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第8話・お互いを支える協力を仰いで

 放課後。授業をサボった罰として2人は職員室に顔を出していた。


「――まさかお前ら付き合ってるとはな。だからって羽目を外すのはどうかと思うぞ、忍、梅花」


 2人の前にいるのは担任の吾妻。自分の椅子に座って2人をみてはため息を吐く。忍と梅花は初日に喧嘩をしたほどでそんな関係にならないと思っていたが、彼女の耳にも誤解の噂が届いているためため息を吐いていたのだ。


 いや、付き合っているのは彼女にとってどうでもいい。しかし、授業をサボって2人で同じ場所にいたのが良くなかったのだ。


 なにせ誤解とはいえ恋人ということになっているのだから、2人一緒にいた。つまり羽目を外したと勘違いするしかないのだ。


「私だってな……私だってなぁ! 羽目を外したいんだよ! この歳にもなって独身なんだぞ!」


「ちょ、先生、声でかいです……」


「あ……コホン……すまん、取り乱した……というかここで話するのもあれだな、指導室で話そう」


 絶対最初からその方が良かっただろ。と心で突っ込みつつ、担任が独身であることに驚いている梅花と共に忍は担任の後を付いていく。




「それでなんでサボってたんだ2人は」


「その前に1ついいですか」


「なんだ忍」


「俺たち別に付き合ってないです。サボってたのは事実ですが……その後クラスメイトの……誰だっけ」


 生徒指導室に入り、直ぐに忍が誤解を解くために真実を話す。だが、昼休みに聞いてきた生徒の名前だけは覚えておらず、言葉につまると今度は梅花が話し始めた。


「あ、茜ちゃんがその付き合ってるか聞いてきて、つい嘘を……」

 ――嘘とはいえやっちゃったわけだし、誤解は解かないと……ううでもそれはそれで悲しい……。


「……あぁ、そういうことか」


「え、わかってくれたんですか?」


「……まぁこの際だ。梅花はな嘘吐き――」


「わーー! わーー!」

 ――ダメだって! 流石にそれは!


「はぁ、梅花。教師は生徒を守る役目もあるが限界がある。なら同年代で助け合える関係を築くことで困った時支え合えるんだぞ。それが本当の友達っていうんだからな。それに私からみて、最初こそぶつかりあってたけど今では仲良しに見える。なら尚更じゃないか?」


 吾妻が梅花に呆れた眼差しを向け、味方は多い方がいいとばかりに梅花のことを話そうとする。しかしそれは梅花が秘密にしようとしていたこと。先生が知っているのは、彼女の体質を親から聞いておりなおかつ本人からも相談を受けていたことがあるからだ。


 そして吾妻の言っていることは間違いではない。味方を増やせば嘘つき体質により、嘘を吐いてやらかした、もしくは困ったときに頼れる存在になるのだから。


 しかし吾妻が話そうとしている梅花の秘密は忍も知っている。


「な、ならちょっと待って! 私が言うから!」

 ――人づてで言われるのはなんか違うし!


「……えっと、その……空木さんの体質って嘘つき体質のことだよな?」


「ん? 前に梅花が話したのか?」


「話したことないよ!?」

 ――何で知ってるの!?


 梅花は自身の秘密である嘘つき体質のことを心でつぶやいただけで、忍には直接言ったことはない。だからか本人はもちろん、学校内で梅花の体質を知る吾妻も忍が梅花の体質のことを知っていることに驚いている様子だった。


 無理もない。彼女たちは忍が心を読めることを、そして梅花の心のつぶやきだけがしっかりと聞こえてしまうことを知らないのだから。


「……空木さんに体質の秘密があるように、俺にも秘密があるんです。でも空木さんのように生活に支障をきたすものじゃないですが」


「つまりその秘密とやらで梅花のことを知ったと」


「まあそんなところです。と言っても全貌は知りませんが……確か正式名称が……」


嘘吐き症候群ライアーシンドローム……まぁここまで知ってるならなおさら協力してお互いを支えてもいいんじゃないか?」


「まあ俺は別に構いませんけど、たださっきも言った通り俺は一人でもなんとかなるものです。だから支えられる筋合いみたいなのは何ひとつないんですけど」


 人の体質の秘密を一方的に知りながらも、自分のことは話さない忍。吾妻の提案にもいい返事は返さない。


 突然身体の奥に深く刺さる視線を感じ忍は恐る恐る梅花の方へと視線を向ける。


「菊城くんずるい! 私の事を一方的に知りながらなんも話さないなんて! 私の体質の秘密知ってるなら教えてくれてもいいでしょ! フェアプレーってやつだよ!」

 ――菊城くんのこと聞かないと公平じゃないよー! あ、でも言わなかったら言わなかったで毎日問い詰められる……?


