眩しい陽射しを浴びて、赤い髪がなびく。
村の通りを走る少女。
冒険者の格好に身を包んだシェイルだ。
「おっ! シェイルちゃん、きまってるね!」
「ありがとう、おじさん! 後でお店、見に行くねー!」
「わー、シェイルお姉ちゃん、かっこいい~!」
「ふふふ、ありがと!」
村の人々から賞賛の声をもらったシェイルは、上機嫌で村の広場へと足を進めた。
広場の中心には大地と豊穣を司る大地母神の石像があり、その足元からは地下水が湧き出し泉を作っている。
泉は太陽の光を反射してキラキラと輝き、時折吹く風に水面を揺らして更なる表情を見せる。
それはまさに、幻想的な空間だった。
泉にそっと手を入れてみる。
「わ~、冷た~い」
その水の冷たさは、走り火照った体に心地良いものだ。
シェイルは髪を振り、天を見上げた。
「もうっ! 『冷た~い』じゃないわよ!」
不意に背後から響く声に振り返ると、そこには息を切らしたナーイが立っていた。
「ちょっと待ってって言ってるのに、どんどん行っちゃうんだもの!」
怒りの感情をそのままぶつけてくる親友に、少女は苦笑いを浮かべて謝罪する。
そんなシェイルを、ナーイは上から下まで観察するように見た。
「シェイル……気が付けば、剣も身に着けているようだけれど……?」
「えへへ、これ、あたしがいつも使ってるやつ」
シェイルは、腰に帯びた
「せっかくだから、完全装備の冒険者の格好を、みんなに見てもらおうと思って。あ、精霊石も首から下げてるんだよ」
そう言って見せる無邪気な笑顔に、ナーイの口からため息が漏れる。
「……まさか、そのまま村の外に行くつもりじゃないでしょうね?」
なぜバレた……!?
というシェイルの表情に、ナーイの口から再びため息が漏れた。
「で、でも、別に魔物と戦おうっていうんじゃなくて、少しだけ山の中を走ってみたいなって……」
「あなた、今日が何の日か忘れたわけじゃないでしょうね?」
「え……えーと……。なんだろな?」
斜め上を見ながら頬をかくシェイル。
「あ、あのねー! 今日は『覚醒の儀式』の日でしょ!」
「かくせいの……ぎしき……?」
「あきれた! 覚醒の儀式っていうのは……」
覚醒の儀式、それは十五歳になった者が受けられる儀式だ。
前世の魂を呼び出し、それを降臨させることで前世の力を呼び覚ますキッカケとなる。
例えば、前世が剣の腕に秀でていた者ならば、儀式後は現世の自分にも剣の才能が現れる。
ただし、これはあくまでキッカケにすぎず、儀式後にいきなり剣の達人となるわけではない。
その力を開花させる為には、やはり努力が必要なのだ。
「――全ては、キッカケにすぎないのだから……でしょ?」
シェイルは、人差し指を立てて説明する。
「な、なんだ、わかってるんじゃない」
言葉を奪われ驚くナーイに、シェイルは笑ってみせた。
「この村に住んでて、知らない人はいないって」
「はいはい……。また私は、からかわれたのね……」
へへへと笑うシェイルを前に、困り顔のナーイにも思わず笑みが浮かんだ。
「この儀式ができるのは、今はうちの長老様だけになっちゃったもんね~」
「そうね……。だから、大陸からも沢山の人が儀式を受けに来ていたけれど……」
ナーイは目を伏せた。
「数年前に、儀式は意味がない、なんて噂が流れて……」
「それで、儀式を受けに来る人の数が、かなり減っちゃったんだよね」
「確かに……自分の前世は何が得意だったかなんて、ちょっとわかりづらいものね」
「剣なのか、魔法なのか……それとも商才か絵か……」
シェイルは、つぶやき空を見た。空では、雲がゆっくりと形を変えて流れている。
「でも、あたしは儀式を信じてる! 長老様たちを信じてる! ……だって、あたしは自分の前世が誰かわかってるもん!」
「えっ!? な、なんで!?」
予想外のその言葉。
ナーイは驚き口に手を当てた。
「うーん、直感というか……感じるというか……」
「そうなんだ……。凄い……!」
目の前にいる親友が、いつもより大きく見えたときであった。
「そ、それで、シェイルの前世は誰なの?」
「ふふふ、それはね……」
シェイルの瞳が、キラリと光る。
「白銀の勇者、アドニス様よっ!」
「……は?」
一瞬、聞き間違いかと思ったナーイだったが、シェイルの様子を見る限りそうではないらしい。
「アドニスって、あのアドニス?」
「うんっ! だってあたしほどアドニスを好きな人はいないよ? これはもう、生まれ変わりかと」
満面の笑みで、手を太陽へと伸ばす。
広げた指の隙間から、木漏れ日のように光が溢れ出た。
「はぁ……。あなたの無邪気さが、時々うらやましくなるわ……」
「えへへ~」
「……誉めてないんだけど」
そう言って、ナーイはため息をつきながら苦笑した。
シェイルの笑顔は人に伝染する。
それは、その無邪気な性格のせい故か。
人々に笑顔をもたらす。
それはある意味、アドニスに通ずるものがあるかもしれない。
