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第37話・海上を飛んで

「この後はその魔王を追うってことでいいよね」


「そうだね。フレアを助けたいし、ダイヤの力だって取り戻さなきゃだし……それになんで魔王になったのか聞かなきゃ。ただ……」


 一旦日を改め翌日。一夜で廃村と化したスカカイラ村の入り口に立つ三人はこの後の予定を相談していた。といっても昨日の出来事から既にどこへ向かうべきか、何をするべきかは決まっていた。


「ただあの後どこに向かったのかはわからないからまずは手がかりを探そうと思ってる。そのために先にフレアが学校を卒業した後に向かった魔術研究所に行こうかなって」


「そこって……」


「うん。前の私が行ってたところ。正直、反吐が出るけど……でも友達のためだから」


「そっか。でもそうなると結構長い道のりになるね。ドワーフの国には戻れないし……」


「ドワーフの国を経由しないならかなり遠回りになるからね。次の港はここからかなり遠いし」


 クリムアル大陸に入った際の港があるのはドワーフの国を経由しなければたどり着かない場所にある。ドワーフの国に戻ることのできない三人にとってそこに行くことは不可能に近い。となれば海沿いに歩き、次の港へ行く必要があるため研究所がある場所へと向かうならばかなりの道のりになる。


 更にその港町までは休まず歩けば一ヶ月ほどでたどり着くが、旅においてそう簡単にたどり着くことはない。


「早速出発しよう。ゆっくりもしてられないし」


 シルヴィが足を進めた途端ぐいっと後ろに引っ張られる。振り向くと小さな手で服を摘まんでいるルーシャが俯いていた。


 何か言いたげに上目遣いでシルヴィを見つめ、しかしいざって時に言葉が出ないのか口をパクパクと動かしては目を泳がせて困った表情を浮かべている。


 しゃがんで少女と目線を合わせてゆっくりでいいと言わんばかりに軽く頭を撫でてやると、考えを纏めたであろうルーシャはようやく言葉を発した。


「あ、あの……海の向こうですよね……それなら私が運べば……行けると思います。ほ、ほら私、翼あるから飛べると……思いますし」


「そういえば翼あるんだもんね。でも結構な距離あるから大変だと思うよ? 船なら早く着くだろうけど、人を抱えながら飛ぶとなると相当時間も掛かるだろうし」


「ですが! ……えっと、その、お友達を助けたいんですよね!?」


 シルヴィの言うことは確かに一理ある。船ならば揺れるため体調が悪くなる人も中にはいるが、それを除けば楽に海を渡ることができる。それに陸を歩くよりは全然早く目的地にたどり着くことだってできるのだ。そのため次の目的地は港町で今からそこに向かおうとしていたのだ。


 無論それは殆ど知識のないルーシャにだってなんとなく理解していることだ。それでも珍しく大声を出すほど少女は彼女たちを引き留めて必死に海を渡ることを勧めてくる。


 確かにルーシャが言うように空を飛べるルーシャが彼女たちを運べばわざわざ次の港町へ行くこともなければ、早くて数時間、遅くても数日で向こう岸までたどり着けるだろう。だがそれはルーシャが本当に飛べて、なおかつ人一人を抱えて空を飛ぶほど体力があればの話。もしも海上で力尽きれば誰も助からないのが目に見えている。くわえて向こう岸まで飛べたとしてもあまりにも目立ちすぎる。万が一にも船が近くを通り目撃者がでれば、ドワーフの国だけでなく様々な人から狙われることになるだろう。それだけ人は魔族を敵対視してるのだから。


 だが、目立つことも大変であることだってルーシャは理解している。自分が周りの人とは違って魔族であり狙われることがあることもここ数日シルヴィと共に行動してわかりきっていることなのだ。それでも自分のことを考えず彼女の友人のためにと体を張ろうとしている。


 内気な少女が自身に降りかかるであろう危険を知っていてもなお、こうして勇気を出して提案を持ちかけてきたのだから無下にはできない。だからこそシルヴィは確認のために聞いた。


「本当にできるの? 海上を飛ぶのはかなり危険だし、見られたら狙われるんだよ」


「わ、わかってます……ですが、シルヴィさんの友人を放ってはおけませんし……時間を掛ければ掛けるほど手に負えなくなって後悔することになるかもしれませんし……その、私が犠牲になれば友人さんが助かる可能性があるんですから」


「……わかった。そこまで言うならお願いするね。でもこれだけは言わせて」


 確認をして正解だった。そう思わざるを得ない言葉がルーシャから放たれて息を吐くシルヴィ。少女の勇気に重んじてルーシャの力を借りることを決断したのち、むっと頬を膨らませると唐突に少女の額にデコピンを喰らわせた。


「今度からは『自分が犠牲になれば』なんて思わないこと。君は魔族だけど、それ以前に私たちの仲間。君が犠牲になったところで君の変わりはこの世に誰一人として存在しないんだ。だから自分のことを絶対に軽んじないで」


