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第27話・大切な仲間のために

「でもここで戦ったら市民まで被害が出るけど」


「そうなれば貴様の罪がもっと重くなり、挽回する機会すらなくなるだけだ!」


「外道だね……仕方ない。ルーシャ、カラットと一緒に隠れてて」


「は、はい!」


 シルヴィがカラットを掴んでいる手を離すと、今度はずっとシルヴィの後ろをついていたルーシャが彼女の手を取って二人から距離を取り、市民からも離れた場所に隠れた。


 それを見届けた後、サインズと名乗った全身鎧の兵へと視線を戻す。すると兵は鼻で笑いこう言った。


「……武器を持たぬなど舐められたものだな!」


「まぁ……貴方みたいな人には武器を向ける価値すらないと思うからね」


 強がるシルヴィ。実際は持っている武器がお守り用の杖しかないためどう足掻いても素手になってしまうだけで、いつも使っているような剣があれば構えている。


 何せシルヴィは杖ではなく剣を媒体に魔法を使う。もちろん媒体がない状態でも魔法を行使することはできるが上手く発動しないか、威力が激しく落ちる。魔力の消費量はそのままで最低でも元の魔法の威力や、効果の百分の一に落ちるのだ。


 そのためこの戦闘は圧倒的にシルヴィが不利である。それでも余裕の表情を見せて挑発しているのは負けを認めたくない想いと、仲間を守るため。


 先手は案の定、兵士サインズ。大男でも重そうに扱う剣を片手で振り下ろしてきたのだ。それも一瞬で間合いを詰められ、寸前のところで気づく程に早い。


 とはいえシルヴィかろうじて避けることに成功していた。だが直撃した地面は抉るように凹み割れている。媒体がある状態で防御魔法を使っていたとしても今の一撃を受ければタダでは済まないだろう。


「驚いた……そんな重そうな剣を軽々と操ってそんなに早く動けるなんて」


「ふん、鍛え方が違うだけだ。だが所詮貴様は庶民。わたくしの攻撃をそう何度もかわせはできまい!」


 自信満々に言うだけあり、攻撃を仕掛けてくる度に巨体を動かすのが早くなっている。受ければ確実に即死の一振。周りの人に被害が出ないように気を張りながら避けているが、彼女の集中力や体力的に周りを気にしながら避けるのも限界が近づいてきている。


 このままでは周りに被害が出るうえ仲間をまた守れず死ぬことになる。そう考えると焦りが込み上げ、身体が震え始める。巨体の猛攻に反撃の隙は無い。魔法を使おうにも断片的に詠唱もできない速さ。仮にできたとしても巨体と怪力故に拘束はほぼ不可能だろう。


 ――このままだと確実に死ぬ。


 そこまで追い詰められピンチであることが顔に出る。先程強がったのを後悔するほど、死という恐怖がシルヴィを襲っているのだ。


 学生の頃にも味わった死の恐怖よりも格段に怖い圧倒的な物量。魔法では無いとはいえ転生前最期に経験した恐怖が、トラウマが、無力な自身を蝕んでいく。


 その結果、サインズの一振により作られた地面の傷に足を取られその場に倒れ込んでしまう。


 それを見逃さなかったサインズは甲冑越しにニヤリと笑うと。


「憤怒一槌ッ!」


 シルヴィが起き上がる前に間合いを詰め、片手で振り回していた大剣を両手で一気に振り下ろした。


 先程まで大地を割っていた際より遥かに大きく大地を揺らし、土が宙を舞い視界が何も見えなくなる。


 辺の人は全員目を瞑った。土埃が目を襲ったという訳ではなく、今ので完全に勝負がつき、目の前には引き裂かれ血が溢れる無惨な死体があると思ったためだ。


 元々ドワーフの民は何も知らない冒険者が一方的にやられると予想していたため、こうなることは推測できていた。だとしても実際に目の前に転がっている死体は見たくはないのだろう。


