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第37話・違和感を辿って1

「どしたのさっきから見つめて……もしかしてお弁当欲しい!? あげないよ!?」


「あ、いやそうじゃなくて……梅花、さっきの本当に大丈夫か?」


「ん? さっきの……? ああ理科室のね平気平気! それよりも忍くんが心配するなんて珍しいねぇ。梅花ちゃん嬉しくなっちゃうよお?」


「いや、なんて言うか何か引っかかってる気がして」


「今の突っ込んでほしかったなあ!?」


 授業が終わりやってきたのは昼食の時間。いつも通り彼らは屋上で食べていた。忍は相変わらず購買に売ってる総菜パン。梅花も負けず劣らず幾つもの総菜パンを……普段は持ってきていたが、今日は珍しく弁当である。曰く居候先である忍の実家にいる彼の親が持たせていたそう。


 忍には弁当など渡された事は一切ない。だからこそか実の息子である自分と居候の梅花を比べてしまいそうになるが、よく良く考えれば自分が弁当を断っていたのを思い出し、弁当を手で隠した彼女に弁当を見ていたのを誤魔化すように理科の授業での出来事を話題にもちだす。


 未だ心が聞こえていない彼だが、それでも僅かに感じた違和感がどうしても気になってしまうのだ。それも梅花の変なボケを無視する程には。


「引っかかるといえば……確かに海静みしずさん、いつもより挙動不審になってたような気がする」


「瑠璃ちゃん!? いつからそこに!? お昼ご飯は!?」


「梅花ちゃん嬉しくなっちゃうよお? からいたけどね。教室が暑いから涼みに来たら聞こえたの。それに私昼とか食べないから。眠くなるし」


「恥ずかしいところを瑠璃ちゃんに聞かれたあああああ!!!」


 話をしていると突然鈴のように澄み、それでいてしっかりと耳に通る声が聞こえ、声を辿るように見上げるとそこには瑠璃がいた。


 いつも忍に対して目つきが悪いのだが、梅花が前にいるのと今までの彼らの距離感に慣れたのか普段通り凛としたまま会話を拾ったのだ。


「まあ私がいるのはどうでもいいとして、忍が言った通り何か違和感あるの。梅、本当に大丈夫なんだよね?」


「え、いや、本当に大丈夫なんだけど……倒れた時に直ぐに避けるように立ったし。ていうか瑠璃ちゃんが忍くんを名前で呼んだことに驚いてるよ私!」


「ちょっとね。忍が私のことを委員長、委員長って言うから名前で呼んでって頼んだの。さすがに名前じゃなくて肩書で呼ばれるのってなんか嫌だし。それでその代わり私も名前で呼ぶのが筋かなってだけ。なにも他意はないよ」


「あーなるほど……忍くんらしいし、瑠璃ちゃんらしいね」


 何も聞かず平然と梅花の隣に座った瑠璃は、先ほどの話の続きをし始めるが梅花は彼女が忍のことを名前で呼んだことに驚いてそれどころではなかった。それでも本当に何もなかったことを説明し、しかしやはり名前の件が気になるようで驚いたことを告げる。


 すると瑠璃はあたかも最初からそうだったかのように嘘を重ねて彼の名を呼び始めた理由を言う。それらが嘘だと知る忍はやれやれと言わんばかりに小さく息を吐き、会話の輪から外れたため手に持っていた惣菜パンを口に運ぶ。


 会話から外れ、瑠璃と楽しく話している梅花の姿を見ていると心がもやつき、それを隠すように1つ、また1つと買ってきたパンを胃の中へ落としていく。


「あれ、忍くんもう食べたの!?」


「……無意識に全部食ってた」


「ええ!? てことはもうお昼ご飯済ませてないの私だけじゃん! もー!」


 一通り会話が終わった梅花が忍へと視線を向ける。彼の手には破られたラップが小さな山となっており、彼が買ってきたパンが全て彼の腹に満たされたのだと知る。この中ではもう昼食を食べているのは梅花だけとなり、彼女は急いで弁当を口の中へと放り込む。


「そんな急いで食べるなって」


「あっふぇ! ごふげふっ……あ゛ー……」


「ほら言わんこっちゃない。いくら遅れていたとしてもそんなに焦る必要はない。そのくらい待っていてやるし。ほらお茶」


「うう……ありが、げふ……ありがとう……」


 焦って弁当を食べ始めた瞬間、忍が懸念していたことが起こり、胸元を激しく叩く彼女。忠告を無視して食べた結果だが、吐き出さずに飲み込んだのは選択として間違いではない。しかし無理に飲み込んだせいでおっさんのような呻き声が彼女の口から漏れ出てしまう。


 本人は無自覚なうえ、咽たのと無理に飲み込んだのとで痛みが生じ目を細めて涙を零していた。


 見るに堪えない状態に忍は買っていた飲み物を渡す。


「忍それ間接……」


 忍の行動にぎょっとする瑠璃。男から飲み物を渡すなど下心があるとばかりにその言葉を吐く。だが梅花の手から聞こえたカチカチという軽い音は未開封のペットボトルからしか聞けない音であり、さらに忍の補足によりその考えは間違いであると知る。


「未開封だ。未開封。後で飲もうと思って買ってたんだ。おかげで喉を潤すものが一切なくなったが」


 彼が卑しい理由で渡したと勘違いして言ったのだが、瑠璃の方が卑しい。


 別に彼がそう言ったわけではないが、彼の言葉を聞いた刹那から瑠璃の顔は真っ赤に染めあがっていった。


「うう……ごめんねぇ……後でお金出すから……」


「お金はいいから、そんな高いものでもないし。ただ次は気を付けろよ。老人だけじゃなく若者だって喉を詰まらせてっていう事例があるんだから」


「はい……肝に銘じます……」


 喉に詰まらせ亡くなる事例は老人だけでなく若者にもある。そのことを言ったところででもあるが、また次急いで食べて喉を詰まらせるなんてことが無いよう、彼は口酸っぱくその事を言い、目を細めて反省している梅花はしゅんとしながら小さく返事をした。

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