「わ、わかりました……すみません……」


「わかればよろしい。さてと、今勝手に話を勧めちゃったけど、ダイヤもルーシャに運んでもらうでいいよね? 嫌ならダイヤだけ歩きになるけれど」


「今の流れで拒否する人なんていると思う? てか置いてかれると私だけ何日も歩くことになるじゃん! それは不公平すぎるよー!」


 仲間であるダイヤを置いていくなんてことは絶対にしない彼女だが、しんみりとした空気を和ませるためにわざと冗談を言って和ませ、海が見える場所まで移動するのだった。







「向こう岸見えないけど……ほんとに行けるのこれ」


「わ、私を信じてください……多分……大丈夫です」


「多分って……まぁ後には引けないからいいけど」


 スカカイラ村を後にした一行は海が見える崖へと歩いてきた。思ったよりも海は広く、向こう岸は全く見えない綺麗な水平線。


 いや、目を凝らせばうっすらと対岸があるのが見えるがそれでもやはり遠い。


 だからこそ、ルーシャの案で海上を飛び運んで貰うことを決断したにもかかわらず疑ってしまう。


 無茶にも程がある距離なのだ。鳥ならばともかく彼女は翼を持つだけの魔族。飛べたとして三度海上を飛ばなければならないのにそんな体力が少女の身体にあるように見えないのだ。


 しかしここまで来て最初の予定に戻すと言い出せばルーシャをがっかりさせるか、再び引き止められるか。


 もう少女を信用するしかなさそうだ。


「はぁ……それじゃあまずはダイヤから連れて行って」


「え、ここはシルヴィが先じゃないの!?」


「私が先に行ったらダイヤに認識阻害魔法かけられないけど……まぁ遠くから見つけられて撃ち抜かれたいなら――」


「よしルーシャ! 私を連れてって!」


 ダイヤを先に行かせるための理由を全て話すことなく、まるで自ら望んでいくようにルーシャの手を掴んで言った。


 その顔には焦りが出ていた。もしもシルヴィが先に行った後に自分が海の上で襲撃でもされたらと考えたのだろう。


 急に手を取られびくりと身体を震わせたルーシャだが、シルヴィの言葉を聞きダイヤを先に連れて行った方が良いと判断し何も言わずにいた。


 いや、それもあるが少女はダイヤに聞きたいことがある。シルヴィがいる前では聞けないことのため、これを機に聞いてしまいたいと思っているのだ。故にダイヤの目を見て小さく頷いた後、後ろから抱き着くような形で抱えると隠していた翼を大きく広げ一瞬にして大空へと飛び立った。


 おおっと一驚したシルヴィは直ぐに空を泳ぐように浮遊する二人に、周りから殆ど認識できなくなる魔法を付与する。


「そ、それじゃあ行ってきます」


 その魔法の効果は術者と付与された本人たちにはわからないが、シルヴィの魔法を信用しなければ進めない。


 口に溜まる生唾を飲み込むとダイヤを落とさないよう強めに抱え直し海上を飛んだ。








「あの、ダイヤさん。聞きたいことがあるのですが……」


 空気を掴むように翼をはためかせて空を飛ぶルーシャは抱きかかえていたダイヤにぼそっと言った。


 翼が空を切る音がうるさいものの、至近距離の声は流石に聞こえるようでルーシャの顔を見上げてどうしたのかと逆に尋ねる。


「その、ダイヤさんって昔シルヴィさんと一緒にいたんですよね……?」


「そうだよ。千年とちょっと前だけどね。それがどうかした?」


「い、いえ……そのシルヴィさんが大切な仲間って言った時びっくりしてたみたいなので……なにかあったのかなと……あ、すみません。おこがましいですよね……何も知らない私には関係ないことですし」


 ルーシャが気になっていたのはドワーフの国でみたもの。シルヴィがダイヤのことを大切な仲間と言った際、実は驚いた顔を浮かべていたのだ。シルヴィには気づかれていなかったが、ルーシャはしっかりとそれを目撃していたらしく、過去に何かあったのか知りたくなったのだろう。


 だがルーシャは当時のことを一切知らない。今は仲間であれダイヤとシルヴィのことも詳しくは知らない。そのためか、聞いて直ぐに怖気付いて聞かなかったことにしてと言わんばかりに謝った。


「そこまで言ってないんだけどなぁ……でもまあそうだね。向こう岸にたどり着くまで教えてあげる」


 過去を話し始めるダイヤの負担にならないように、そして話を長く聞きたいという思いからなるべくゆっくりと空を泳ぐルーシャ。しかしただ話を聞くだけではなく、念のため周りを警戒している。認識阻害の魔法が付与されているとはいえ警戒を怠る理由はなく、仮に何か変化があったならばすぐにでも引き返す必要があるからだ。


「……で……しが……てる? ルーシャ大丈夫? 聞いてる? てかどんどんと高度落ちてない!?」


「す、すみません……警戒しながら空飛んでるので、話を聞こうとするとうまく飛べなくなるみたいです……」


 翼で空気を掴み気を使いながら空を飛び、周囲の警戒。加えて人の話し。と相当頭を使う状況にダイヤの口から紡がれるシルヴィの話は当然入ってこない。ならばと聞き耳に集中すると翼を動かすことが疎かになってしまうようだ。


「あはは……マルチタスク苦手なんだね。まあ警戒に関しては私に任せて。あと気を使ってるみたいだけど、全然自分のペースで飛んでいいからね。それなら話も入ってくるでしょう?」


「は、はい……ありがとうございます」


 逆に気を使われ恐縮する少女だったが、どうしてもシルヴィのことを知りたいのか彼女の言う通り自分のペースで飛ぶことだけに集中することにした。


「じゃあ、最初から話すね。私とシルヴィの――最期の時を」

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