「でも、アドニスってお話の人物よね? 実際にはいないんじゃ?」
その言葉で、妄想に浸っていたシェイルは現実の世界へと引き戻された。
「わ、わかってるよ! た、ただ、そうだったらいいなって……」
「ふ~ん」
「もうっ! ナーイは夢がないんだからぁ!」
立場が逆転したナーイは、ふふふと、満足げに笑う。
「ほ、ほらっ! そんなことより、早く裏山に行こう! 儀式は、今回も裏山の祭壇でしょ?」
村の裏山を指差し、まくしたてるシェイルのそれは、誰が見ても照れ隠しである。
そんなシェイルにナーイは首を横に振った。
「今は、まだ準備中よ。始まるのは、お昼過ぎくらいからね」
「うぁ……そっか……」
完全に気がそがれ、行き場を失った手は恥ずかしそうに頭をかいた。
「お昼過ぎまで、まだかなり時間あるし……。どうしようか……」
「あーん、待ってよーぅ!」
そのとき、不意に響き渡る幼い声。
「あの声は……」
「ルチーナ!?」
二人は声の方を振り返る。
そこには白い毛をなびかせて走る子犬と、それを追いかける、黄色のワンピースに身を包んだ幼い少女の姿があった。
少女の名前はルチーナ。
長老の孫娘だ。
ルチーナは泣きべそをかきながらも懸命に追いかけているが、少女の足では元気に走る子犬に追いつくことはできない。
その差は、みるみるうちに開いてゆく。
「ルチーナ!」
「あ、おねーちゃんたち~! ルナルナを捕まえて~!」
ルチーナが、前を行く子犬を指差して言う。
「よーし、あたしにお任せっ!」
言うが早いか、シェイルは走り出し、素早く子犬――ルナルナの進行方向に立ちふさがった。
シェイルvsルナルナ
シェイルはタイミングを見計らって……。
「やっ!」
飛んだ。
体全体で押さえ込もうという作戦だった。
空中のシェイルの手が、ルナルナを押さえる――。
「あっ!?」
はずが、その手は空を切った。
手が触れる直前で、ルナルナは急停止。
その勢いを四本の脚に溜め、素早く左へと跳んだ。
「わわわわ、べちゃっ!」
目標を失ったシェイルは、変な悲鳴をあげて地面に落ちていった。
対決は、ルナルナに軍配が上がる。
大地に口づけしているシェイルの横をすり抜け、ルナルナは再び勢い良く走り出した。
「いたた……。ナーイ、そっち行ったよっ!」
「ま、任せて!」
鼻をさすりながら叫ぶシェイルにそう答えると、ナーイは両手を広げてルナルナの前に立ちふさがる。
ナーイvsルナルナ
(シェイルは飛んだから横をすり抜けられた……。だから私は、こうして手を広げる!)
「横をすり抜けることは、できないわよ!」
先ほどと同じように、そのまま直進するルナルナ。
シェイルとルチーナが固唾を呑んで見守る中……。
ナーイの声が辺りに響き渡った。
「やーん、スカートくぐったー!」
……軍配は、ルナルナに上がった。
「もー、何やってるのよー!」
「だ、だって~!」
「あーん、ルナルナが行っちゃう~!」
二連勝のルナルナが意気揚々と走る先、それは村の出口の方向だ。
「待ってよーぅ!」
村を出てゆくルナルナを、泣きながら追い掛けようとするルチーナ。
だが、それをシェイルが手で制する。
「ルチーナ、村の外は魔物がいて危ないわ」
「だって……だって……ルナルナが行っちゃうんだもん!」
大粒の涙を流し、必死に訴える少女。
その頭をなでながら、シェイルは優しく微笑む。
「大丈夫、お姉ちゃんが行ってくる!」
「えっ、ほんと……?」
その言葉に涙を止めたルチーナは、顔を上げた。
「うん、大丈夫! お姉ちゃんに任せて!」
「ちょ、ちょっと、シェイル!」
しかし、ナーイが慌てて割って入る。
「あなた、覚醒の儀式のこと、忘れたわけじゃないでしょうね?」
「だって、儀式はお昼過ぎからでしょ? まだまだ時間あるよ」
「それは、そうなのだけれど……」
「それに、あたしは目の前で泣いてるルチーナを、見て見ぬ振りなんてことできない!」
真剣な瞳で見つめてくるシェイルに、ナーイはため息をつく。
「まったく……。私は、行くななんて言ってないんですけど」
「……え?」
「私は、あなたの性格知ってるから。探しに行ったのはいいけれど、そのまま儀式を忘れて帰って来ないんじゃないかって」
そう言って、ナーイはくすりと笑った。
「ナ、ナーイっ!」
「ちゃんと時間までに帰って来るのよ? 長老様たちには言っておいてあげるから」
「うん! ありがとう、ナーイ!」
シェイルとナーイの顔に笑みが浮かぶ。
二人を見つめるルチーナの顔にも笑みが浮かんだ。
その頬の涙は、いつの間にか乾いていた。
「それじゃ、行ってくるっ!」
シェイルは踵を返すと勢い良く走り出した。
その動きに合わせ、赤く長い髪が舞い上がる。
「気を付けてねー!」
「おねーちゃん、お願いねー!」
みるみる小さくなる背中。
だが、二人の声に右手を高々と突き上げて応える姿が、遠目からでもはっきりと見えた。
それは、とても頼もしく、二人の目には物語の白銀の勇者のようにさえ映るのだった。