「なんだよさっきから気持ち悪いな」
忍がいつにも増して冷たい言葉を放つ。いや梅花のことは未だに苦手なのだから今の彼女に対してそう思い言うのは妥当だろう。
それに似たようなやり取りは何度も行ってきた。なら今更言葉の刃を折る必要はない。そもそも忍のドライな対応を受けても梅花はへらへらとして気に止めることすらない。
だが今の様子がおかしい梅花には会心の一撃を食らったのか、萎れた花のように悲しい顔を浮かべていた。
「あ……あははそうだね……ごめん」
――落ち着け……落ち着くんだ……いつもの事だろ梅花!
「……いや、謝るのはこっちだ。いくら何でも言い過ぎた」
「い、いやいや元はと言えば私が……」
――どっちかって言うとお願いを拒否して、飲み物チラ見せした菊城君だから私は悪くないとは思うけど、怪我させちゃってるし……
心の声さえなければすんなり終わりそうな話だったが、ここで前に彼女が心で言っていた嘘つき体質による嘘が出た事により忍は頭を抱える。
もちろん心の声が聞こえてるなんて知らない梅花はそれを見て、また何かやらかしたと言わんばかりに慌てる。もちろんそれも演技だ。
「そんなわかりやすい嘘は通用しないって言ったと思うけど……ともかく
頭を下げて自身の非を認めたのち、せめてパシリはするなと顔を上げて言おうとすると梅花は腕を組み凄いドヤ顔で忍を見下していた。
その表情の真意はというと。
「菊城くんが私に頭を下げた……つまり私は菊城くんよりも上!」
――つまり勝ちだぁあ!
「馬鹿なのお前、いや……馬鹿だったわ。てか謝って損した、返せ俺の誠心誠意謝った時間を!」
「いやでーす!」
――私の心を弄びかけた罰じゃー!
突如わいのわいのと騒ぎ始める2人。今は授業中であることをすっかり忘れており、それに気づいた時には後の祭りだった。
「おい、お前ら……今は授業中だぞ、ここで何してるんだ」
「「あ」」
「あ。じゃない。お前ら教室に戻れ。あと反省文書かせるからな。放課後職員室に来るように。忘れて帰ったら追加になるから忘れずに来いよ」
「「そんな……」」
「お前ら仲良すぎだろ……」
渋い声が聞こえ、忍たちは振り向くと呆れた顔色で睨みつけてくる先生がいたのだ。
自業自得とはいえ、サボったことで反省文を書くことが確定し、2人揃って残念な声色。先生を見た時といいここまで息が合うのかと言わんばかりのシンクロで仲良すぎだと思われても仕方ないだろう。
やむなく2人は教室へと戻るのだが、面倒なことが減るどころか増えたことには当然気づくことは無い。
そしてそれを知るのは昼休みが訪れてすぐのことだ。
「ねぇねぇ! 2人って付き合ってるの!?」
「ぶふぉっ!」
――か、考えないようにしてたのにー!
クラスメイトの女子、
もちろん彼らは付き合っていない。単に梅花がちょっかいを出しに行ったりする程度だ。もっとも忍と一緒にいる時間が長いからか、恋が芽吹き始めているようだが。
「はぁ? 誰が――」
「い、いやぁバレちゃったかー! その通り私たちは付き合ってるんだよはっはっは!」
――あっ……焦りすぎて嘘吐き症候群が……!
「え、今菊城君付き合ってないみたいなこと言いかけてたけど」
「キキ、キノセイダヨォ!」
――うぅごめんよぉ菊城くん……
「んー……まぁいっか! それでどっちからアプローチしたの?」
正直に言えばいいものを、突然の事で焦り咄嗟に嘘をついてしまっていた梅花。心で謝ってはいたが、こうなっては止めることはできない。
くわえて口を挟もうにも直ぐに梅花が話すため修正ができない。できたとしてもややこしくなる。そのため頭を抱えるしかなく、それを見た茜はカラコン不使用の朱色の眼を輝かせて。
「もしかして秘密恋愛ってこと!? きゃー! 聞くだけでキュンってしちゃう! っていうか広めてこないと」
「秘密だとしたら今の大声で暴かれたことになるけどな……というか広めようとすんなよ! ……で、お前、どうすんのこれ」
聞くだけ聞いて誤解を解く前に茜は走り去る。恐らく止めるとこはもう不可能だろう。そう悟ると茜に伸ばした手を降ろし、ことの元凶である梅花を責めるようにそう言った。
流石にやってしまったことは言われるまでもなく自覚している梅花。バツの悪い顔でただ謝るしかなかった。
「ほんとにごめんよぉ……」
――嘘だけど周りから恋人関係と思われるのはなんか嬉しいけど……ほんとにやらかした……死にたい。