「執行完了。さてとダイヤ様を早く連れ戻さなければ」


 土埃でまだ何も見えていないが、今の一撃を耐えられた者はいない経験から相手の状態を確認することなく踵を返すサインズ。


 しかし数歩歩いたところでピタリと歩みを止める。いや、正確には自分の意思で止まった訳では無い。背後に感じる殺意により、まるで金縛りにでもあったように身体が動かなくなったのだ。


「間に合ってよかった……」


 聞き覚えのある声がサインズの耳に届き急いで背後を確認する。そこには先程まで居なかったカラット――ダイヤがフードを脱ぎ身体を広げて立っていた。


 サインズが手を掴んだ時にも着用していたローブは今の斬撃を受けたために激しく切り裂かれているが、その隙間から覗く服は傷や汚れを知らない新品のごとく傷一つない。


 そしてそんなダイヤの背後には尻もちを着いたまま硬直していたシルヴィが居る。その状況からして彼女がシルヴィを守ったのが目に見えてわかる。


「そんな……何故ダイヤ様が……」


 人は想像だにしていないことを目の当たりにすると確実に驚愕し、言葉を失う。彼はまさにその状態で何が起きたのか、そしてなぜダイヤがそこに立っているのか理解できていない。


 そんな彼の疑問に答えるべく、広げた手を腰につけたダイヤは自信気に笑みを浮かべてこういった。


「何故ってそりゃあもちろん、シルヴィは私の大切な仲間、親友だからだよ。それ以外に理由必要かな?」






 数分前。カラットがルーシャに連れられてシルヴィから離れたあとのこと。


「シルヴィ……武器ないのにどうやって戦うつもり? ただでさえ媒体の剣もないのに……死ぬ気なの?」


「そ、その……シルヴィさんのことわかってるんですか?」


「まあね。さっきちらっと話してたけど、私たちは転生してここにいるの。で、転生する前、私はシルヴィと他の仲間と共に一緒に旅をしていたんだ。その時もシルヴィは剣を媒体とする魔法剣士として戦ってたけど……」


 住人が周りにいないことを確認しながらカラットは過去の話を何の躊躇いもなくルーシャに語る。シルヴィと一緒にいたから信頼しているのだ。最も口が多少軽いことも理由の一つにあるが。


 カラットとシルヴィの過去を聞いたところで、シルヴィがピンチであることはよくわからない。聞いたのが間違いのように小首を傾げるルーシャは別の質問をする。


「ま、魔法使いなら、その武器とかなくても」


「いやそうでもないんだ。魔法使い魔みんな何かしらを媒体にして魔法を使うんだ。偶に武器なしで魔法使う人もいるけど、自分の身体を媒体とする魔法使いで……っと話がそれたね。まあそんな感じで、シルヴィは今、剣を持ってないから魔法は実質的に使えない。使えても殆ど効果が出ないんだ」


「不便ですね……」


 彼女の言う通り、現在シルヴィは武器を持っていない状態で魔法は使えていない。そのためか重たい攻撃を繰り出す巨体の兵士サインズの攻撃を避けるように逃げている。傍から見ていても彼女が追いやられているようにしか見えず、反撃もできない状態に苦しんでいるのも目に見えるほど。もって三分だろう。


 どうにか隙ができれば或いは。とは考えるが隙ができたところで魔法が使えない状態では意味がない。


 どうする。どうするどうするどうする。


 シルヴィの体力が続く少ない時間がない中でカラットは親指の爪を噛み考える。


 自身がダイヤであることを完全に公にして捕まれば、シルヴィは少なくとも助かるかと考えても、本当に見逃してくれる確証はない。ダイヤの知るサインズは仕事熱心ゆえ、一度決めたことは絶対に曲げないのだ。脅しをかければその場はやり過ごせるだろうが、その後のことはどうなるか不明。


 回収してきた素材で剣を作ることはもちろん、折れた剣をつなぎ直すことは耐久以前に時間的に間に合わない。そもそも工房に辿り着いて引き返すまでには決着が付いているだろう。


