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第3話・梅花の秘密『嘘吐き症候群』

「さては菊城くん、嘘つきだね?」


 不思議そうに聞く梅花の言葉に思わず目を見開いた忍。自分のことを何も知らない人に嘘つきだと初めて言われたからではない。実際彼も嘘をついて生活しているからこそ、それを見破られたことに驚いたのだ。


 だがだからとて本音を明かすつもりはなく。


「……お生憎様、確かに嘘をついたことはあるけど人並みだよ。というかシンパシーってことは空木さんは嘘つきだってことになるけど」


「あ……え、い、いいいいや! わ、わた私も人並みにだけだし!?」

 ――鋭いよ菊城くん!? というか今のは普通に私が墓穴掘った! うわーん!


 自ら掘った墓穴に気づいた梅花がわざとらしく手を動かし、忍が言った言葉を借りて誤魔化そうと必死に喋る。


 心の声も焦りのあまり早口でまるで泣いてるかのような口ぶりだ。


「わかりやす……いつもは平然と嘘をついているくせに」


「え? いつも? 菊城くんとはあまり話したことがないのにそこまで……? もしかしてストーカー……もしもしポリスメン案件?」

 ――挨拶の時もそうだったけど、結構やばそうな感じだもんなぁ。


「……そんな訳あるか自意識過剰女。誰が君をストーキングなんてするかよ」


「ひっどぉ! でもこれでやっぱり君には何か秘密があるってのがわかったよ!」

 ――ふふーん、覚えてろよ絶対その秘密を暴いてやるんだから!


 あまりにもわかりやすい梅花に溜息をつきつつぽそりと呟いた言葉が、彼女の耳にしっかりと届いていた。いや、そもそも静かな図書室で至近距離にいるのだから余程耳が悪くなければ聞こえはする。


 梅花の言葉でそのことを理解しても事すでに遅し。ならばと誤魔化すように、そして突き放すように悪口を言うが効果はあまりなく寧ろ興味を引かれてしまっていた。


 バタバタとその場から去る彼女の心の声に対して酷くため息を吐き、忍は頭を抑えた。


「はぁ……勘のいい奴も俺は嫌いだよ。そもそもお前の方が鋭いじゃねぇか……あーめんど……」





 翌日。興味を持たれたためか、梅花は事ある毎に忍にちょっかい、もとい話しかけていた。


 忍としてはとても迷惑極まりなく、必要のない話は極力無視を徹底しているといつの間にか昼になっていた。


 さっさとこいつから離れよう。授業にあまり集中できなかった忍は、せめて昼くらいはと直ぐに席を立ち歩く。


「梅ー! 一緒にご飯食べよ〜」


「あー瑠璃ちゃんごめん! 今日は先約あるんだ!」


「んー先約なら仕方ない……もしかして昨日の?」


「ま、そんなとこ! いつか埋め合わせするから!」


 忍を追うように梅花も席を立ったが、瑠璃が彼女の歩みを止めてご飯の誘いを持ちかける。しかし見事に玉砕。


 慌てて忍を追いつつも返事を返した梅花に唖然とした瑠璃は彼女の背中を見て小さく言った。


「お、おう……っていうか昨日あったばかりだよねあの子……最初めっちゃ嫌ってたような……でも勉強教え……え??? そういう……? これは調べた方がよさそうだね……梅花に変な虫なんて似合わないし」








 瑠璃に捕まったことで忍を見失った梅花は周りに情報を聞き出し、やっとの思いで屋上までたどり着いた。


「菊城くんみーっけ」

 ――すぐ居なくなるんだもん、人に聞いてまで探すの疲れたー。


「うわ……」


「むー。うわってなんだよー」

 ――めちゃくちゃ嫌そうにしてる! でも梅花ちゃんには効かないのだ。フハハハ!


 屋上には忍が床に座っており、器用に膝の上で弁当を食べていた。


 心の声が聞こえてしまう弊害で一番うるさくない屋上に足を運んでいた忍だが、まさか梅花の顔を見るとは思っておらず彼女の顔を見た瞬間しかめ面を浮かべては本音を口に出していた。


 しかし梅花は動じない。堂々と忍の隣に座りスカートのポケットからいくつかパンを取り出して食べ始める。


「……あんな酷いこと言ったのによく俺のとこに来られるな」


「あ、もしかして嫌?」

 ――嫌だなんて言われても構いまくるけどね。


「はあ……どうせ嫌だとか言って拒絶しても来るんだろ?」


「ぎくり」

 ――本当に心でも読んだのかなってくらいに鋭いんだよなぁ!


 本当に心を読まれているとは知らない梅花。突然考えてることを言い当てられ冷や汗を流すと、少し息を吐いて言葉を続けた。


「うー……昨日今日の関係とはいえ、なんか君には隠し事が通じないみたいだね。……その通り、嫌って言っても付きまとうつもりでしたハイ……」

 ――読まれてる云々より、さすがにそこまでわかってるなら隠し事はあまりできなそうだなぁ。でも私の秘密は何としても隠さないと……私の嘘吐き体質……正確には嘘吐き症候群ライアーシンドロームだっけ……絶対知られたら嫌われるだろうしそれは嫌だし……。


 素直に心の内を話した梅花だったが、それは付きまとうという目的のみ。本当の心の内は未だ奥の方に閉まっており、そしてそれが忍に筒抜けだということは知らない。


「……まぁどう足掻いても付きまとうならどうしようもないし別にいいけど……昨日も言ったけど俺はうるさいのが苦手だ。それと自分の身を滅ぼすような嘘をつく人もね」


「うぐっ……全部私に当てはまるやつ……!」

 ――苦手が昨日より増えてるし、どう考えても私に向けた矛だよね!?


「……ただ。つまり


 ――どうして俺はこんなやつの機嫌を取ってるんだ。


 自分の行動に疑問を抱く忍だったが、彼女の心が発した嘘つき体質に興味が引かれ無意識にその言葉が出たことには気づかない。だが発した言葉は嘘ではない。


 苦手と嫌いは似たような意味合いを持つが、苦手であれば嫌いとまではいかないと彼は思っているのだ。というのも苦手はそのものを知ることで苦手ではなくなり、普通。やがて得意、特別など変化が起きる。一方で嫌いはそのものを知ったところで嫌いの感情は消えない。酷ければ拒絶することだってある。そう考えれば、忍のは確かに好きにも嫌いにもなるのだ。


「つまり努力すればうるさいのも大丈夫になるってこと!?」

 ――つまり構いまくれば……いや、うーん……毎日は無理だからなぁ、ちゃんとしないと私の身が持たない絶対! でもその前にいっぱい話せばいいか!


「……やっぱ話しかけないでもらって。お前と関わるとうるさそうだし、関わりたくは無い」


 彼女の体質によりもっとうるさくなる時があると知ると、先程の言葉を撤回すると言わんばかりに彼女のことを拒絶する言葉を投げる。するとわざとらしく彼女は叫んだ。


「うわーん! 絶望だー!」


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