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第11話『覚醒の儀式』

 眩しい陽射しを浴びて、赤い髪がなびく。

 村の通りを走る少女。

 冒険者の格好に身を包んだシェイルだ。


「おっ! シェイルちゃん、きまってるね!」

「ありがとう、おじさん! 後でお店、見に行くねー!」

「わー、シェイルお姉ちゃん、かっこいい~!」

「ふふふ、ありがと!」


 村の人々から賞賛の声をもらったシェイルは、上機嫌で村の広場へと足を進めた。


 広場の中心には大地と豊穣を司る大地母神の石像があり、その足元からは地下水が湧き出し泉を作っている。

 泉は太陽の光を反射してキラキラと輝き、時折吹く風に水面を揺らして更なる表情を見せる。

 それはまさに、幻想的な空間だった。


 泉にそっと手を入れてみる。


「わ~、冷た~い」


 その水の冷たさは、走り火照った体に心地良いものだ。

 シェイルは髪を振り、天を見上げた。


「もうっ! 『冷た~い』じゃないわよ!」


 不意に背後から響く声に振り返ると、そこには息を切らしたナーイが立っていた。


「ちょっと待ってって言ってるのに、どんどん行っちゃうんだもの!」


 怒りの感情をそのままぶつけてくる親友に、少女は苦笑いを浮かべて謝罪する。

 そんなシェイルを、ナーイは上から下まで観察するように見た。


「シェイル……気が付けば、剣も身に着けているようだけれど……?」

「えへへ、これ、あたしがいつも使ってるやつ」


 シェイルは、腰に帯びた小剣ショート・ソードをポンと叩いた。


「せっかくだから、完全装備の冒険者の格好を、みんなに見てもらおうと思って。あ、精霊石も首から下げてるんだよ」


 そう言って見せる無邪気な笑顔に、ナーイの口からため息が漏れる。


「……まさか、そのまま村の外に行くつもりじゃないでしょうね?」


 なぜバレた……!?

