呪いを受けてから瞬き一つでシルヴィは元の時代へと戻ってきた。ただ、無意識に千年以上の時渡りをしたためか戻ってきた際に眩暈が彼女を襲った。
過去から持ってきた瘴気を断ち切る剣を地面に刺し倒れることは免れたが視界が黒く濁り、周囲の音も少しの間だけ彼女には届かない。自分の心音も、呼吸も何もかもが彼女の意識に届かない。
「っ……はぁ……はぁ……」
少しして意識が回復するが妙な冷や汗が体中に溢れていた。それほどまで時渡りの酔いによる眩暈が底知れない恐怖を持っていたのだろう。
「へぇ……一体どこに消えたと思ったら、今度は剣を持って急に現れた。時間魔法かしら」
「フレア……」
視界もはっきりしてきたところで周りを見渡す。時間はかなり経っているのか、月明かりが差し込み部屋は薄暗い。
月明かりがダイヤモンドダストに反射して薄らとシルヴィが作った【アイシクル・ケージ】とダイヤの亡骸が見える。フレアは居ないと思えば最初の時と同じように瘴気の塊が生まれ姿を現した。
「フレア……もう、終わりに……しよう」
「ええ、そうね……もう終わりよ。貴女がね【アイシクル・ブラスト】」
「【
フレアがシルヴィを睨み魔族語による魔法ではなく純粋な魔法を唱えた直後、シルヴィはありったけの魔力を込めて瘴気を断ち切る剣を投擲した。
雷を帯びた剣は目にもとまらぬ速さでフレアへと向かう。だが拘束していないのが仇となり、フレアが避けたことで魔法が中断されただけで終わった。
いや、シルヴィは敢えて避けられるように投擲しておりフレアの動きは計算通りに過ぎない。
シルヴィは剣に魔力を込めた際、【迅雷の大槍】だけでなく、魔力を糸のようにして剣とシルヴィを繋げた状態で投げていた。その糸を手繰り寄せるようにぐんっと彼女が腕を引くと一直線に飛んでいた剣がくるりと方向を変えてフレアの身体を、それも胸部を貫いた。
瘴気を断ち切る剣は肉体ではなく切りつけた者の体内の魔力、瘴気を喰らう剣。そのため肉体的損傷は無いが、内部の魔力消耗は激しく魔族、魔人、魔物には激しい痛みが襲う。
「く……ぅ……」
「瘴気を断ち切りし刃よ、封絶の誓い持って魔を祓え!」
持ち主の元に戻ってきた剣が自身の身体を貫く。瘴気を断ち切る剣は魔力も切るが、魔力が溢れているシルヴィには関係なく、直ぐに手に取り痛みに悶えるフレアの元へと駆け突き刺した。
肉体に傷がつかないとはいえ、杭のように完全に突き刺してしまえば動けなくなる。加えて瘴気が削れる痛みが全身を襲い、悲鳴と共に血が口から吹き出していた。
瘴気が急激に削れたことによる出血のため大事には至らないものだが友人の見るに堪えない姿には堪えるものがあり思わず目を瞑るシルヴィ。
だが、剣を抜くことは許されない。完全にフレアの中に溜まり、猛威を振るっている原因となっている瘴気が抜けるまでは。
耳に残るほどの悲鳴がようやく収まり、シルヴィはゆっくりと瞼を上げる。
両手で持つ剣の先にはフレアが気絶している状態で倒れている。口には吐いていた血が付いており涙の跡もあるほどで、酷く苦しんでいたのが見て取れる。
「ごめんフレア……でもこれでフレアは魔王の力から解放されるからね……はぁ……うぐ……」
魔王の力を手に入れた友人との戦いに終止符が付き溜息を付くと胸に鈍痛が走り表情が歪む。
アデルキアがシルヴィに付与した呪いが彼女の身体を蝕んでいるのだ。その証拠に黒くなっていた場所が侵食し首元まで伸びていた。
「時間がない……か……はは、まあ、親友を助けられたから、いっか……あとはルーシャとダイヤを……ってあれ、なにこれ」
不思議と息が上がっているが彼女にはまだ時間はある。と言っても数時間程度のリミット。その間にルーシャとダイヤを埋葬してあげようと、まずは氷漬けにしたルーシャの元に歩く。
刹那ふわりと瘴気を断ち切る剣から黒い
砕けた瞬間燃えるはずのない氷が黒色の炎に包まれ燃え盛っており、それはアデルキアが使っていた万物を燃やし尽くす黒炎に酷似していた。魔力の流れも全くそのままで本人が使ったようなもの。だがアデルキアはここにはいない。それどころか残滓により人工魔王を生み出されている現状でアデルキアが無事であるという保証が何一つとしてない状況。ならばこそその炎があるのはあり得ないとも言えるのだが。
