アステイル大陸、それは、神々に祝福されし理想郷。
アステイル大陸、それは、妖精が歌う幻想の大地。
アステイル大陸、それは、明日を信じ生きてゆく者たちの世界。
かつて世界は神々と共にあった。
神は奇跡の力で人々を導き、信者たちはそれを崇め敬っていた。
神の加護の元、様々な王国が生まれ、栄華を極めてゆく。
だが、いつしか神々は、その教義の違いから対立を始めた。
小さな波紋は、やがて大きな波となる。
神々は光と闇の陣営に別れて争い、戦火の中で多くの神、そして王国が消滅していった。
かろうじて生き延びた神も、その体に癒えることのない深い傷を負っていた。
次第に朽ちてゆく体を前に、神はその身を捨てて魂だけの存在となる。
そして、来たるべき転生の時を待ち、長き眠りにつくのであった。
こうして、神々の時代は終焉の時を迎えるのである。
それから数百年の時が流れた。
神を失った世界に過去の栄光はなく、戦いの爪痕だけが未だ深く残されていた。
各地には闇の神の眷属であった魔物が現れ、人々の生活を脅かしてゆく。
しかし、その嘆きと悲しみの世界に一筋の光が射す。
一国の姫であり、神の生まれ変わりとも謡われるエメラルダが立ち上がったのだ。
姫は、神秘的なその力で闇の魔物を次々と封印してゆく。
かくして世界の秩序と調和は、エメラルダ姫の絶対的な力で護られることとなるのだった。
人々は訪れた平和を喜び、これが永遠に続くものだと信じて疑うことはなかった。
だが、それは突然崩された。
魔竜王ジャグナスなる者の出現である。
宰相であったジャグナスは、この世を我が物とせんと、姫により封印されし魔物を解放した。
そして、古の魔竜と契約を結び、竜の力を手に入れたのである。
魔竜王となったジャグナスは、更なる力を求めて姫をさらう。
姫の全てを手に入れるために。
世界は再び光を失い、魔竜王の闇が支配する。
姫を救い出し、世界に光を取り戻そうと、歴戦の猛者たちはジャグナスに戦いを挑んでゆく。
だが、誰一人として、帰って来た者はいなかった……。
かくして世界は、魔物が跳梁跋扈する暗黒の時代へと突入するのであった。
―――
「や――――っ!!」
力いっぱい振り下ろした棒は、扉から入ってきたばかりのゴブリンの頭部を、見事にとらえた。
「このっ、このっ、このーっ!!」
なおも姉はゴブリンの頭を叩き続ける。
弟を守るという使命感が、恐怖に飲まれそうになる心を突き動かしていた。
「倒れて! 早く倒れてよーっ!!」
自分の力では、ゴブリンを倒すことはできないかもしれない。
だが、1分でもいい。
1分でも、このゴブリンを気絶させることができれば、そのスキに弟の手を取り納屋から逃げることができる。
もちろん、外には沢山の魔物がいるだろう。
しかし、今となってはこの中にとどまっていることは無意味だ。
それならば、魔物の手の届かないところまで逃げた方がよい。
もっとも、無事に逃げおおせる保証はどこにもないのだが……。
「これでーっ!!」
姉は飛び上がると、全体重を棒に乗せて振り下ろした。
振り下ろす力に姉の体重、そして落下の勢いを加えた棒は、寸分違わずゴブリンの頭部に命中する。
手応えあり!
――しかし、そこには微動だにしないゴブリンがいた。
それどころか、姉を見て黄色い歯をむき出しにして笑ったのだ。
いや、ゴブリンに笑うという知能はないのかもしれない。
だが、彼女にはそう見えたのだ。
薄気味悪い笑みを見せたまま、ゴブリンは無骨な棍棒をなぎ払った。
とっさに手にした棒で防ごうとするが、棍棒はそんなものなど粉々に打ち砕く。
悲鳴を上げる間もなく吹き飛んだ体は、隅に重ねてあった藁の山に突っ込んで止まった。
「お姉ちゃん!!」
「うぅ……」
弟の悲鳴のおかげで、なんとか意識を失うことは免れたが……。
(ダメ……体が動かない……)
体中を走る激痛、腕に伝わる熱さ。
若草色の服が、みるみる真っ赤に染まってゆく。
ゴブリンが、一歩一歩と近付いてくる。
痛みと恐怖、そして弟を守ることができなかった無念が、涙となって溢れ出た。
ゴブリンは姉の前でその歩みを止めると、ゆっくりと棍棒を振りかぶる。
絶望――。
その二文字が頭をよぎり、姉は強く目をつぶった。
(さよなら……)
……。
…………。
(……あ、あれ? 私、まだ生きてる……!?)
すでに棍棒が振り下ろされても、おかしくないくらいの時は流れている。
(じゃ、じゃあ、なぜ……?)
恐る恐る開いた目に飛び込んできたものは、胴を切断され、崩れ落ちるゴブリンの姿だった。
「ひっ……!?」
短い悲鳴が口から漏れる。
崩れ落ちたゴブリンの向こうには、白銀の鎧に身を包んだ金髪の青年が立っていた。
鎧は、外から入り込む光を受けて輝きを放つ。
その神々しくも温かい光を浴びていると、体の痛みが和らいでゆくような気がする。
「お姉ちゃん!」
「ああ、ヨンカス……」
姉は、駆け寄ってきた弟を片腕で抱きしめた。
互いの無事を喜び、頬をすり寄せ涙する。
殺伐としていた空気を吹き流すかのように、優しい風が二人をそっとなでていった。