 というシェイルの表情に、ナーイの口から再びため息が漏れた。


「で、でも、別に魔物と戦おうっていうんじゃなくて、少しだけ山の中を走ってみたいなって……」

「あなた、今日が何の日か忘れたわけじゃないでしょうね?」

「え……えーと……。なんだろな?」


 斜め上を見ながら頬をかくシェイル。


「あ、あのねー! 今日は『覚醒の儀式』の日でしょ!」

「かくせいの……ぎしき……?」

「あきれた! 覚醒の儀式っていうのは……」




 覚醒の儀式、それは十五歳になった者が受けられる儀式だ。


 前世の魂を呼び出し、それを降臨させることで前世の力を呼び覚ますキッカケとなる。


 例えば、前世が剣の腕に秀でていた者ならば、儀式後は現世の自分にも剣の才能が現れる。


 ただし、これはあくまでキッカケにすぎず、儀式後にいきなり剣の達人となるわけではない。

 その力を開花させる為には、やはり努力が必要なのだ。




「――全ては、キッカケにすぎないのだから……でしょ?」


 シェイルは、人差し指を立てて説明する。


「な、なんだ、わかってるんじゃない」


 言葉を奪われ驚くナーイに、シェイルは笑ってみせた。


「この村に住んでて、知らない人はいないって」

「はいはい……。また私は、からかわれたのね……」


 へへへと笑うシェイルを前に、困り顔のナーイにも思わず笑みが浮かんだ。


「この儀式ができるのは、今はうちの長老様だけになっちゃったもんね~」

「そうね……。だから、大陸からも沢山の人が儀式を受けに来ていたけれど……」


 ナーイは目を伏せた。


「数年前に、儀式は意味がない、なんて噂が流れて……」

「それで、儀式を受けに来る人の数が、かなり減っちゃったんだよね」

「確かに……自分の前世は何が得意だったかなんて、ちょっとわかりづらいものね」

「剣なのか、魔法なのか……それとも商才か絵か……」


 シェイルは、つぶやき空を見た。空では、雲がゆっくりと形を変えて流れている。


「でも、あたしは儀式を信じてる! 長老様たちを信じてる! ……だって、あたしは自分の前世が誰かわかってるもん!」

「えっ!? な、なんで!?」


 予想外のその言葉。

 ナーイは驚き口に手を当てた。


「うーん、直感というか……感じるというか……」

「そうなんだ……。凄い……!」


 目の前にいる親友が、いつもより大きく見えたときであった。


「そ、それで、シェイルの前世は誰なの?」

「ふふふ、それはね……」


 シェイルの瞳が、キラリと光る。


「白銀の勇者、アドニス様よっ!」

「……は?」


 一瞬、聞き間違いかと思ったナーイだったが、シェイルの様子を見る限りそうではないらしい。


「アドニスって、あのアドニス?」

「うんっ! だってあたしほどアドニスを好きな人はいないよ? これはもう、生まれ変わりかと」


 満面の笑みで、手を太陽へと伸ばす。

 広げた指の隙間から、木漏れ日のように光が溢れ出た。


「はぁ……。あなたの無邪気さが、時々うらやましくなるわ……」

「えへへ~」

「……誉めてないんだけど」


 そう言って、ナーイはため息をつきながら苦笑した。


 シェイルの笑顔は人に伝染する。

 それは、その無邪気な性格のせい故か。

 人々に笑顔をもたらす。

 それはある意味、アドニスに通ずるものがあるかもしれない。


「でも、アドニスってお話の人物よね? 実際にはいないんじゃ?」


 その言葉で、妄想に浸っていたシェイルは現実の世界へと引き戻された。


「わ、わかってるよ! た、ただ、そうだったらいいなって……」

「ふ~ん」

「もうっ! ナーイは夢がないんだからぁ!」


 立場が逆転したナーイは、ふふふと、満足げに笑う。


「ほ、ほらっ! そんなことより、早く裏山に行こう! 儀式は、今回も裏山の祭壇でしょ?」


 村の裏山を指差し、まくしたてるシェイルのそれは、誰が見ても照れ隠しである。

 そんなシェイルにナーイは首を横に振った。


「今は、まだ準備中よ。始まるのは、お昼過ぎくらいからね」

「うぁ……そっか……」


 完全に気がそがれ、行き場を失った手は恥ずかしそうに頭をかいた。


「お昼過ぎまで、まだかなり時間あるし……。どうしようか……」

「あーん、待ってよーぅ!」


 そのとき、不意に響き渡る幼い声。


「あの声は……」

「ルチーナ!?」


 二人は声の方を振り返る。

 そこには白い毛をなびかせて走る子犬と、それを追いかける、黄色のワンピースに身を包んだ幼い少女の姿があった。


 少女の名前はルチーナ。

 長老の孫娘だ。


 ルチーナは泣きべそをかきながらも懸命に追いかけているが、少女の足では元気に走る子犬に追いつくことはできない。

 その差は、みるみるうちに開いてゆく。


「ルチーナ!」

「あ、おねーちゃんたち~! ルナルナを捕まえて~!」


 ルチーナが、前を行く子犬を指差して言う。


「よーし、あたしにお任せっ!」


 言うが早いか、シェイルは走り出し、素早く子犬――ルナルナの進行方向に立ちふさがった。


 シェイルvsルナルナ


 シェイルはタイミングを見計らって……。


「やっ!」


 飛んだ。

 体全体で押さえ込もうという作戦だった。


 空中のシェイルの手が、ルナルナを押さえる――。


「あっ!?」


 はずが、その手は空を切った。


 手が触れる直前で、ルナルナは急停止。

 その勢いを四本の脚に溜め、素早く左へと跳んだ。


「わわわわ、べちゃっ!」


 目標を失ったシェイルは、変な悲鳴をあげて地面に落ちていった。

 対決は、ルナルナに軍配が上がる。


 大地に口づけしているシェイルの横をすり抜け、ルナルナは再び勢い良く走り出した。


「いたた……。ナーイ、そっち行ったよっ!」


「ま、任せて!」


 鼻をさすりながら叫ぶシェイルにそう答えると、ナーイは両手を広げてルナルナの前に立ちふさがる。


 ナーイvsルナルナ


(シェイルは飛んだから横をすり抜けられた……。だから私は、こうして手を広げる!)


「横をすり抜けることは、できないわよ!」


 先ほどと同じように、そのまま直進するルナルナ。


 シェイルとルチーナが固唾を呑んで見守る中……。

 ナーイの声が辺りに響き渡った。


「やーん、スカートくぐったー!」


 ……軍配は、ルナルナに上がった。


「もー、何やってるのよー!」

「だ、だって~!」

「あーん、ルナルナが行っちゃう~!」


 二連勝のルナルナが意気揚々と走る先、それは村の出口の方向だ。


「待ってよーぅ!」


 村を出てゆくルナルナを、泣きながら追い掛けようとするルチーナ。

 だが、それをシェイルが手で制する。


「ルチーナ、村の外は魔物がいて危ないわ」

「だって……だって……ルナルナが行っちゃうんだもん!」


 大粒の涙を流し、必死に訴える少女。 

 その頭をなでながら、シェイルは優しく微笑む。


「大丈夫、お姉ちゃんが行ってくる!」

「えっ、ほんと……?」


 その言葉に涙を止めたルチーナは、顔を上げた。


「うん、大丈夫! お姉ちゃんに任せて!」

「ちょ、ちょっと、シェイル!」


 しかし、ナーイが慌てて割って入る。


「あなた、覚醒の儀式のこと、忘れたわけじゃないでしょうね?」

「だって、儀式はお昼過ぎからでしょ? まだまだ時間あるよ」

「それは、そうなのだけれど……」

「それに、あたしは目の前で泣いてるルチーナを、見て見ぬ振りなんてことできない!」


 真剣な瞳で見つめてくるシェイルに、ナーイはため息をつく。


「まったく……。私は、行くななんて言ってないんですけど」

「……え?」

「私は、あなたの性格知ってるから。探しに行ったのはいいけれど、そのまま儀式を忘れて帰って来ないんじゃないかって」


 そう言って、ナーイはくすりと笑った。


「ナ、ナーイっ!」

「ちゃんと時間までに帰って来るのよ? 長老様たちには言っておいてあげるから」

「うん! ありがとう、ナーイ!」


 シェイルとナーイの顔に笑みが浮かぶ。

 二人を見つめるルチーナの顔にも笑みが浮かんだ。

 その頬の涙は、いつの間にか乾いていた。


「それじゃ、行ってくるっ!」


 シェイルは踵を返すと勢い良く走り出した。

 その動きに合わせ、赤く長い髪が舞い上がる。


「気を付けてねー!」

「おねーちゃん、お願いねー!」


 みるみる小さくなる背中。

 だが、二人の声に右手を高々と突き上げて応える姿が、遠目からでもはっきりと見えた。

 それは、とても頼もしく、二人の目には物語の白銀の勇者のようにさえ映るのだった。

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