「はぁ……プレイしてどうすんだよ……普通に公平、フェアだけでいいんだよ」


「く……ここで私の頭の悪さまでバレただと……」

 ――まあ普通に間違えただけなんだけど。


 梅花の心の声が忍にだけ筒抜けだからこそ、言わないことで毎日のように根掘り葉掘り聞かれることを知り、逃げることはできないと悟る。仮に逃げることができ、ごまかしたとしても彼女は忘れることがないのだから、どうしたものかと悩む。


 だが考えたところで答えはすでに出ていた。


「……確かに一方的に知るのはフェアじゃない。でも……教えることはできない。俺はまだ空木さん、君を信用しているわけじゃないし、人となりを知ったわけじゃない。だから……ごめん」


 梅花の秘密を実質一方的に知り、公平じゃないとわかっていても忍は心を読めることを話そうとはしなかった。ただ単純に話したくはないということではなく、彼が抱えているトラウマがありその思いを二度としたくないからと言うことを拒んだのだ。


 そのトラウマは彼の人生を変え、人を避けるようになった原因でもある。


 その昔、忍に秘密があることを知った同級生が、それについて問い詰めたのだ。その同級生は当時の忍にとって一番の友達とも言えた人物。だからこそ心が読めることを打ち明けたのだが、その後気味悪がられ秘密は噂として広がり虐めを受けるようになってしまったのだ。それから人のことを信用できなくなり、また人を避けるようになったのである。


 そして現在通っている高校は問題が起きた学校からかけ離れた場所にあり、自身のことを秘密にすることで虐めにもあわず友人などいない孤独の身で通うことができていたのだ。


 当然そのことも言うことなどできない。彼にとって真実を言うことほど残酷なものは無く、心の声が聞こえるからこそ、真実を伝えた後の反応が怖いのだ。


「ってことは、もっともっと菊城くんと仲良くなればその秘密を知ることができるってこと!?」

 ――そのついでってほどじゃないけど私のことをもっと知ってもらえればフェアになるってこと!?


「……もしも信用して、君のことを知ったとしても多分言わない……言えないんだ」


 忍は視線を下げて申し訳なさそうに言う。


 その様子から聞いてはいけない何かがあると知り、言葉に詰まる梅花と吾妻。忍にとってその反応は予想通り。沈黙ができたところで続けて言葉を発する。


「まあでも知った以上は知らないふりはできないから、やばそうってなったら助ける。これでいいだろ?」


「あー……うん。いいけど、その、なんかごめん」

 ――生活に支障ないってくらいだから気にするものでもないかなって思ったけど、もしかしてそういうあれじゃないのかな。


「いや、空木さんが謝ることじゃない。それと言えないのは俺の問題だから気にしないでくれ。だからって聞こうとしてきたらはったおすけど」


「暴力反対っ!!! ……まあ菊城くんがそれでいいなら。菊城くんの言えないことを無理に聞くものじゃないし。助けてくれるならありがたいし」

 ――私としては腑に落ちないけど、それで嫌われるのは嫌だから。


「さて、梅花、忍。大事な話が終わったところだし本題の反省文を書け。別に2人話をするためにここに連れてきたわけじゃないし、さぼった事実は消えないからな」


「「あ、忘れてた」」


 改めて協力関係を結ぶ2人だったが、その話に夢中になり吾妻の一声でこの後反省文を書いて提出しなければならないことを思い出した。すっかり頭から抜けていたからか、2人揃って素っ頓狂な声を出し、嫌々ながらもさぼったことについての反省を述べる文を書くのだった。





「いやあごめんね菊城くん。私のせいで色々と」

 ――今日謝ってばかりだけど菊城くんが飲み物さえ買ってきてくれれば……こんなことには……。


「……お前謝る気ないだろ……」


 2人がようやく解放されたころには既に日が落ち始め、下校路は夕焼け色に染まっていた。


 最初はさっさと書いて帰ろうとしていた忍だったが、担任から個人で話を受けたり、後から梅花が追いかけて現在に至る。聞けば、梅花も忍と同じ登下校道らしく、それを聞いてから登校しているときによく梅花の姿と心の声が聞こえていたことを思い出す忍。


 加えていつもは人からの距離を置いていたため、高校に通い始めてから一緒に登下校などしたことがない忍。この状況下になつかしさはもちろん、新鮮味や緊張など色んな感情を感じていた。


 だがその余韻に浸る間もなく、昼時のことを根に持つ梅花の心の声で全てが消え口から出たのはため息ひとつと彼女を責める言葉だった。


「い、いやあ!? あるよ失礼だなあ!? はっはっは!」

 ――ぐぬぅ……絶対顔に出てたからバレたやつだ……。


「わざとらしいし、そもそもがわかりやすいからそんなごまかしは通用しないって何度言えば……いや、言ったところでお前の体質で嘘が出るんだから意味ないか。改めて考えると大変だな」


「……まあ実際大変だけどね。慣れればこっちのもんよ!」

 ――普通に話したいのに、突然嘘吐いたり、嘘を吐くのを我慢すると発作が起きたり……慣れても罪悪感は残るから正直辛いけどね。


 体質について詳しくは知らない忍。何気なしに労い聞こえてきた彼女の心の声に、指導室から出る際に言われた担任からの言葉を思い出す。


 ――梅花のことよろしくな。か……確かにこいつの体質厄介そうだしそう言われるのも納得だな。


 なるべく聞こえないように息を吐いて立ち止まると、彼は決心をつけて。


「空木さん。1人で抱えようとしないで困った時はちゃんと頼れよ。そのための関係なんだからな」


「えへへ、ありがとう忍くん。じゃあ改めて……嘘吐き症候群で迷惑かけるかもだけど、今後ともよろしくお願い、します」

 ――うわー! 恥ずかしい! 

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