた息。

 それを整えながら最後の段に足を踏み出そうとしたとき、ふと部屋の中から人の声がすることに気が付いた。


(人がいる?)


 誰が何を話しているのかを確認しようと耳を澄ました瞬間――。


「馬鹿野郎がっ!!」


 突然、響き渡る罵声。

 驚きのあまり、シェイルは階段を踏み外しそうになった。


 慌てて身をかがめ、段差と、そこにあった木箱を利用して体を隠す。

 そして、巣穴から顔を出す小動物のように、そっと頭だけを出して部屋の様子をうかがった。


 幸いにして入り口に扉はなく、ここからでも中の様子が見える。


「てめえら、なんだって子犬なんか捕まえてきた!」


 そこには、声を荒げる黒い短髪の男がいた。

 背中に大剣グレートソードを帯び、一目で剣士であることがわかる。


 人間でありながら、まるでオーガのようにごつい男の迫力に、ビクッと首をすくませる四体のゴブリン。


 そして……。


(あっ! ルナルナ!)


 ルナルナは、机の上に置かれた檻の中に閉じ込められていた。

 うなり声を上げるルナルナに、男は両手を上げて威嚇いかくする。


「ダ……ダッテ……。白イ犬ガ、必要ダト……」


 四体いるゴブリンのうち、一体だけ装飾品で体を飾っているゴブリンが、おずおずと口を開く。


(あれは……ゴブリンシャーマン!)


 ゴブリンシャーマンとは、精霊魔法が使えるゴブリンのことである。

 通常のゴブリンより知能が高く、人語を解することもある。

 どうやら、そのゴブリンシャーマンが、通訳の役割を担っているようだ。


「『白い犬』じゃねぇ! 『城がいる』って言ったんだ!」


 男の怒りを、ゴブリン語でゴブリンたちに伝えている。


「大陸をこの手に収めるには、まずこの地に城を構えて、という意味だったのに……」


 ゴブリンシャーマンの必死な説明で、ようやく勘違いに気付いたゴブリンたち。


「ウッヘッヘ! ギッヒッヒ!」


 と、手を叩き、男を指差し、歯をむき出しにして笑い出した。


「笑ってんじゃねえ――っ!!!」


 再び落ちる雷。


「……ったく、どこでそんな笑い方を覚えやがったんだ!」


 苛立ちを隠せず、男はツンと立った髪をかきむしった。


「――とにかく、俺はこれからレスタト様を迎えに行ってくる! そろそろ、大陸の視察から戻られる頃だからな」

「ギギッ、ギギーギヒャハー」


 その言葉を、ゴブリンシャーマンがゴブリンたちに訳する。


「レスタト様は、迎えがないと機嫌を損ねるからな……」


 そこで、ため息を一つ。


「まったく、人使いの荒い……」

「ギキュ……」

「それは訳さんでいい!」


 鋭く言い放つ男。


「ったく、イラつかせてくれるぜ……」


 ブツブツ言いながら、男は部屋の奥にあった扉を乱暴に開いた。

 シェイルの位置からでは、その扉の中を見ることはできないが、先程の会話から、そこから外に出られるのだろうと予想はついた。


「その子犬……俺が戻るまでに始末しておけよ」


 歓喜の声を上げるゴブリンたち。

 それを背に浴びて、男は扉の中に消えていった。


 ヨダレを垂らし、一歩一歩と近付いて来るゴブリンに、ルナルナは低いうなり声を上げて威嚇いかくする。

 だが、ゴブリンは全く気にした様子もない。

 入り口を乱暴に開け、檻の中へと手を伸ばした。

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