春。それは別れの季節であり出会いの季節だ。
目の前には彼とは無縁だと思っていた存在、
そんな彼女が彼に対してなにかをしたというわけでも、彼が梅花に思いを寄せている、はたまたその逆ということでも一切無い。ただただ、忍にとって彼女は非常に
そのうるささは彼の
忍から少し離れている梅花が、彼女の友人達に話しかける。
「そういえば昨日オススメされた映画見たよ〜! 凄かった!」
――まぁ……ゾンビ系無理すぎで見てないけど。苦手って言い難い雰囲気だったし、そもそも苦手って言うとそれはそれで話ついていけなくなるし。というかなんでみんなあんな怖いの好きなの?
「おお! 見てくれたんだ! 凄かったでしょ!?」
「うん! 最後のずばばばってところ快感だったよ!」
――ゾンビ系なんだからドンパチするもんでしょ? ようつべで流れてたのそんな感じだったし。
「ん? ずばばば……? 最後の方にそんなところあったっけ?」
「あれ? 最後の方じゃなかったっけ!?」
――え、最後までボッコボコにしてるもんじゃないのあれ!? パケ的にめっちゃ戦ってるじゃん! それ以外のシーンなんてあるの!? いやないだろ!
忍は人が心で言っている言葉が聞こえる所謂共感覚。もっとわかりやすく言うと能力みたいなものを持っている。
もちろん誰彼構わず聞くことができるのだが、生まれながらにしての共感覚のため、ある程度は無視できる。そのためか周囲にいる人の心の声など忍の耳には一切届いていない。
そのはずなのだが、前を歩く梅花は違った。
去年の今頃。つまり入学式に彼女の心の声だけ異様に聞こえるのが発覚したのだ。それもその時から誰かに話しかけているかのように煩く、直ぐに誰かを特定してしまったほど。
なるべく彼女には関わらないようにと願っていると、その年は別のクラスとなり、多少は居心地が良くなっていた。また別クラスということもあり、まず関わることが殆どなく安堵していた。
それは新学期前の春休みでも同じこと。
彼女を見た途端に改めて休みは別れを告げられたのだと自覚していた。
「今年も別のクラスだといいけどな……うるさ過ぎるし……はぁ……」
うるさいのも悩みどころだが、ザ・陰キャな彼にとって彼女はとても明るすぎる。だからこそ関わりたくないと願うしかないのだ。
しかし、学校にたどり着きクラス分けを見た瞬間、彼は酷く絶望した。
「空木梅花……まさかあいつがクラスメイトになるなんて」
「およ? 呼んだ?……って、入学式のうるさい人!?」
――入学式ぶりに見たなぁこの人! でもなんで私の名前を? うーん……気のせいかな、いや、でもちゃんと聞こえたから間違いない!
信じ難い事実にぽつりと彼女の名前を口に出した瞬間、いつの間にか横にいた梅花に声をかけられる。
忍は誰にも聞こえないような小さな声で呟いていたが、彼女は地獄耳。肩を並べる程の距離ならばしっかりと聞こえてしまうのだ。
「……」
「無視かよっ!? 超絶可愛い私が話しかけたのに!? あ、もしかしてうるさい人って呼んだの不味かった!?」
――なんで無視!? いや、まぁ当たり前か……? でも呼んでたからなぁ……もしかして前から私のことを……? 好き……? ってそんなわけないかぁー!
忍が通うことになる2-4クラス分け一覧に空木梅花の名前があった。だが絶望してるのはそれだけでない。進学してすぐは出席番号順で座る。梅花と忍は割と早い出席番号であり、梅花は1、忍は6。必然的に隣同士になる出席番号なのだ。
「もしもーし! 聞こえてるー!? 大丈夫ー!?」
――返事がなさすぎて屍みたいだから反応して欲しいんだけど!?
「はぁ……できれば君とは関わりたくなかった。あと俺はうるさい人じゃなくて菊城忍だから。それとうるさいのは君だ」
「えひどっ!?」
――やっと返事してくれたのになんて酷いことを!? むぅ、私なにか悪いことしたかなぁ……やっぱ人付き合いって難しいもんだねぇ、でも同じクラスなんだしこれからこれからー!
突然関わりたくないなど言われ、気分を害したのか酷いと言うと、そんなに関わりたくないならと言わんばかりに嫌な顔を浮かべその場から去る梅花。
しかし彼女の心の声は表情からは伝わってこないほどポジティブな思考で、別に忍の言葉を気にしている様子はない。
ただ彼らはクラスメイトで隣同士なのだから、関わりたくないと言っても始業式、朝のホームルームなど。まず学業の殆どで関わる事になるのだが。
始業式が終わり教室。教壇には白髪が幾本か頭から伸びており、どことなく哀愁、もとい渋めの雰囲気を身にまとっている女性教師職員、吾妻が立っていた。
「――さて、まずは自己紹介から。私はこの学級の担任の
「はい! 私は空木梅花です! 好きな食べ物はオムレツ、嫌いな食べ物は特になし! あと趣味は――」
「そんなに長く自己紹介してどうするんだ……はい次――」
呼ばれて立ち上がった梅花は1番目なのにも関わらず自分のペースでありったけを紹介しそうな勢いで自分のことを言葉にする。しかし時間がいくらあっても足りなそうなほどの勢いに吾妻は半ば強制的に梅花の話を止め次の人の紹介に進ませた。
そして忍の順番が回ってくる。
「――次、菊城」
「……はい」
忍の名前を呼ばれ、嫌そうに彼は立ち上がる。
「……俺の名前は菊城忍。苦手なのはうるさいものです以上」
梅花と打って変わって直ぐに座った忍。彼の言葉に周りが粛然としていた。