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第12話『はじめての冒険!』

 初夏の陽射しを浴びて、草木が一斉に背を伸ばす。

 それは、さながら光を求める、いくつもの手のようにも見えた。


 木漏れ日を浴びて歌う小鳥たち。

 そして、時折、頬をなでてゆく柔らかな風。

 この時期の山歩きは、とても気持ちが良いものだ。


 ……これが、遊びならば。


「いてて、いててて……」


 草木をかき分け、シェイルが姿を現す。

 子犬のルナルナを探して村を出たシェイルだが、村からの道の上にルナルナの姿はなかった。

 そのため道を外れ、山の中を探してみることにしたのだった。


「『あたしに任せて!』なんて言ったけど、これは、なかなか大変だわ……」


 独り言を口にしながら、シェイルは足を進めてゆく。


 成犬ならば自分で帰って来るかもしれないが、ルナルナはまだ子犬だ。

 ちゃんと帰って来るという保障はない。


 山には狩人の仕掛けた狩猟用の罠もある。

 更には、魔物たちの住処でもあるのだ。

 もし山に迷い込んでいたのなら、一刻も早く見つけ出さなければならない。


「迷子の迷子のルナルナやーい!」


 シェイルの声が、辺りに響き渡った。



 そのとき、ふと水の流れる音が聞こえてきた。


「川の音……?」


 音のする方向へ歩を進め、草木をかき分けると、不意に開けた場所に出た。


「わぁ!」


 それは、涼しげな音を立てて流れる小川であった。

 流れる水面は、陽射しを浴びて様々な輝きを放つ。

 その水はとても澄んでいて、泳ぐ魚の姿も見えた。


「こんなとこあったんだ! 帰ったら、ナーイにも教えてあげよーっ!」


 新たな発見に心が踊った。


 ――そのとき!


「キャウン!」


 響き渡る子犬の悲鳴。

 慌てて目を向けると、向こう岸の木の間にルナルナの姿が見えた。


 ルナルナは生け捕り用の罠に捕らえられ、宙吊りの状態で情けない鳴き声を上げている。

 幸いにして怪我はしていないようだ。

 シェイルは、ほっと胸をなでおろした。


「待っててっ! 今、助けてあげるから!」


 そう声を掛け小川に近付くが、近くで見ると水深は意外とあり、流れも早い。


「うーん、どこか渡れそうなところは……」


 と、視線を巡らせる。

 少し下流に行ったところに、川の中から岩が顔を出し、渡り石のようになっている箇所が見えた。

 その岩を渡れば向こう岸に辿り着けそうである。


「今、行くからねっ!」


 シェイルは、渡り石に向かって走り出す。


 だが、不意にルナルナ以外の気配を感じ、シェイルは振り返った。


「あっ! あれは、ゴブリン!」


 そこには、二体の赤肌の鬼、ゴブリンがルナルナを見上げていた。

 ルナルナは低いうなり声を上げるが、ゴブリンたちは気にする様子もなく、小躍りをして喜びを表している。


「こらーっ! ルナルナに何する気だーっ!」


 叫ぶシェイル無視して、一体のゴブリンが身軽に木登りを始めた。


 その口には、短剣ダガーをくわえている。

 おそらく、木に結んである縄を切るつもりなのだろう。

 そして、網ごとルナルナを連れ去る。


 その後は……。

 あの口元から溢れ出すヨダレを見れば、容易に想像がつく。


「そ、そんなこと、させないんだからっ!」


 シェイルは身震いし、再び走り出す。


「すぐにそこに行くから、大人しく待ってなさいっ!」


 しかし、その言葉に反応するように、ゴブリンの作業速度が上がった。


「あ、このっ!」


 木に登ったゴブリンは、枝に結ばれている縄に短剣の刃を当てた。

 縄は、意外なほどあっさりと切れる。

 支えを一つ失った網は斜めに傾くが、ルナルナは網に絡まっているらしく、幸か不幸か下に落ちることはなかった。


 ゴブリンは、身軽に隣りの木に飛び移る。

 そして、同様に短剣で縄を切ってゆく。


「あの動き……手慣れてるっ!」


 シェイルはチラリと振り返り、歯噛みしながら言った。


「そーいえば、時々罠が外されて獲物が持ち去られるって聞いたけど……」


 コイツたちの仕業かもしれない――。

 そう思いながら、シェイルは更に走るスピードを上げた。


 そして、渡り石まで辿り着くと、


「よっ! ほっ! はっ!」


 スピードを殺さずに岩の上を渡り始めた。


「たーっ!」


 見事、向こう岸に着地を決めたシェイルは、着地の余韻もそこそこにルナルナの方へと目を向けた。

 その瞳に、網ごとルナルナを担いで逃げてゆくゴブリンの背中が映る。


「ちょ……! このっ! 待てって言ってるでしょーっ!!」


 ゴブリンを追って、シェイルは再び走り出す。


「絶対に逃がさないんだからっ!!」


 全速力で走るシェイル。

 その足はなかなか速く、ゴブリンとの差がみるみる縮まってゆく。


 ――が、その足は不意に動きを止めた。

 そして、慌てて茂みの中に身を隠す。


 ゴブリンが向かった先、それは切り立った崖にある洞窟だった。

 黒く深い闇が、ぽっかりと口を開けているような入り口の前に、おそらく見張りをしているのであろう、ゴブリンが二体立っていた。


「あそこが巣なのね……」


 シェイルは、茂みからひょっこりと頭を出す。

 あのまま追い掛けていたら、ゴブリン四体を相手に大立ち回らなければならなかったろう。


(悔しいけど……今のあたしには、四体いっぺんに相手する力はない……)


 シェイルは、拳を強く握り締めた。


「ギギッ?」

「ギ~♪」


 ルナルナを担いだゴブリンは、見張りのゴブリンと二、三、短い言葉を交わす。

 やがて、見張りの一体と、ルナルナを担いだ二体のゴブリンは、洞窟の中へ姿を消した。


 入り口には、見張りのゴブリンが一体だけとなる。


(これはチャ~ンス!)


 シェイルの目がキラリと光った。


 普段から、剣士であり冒険者であった父から、稽古をつけてもらっている。

 一体だけというのなら、ゴブリン相手に遅れを取ることはないだろう。


 だが同時に、脳裏に疑惑が浮かぶ。


 ゴブリンに気付かれずに近付き、そして、一撃で勝負を決められるのか。

 そのどちらが欠けても、仲間を呼ばれてしまう可能性がある。

 そうすれば、ルナルナの救出は更に困難となるだろう。


「くっ……どうしたらいいの?」


 シェイルはゴブリンを睨んだまま、首から下げた精霊石を無意識に握り締めた。

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