「ここに隠れましょ!」
姉弟が薄暗い納屋の一角へと身を隠す。
「お姉ちゃん……」
「大丈夫、きっと大丈夫だから」
そう言って、姉は恐怖に怯える幼い弟を強く抱きしめた。
見れば、弟より姉の顔色の方が蒼白である。
しかし、それでも彼女は弟を抱きしめ、気丈にも納屋の扉を睨みつけた。
外からは争いの音、戦う者の声、逃げ惑う者の悲鳴、そして魔物の咆哮が響いてくる。
その喧騒に乗って、どこからか物の焦げる匂いが漂ってきた。
おそらく、村の家々に火が付いたのだろう。
この納屋にも火の手が回るかもしれない。
しかし、ここから飛び出すことはできなかった。
外に出れば、魔物たちの牙で確実に命を落とすことになるからだ。
弟を抱きしめる姉の腕に、更に力が入った。
――そのとき、納屋の扉が激しい音を立てて揺れる。
「お姉ちゃん!」
弟は、悲鳴を上げて姉の体にしがみついた。
「だ、大丈夫! 扉には、しっかりと鍵を掛けたから!」
見つめる扉には、確かに頑丈な鍵が掛けてある。
だが――!
鈍器のような物を打ち付ける音。
それと共に、木製の扉は悲鳴のような音を立てる。
「扉を壊そうというの!?」
戸惑う二人の前で扉は少しずつ崩壊し――
やがて、木の根をそのまま使用したかのような無骨な棍棒が、扉を突き破って姿を現した。
それと同時に、大きく空いた穴から光が入り込み、薄暗い納屋の中を照らし出す。
それは希望に輝く明るい光などではなく、もうすぐこの世を去ることになる自分への最後の
姉は、そう感じずにはいられなかった。
扉を突き破った棍棒が強引に引き抜かれる。
固唾を呑んで見つめる中、空いた穴から魔物が顔をのぞかせた。
「ご……ゴブリン!!」
赤肌鬼とも呼ばれるゴブリンは、醜悪な面構えで中をのぞき込む。
強い獣臭が納屋の中に立ち込め、姉は胃の中の物を戻しそうになった。
ゴブリン、それは太古から闇の妖魔として人々と敵対してきた人型の魔物である。
身長は人間の子供ほどで、知能は低い。
しかしながら部族を形成し、時折人里に下りてきては家畜を襲う。
文献で読んだ記述が、脳裏をよぎる。
姉は崩壊してゆく扉を見つめながら、震える手で足元に転がっていた棒をつかんだ。
(この子だけは絶対に守らなきゃ……)
恐怖で気絶してしまいそうになる自分に、必死で言い聞かせる。
次の瞬間、派手な音を立てて扉は砕け散った。
巻き上がる埃。
その中に見える影。
棒を握る姉の手に、思わず力が入る。
「ギギッ!!」
やがて気味の悪い声が響いたかと思うと、ゆっくりとゴブリンがその姿を現した。
「や――っ!!」
姉は、悲鳴にも近い声を張り上げてゴブリンに殴りかかる。
「やらせない――っっ!!!」
力いっぱい棒を振り下ろす姉の叫びは、争いの喧騒にかき消されていった……。