「ルー……シャ?」
「シ……シルヴィさん……! わ、わた、わたし……少し思い出しました!」
燃え盛る黒炎の中で一人、わたわたと慌てた様子で立っていたのは死んだはずのルーシャだった。おそらく黒い靄と関係があり息を吹き返したのだろう。そのためか炎なんてそっちのけでシルヴィに近づいてきたルーシャは思い出したことを早口で言った。
「わ、わたしその、魔王みたいです! それもずっと、ずっと昔の。でも、名前が思い出せなくて……あ、ですが魔王だったからなのかはわからないですが、いくつか魔法が使えるようになった気がします! 今の黒い炎は私から勝手に放たれたのでよくわからないですが……それと、多分、ですが私昔、シルヴィさんと会ったことがあるような気がします……そのうっすらとなのでそんな気がするってだけなんですが……それでもシルヴィさんの名前とか雰囲気とか、なんか覚えているような気がして」
その言葉に思わずぞっとしたシルヴィ。シルヴィが魔王と会ったことがあるのはアデルキアしかいない。まだうっすらとした記憶での話ゆえに確定したことではないが黒炎がそこにある事実を前に、ルーシャはアデルキアと深く関わりがある。もしくはアデルキアの生まれ変わりかなにかだと思わざるを得ず、目を点にしつつも警戒してしまう。
だがどんなに警戒したところでルーシャが魔王アデルキアの記憶を持つクローン体であることなどシルヴィにはわからない。
またルーシャも自分が言ったこと以外は思い出せておらず、シルヴィと争っていたことや、人間を嫌っていたことはもちろん知らない。故にシルヴィが急に警戒したことに対して困惑の表情を浮かべて。
「ど、どうかしましたか?」
「あ、ああ……ごめん。驚いちゃって……」
「そ、そうなんですね……急にいっぱい話したから、ですかね……そういえば、シルヴィさん。右腕どうしたんですか? あと、ダイヤさんは……?」
アデルキアとシルヴィが戦っていたことを知らないルーシャは、急に近づいていっぱい話してしまったから驚いたと勘違いをして少し距離を置く。するとシルヴィの右腕が黒くなっていることに気づき、ダイヤのことを含め何が起きたのか尋ね始めた。
「ダイヤは……そこ。もう、死んでるよ……それと私のこれは呪い。朝には死ぬってさ」
「……ダイヤさんが……死んだ……? な、なんでですか」
「……私の不注意が原因。助けて、くれたの」
「そう、なんですか……でも、その、もしかしたらなんとかできる、かもしれない、です」
「……どうやって」
「言ったじゃないですか、その、いくつか魔法が使えるようになった気がするって……うまくできるかはわかりませんが……私の命を、分け与え、意識よ、戻って【
ダイヤが死んだことに対してひどく悲しみの顔色を浮かべたルーシャだったが、その現実を受け止めたくないのか、先ほど思い出したという魔法での蘇生を試みる。
蘇生魔法など、禁断の魔法とも言われたとえ今のシルヴィであっても成功することはない。生死を操ることができるのならば世界の理が全てひっくり返ってしまうからだ。だからこそアデルキアは永遠に頂点に立ち続けて――。
そこまで考えたところでシルヴィは気づいた。アデルキアは生死を司る魔法を熟知し操ることができることに。そしてシルヴィ自身に掛けられた呪いもその一種であることに。
ならばルーシャの魔法は、無理、不可能という言葉で決めつけられる魔法ではなく、それを可能にするための魔法。つまるところ、ルーシャが失敗しなければダイヤは息を吹き返す可能性があるということだ。
けれどルーシャの魔力ではダイヤを生き返らせることは正直難しい状態だ。ダイヤの傷が深いうえ、先ほどの黒炎で魔力を大きく消耗してしまったから。
ダイヤの胸に伸ばした手の周囲に出現している魔法陣が消えかかっているのを見て、シルヴィはルーシャの肩を掴み自分の魔力をルーシャに差し出した。刹那消えかかっていた魔法陣はくっきりと形を取り戻し、さらに効力も上昇。みるみるうちにダイヤの深い傷が塞がっていく。
――やっぱりルーシャはアデルキアの……?。
その確信を持った瞬間、ルーシャと違って肉体の損傷が激しかったダイヤが目を覚ました。