 だが、かといって皆殺しには出来ない。お世辞だとしても大切な仲間と未だに思ってくれている彼女を、死なせたくはない。そう思っていても見るだけしかできない今がとてもむずがゆく、仲間を救えない自分に苛立ちを覚える。


「あの、その……あの兵士の剣に付いてるあれって何ですか……?」


 突然ルーシャが申し訳なさそうに聞いてくる。視線をシルヴィからサインズの大剣に向ければ、確かに柄の部分にきらめく何かがあった。


「あれは魔石。自分の力が増す身体強化の魔法が刻まれた魔石。でも今そんなの気にしている場合じゃ……」


 大剣に嵌められていたのは白く輝く魔石だった。その剣自体作ったのはカラットだからこそ、その魔石の中に入っている魔法のことをよく知っている。この戦闘でサインズが圧倒的な強さで優勢になっている原因の一つだ。だがたったそれだけでこの戦況を変えられるものではなく気にするものではない。


 はずだった。


「ルーシャって言ったっけ」


「え、は、はい」


「ありがとう! 大事なこと思い出せたよ!」


 隣にいたルーシャの肩を掴み笑みを浮かべて礼を言うカラット。その後カラットは自身の工房へと走り始めた。


 今から迎えば確実に間に合うことはないが、それは普通に向かったらの話。だが、何らかの方法で大幅に時間短縮することができるなら。


 そう、それこそ彼女が思い出した大切なこと。


 洞窟で採取しポケットにしまい込んでいたカーバンクルの無色宝石を一つ取り出して魔力を込める。


 カーバンクルの宝石には属性毎の魔法が刻まれており、その魔法は一度きりかつ発動するまで何が発動するかは不明。それでも、彼女が取った無色は身体能力系がメインである無属性。そのため一か八かではあるが足が早くなる魔法を発動できれば工房にある武器取ってくることは可能だと考えたのだ。


 工房へと走りながら速度系の魔法が来ることを願った直後、握った魔石がバキンと砕け魔法が発動する。


 しかし発動したのは残念ながら身体能力強化系ではなかった。それでもカラットの想いはしっかりと届いていたのか、落胆しそうになった彼女の前に、大きな空間の歪みが生成された。


 発動したのは転移門という転移魔法の上位にあたる空間魔法の一つ。


 転移魔法同様に移動限界距離こそあるが、制限時間以内ならば何度でも確実に行こうとしたところに繋いでくれる魔法。その確実に行けるというメリットの分、門を潜ると転移酔いしやすいというデメリットがある。そのためこちらも使う人はいないが、今ここで彼女の力となった。


 門の時間制限は約十秒。発動した最初は固まってしまいロスしていたが、直ぐに門を通り手頃な剣を片手に取ると、再び行先を思い描いて門を潜る。


 流石にギリギリだったためか多少誤差が生じ、現れたのはシルヴィ達の真上。それもシルヴィが尻もちをつき、もうすぐで決着がつくという場面の真上に現れたのだ。


 しかしカラットとしては実に都合のいい場面。サインズに気づかれずにシルヴィの前に立って守ることができるのだから。たとえそれで周りにカラットはダイヤであると知られてしまっても、構わない。


 サインズが大剣を振り下ろした刹那、カラットはその攻撃を受ける形で大地に足をつける。瞬間周囲が見えなくなるほどの土煙と攻撃のとてつもない重たい衝撃が身体に響くが、彼女は何事もなかったかのように立ったままだ。


 少ししてサインズの攻撃により舞い上がった土埃が薄くなると丁度振り返ったサインズと目が合う。その顔はまるで化け物でも見たかのような顔でカラットが、いやダイヤがそこに立ちなおかつシルヴィを無傷で守って見せたことに驚愕しているのがよくわかる。


 そんな彼の質問で何故そこにいるのかを問われ、ドヤ顔で返答を返し現在に至る。


 フードが脱げ、サインズの問いに答えたことで自分がダイヤであると証明をしてしまった。そのためか、ドワーフの民がより一層騒がしくなる。それでもダイヤは仲間を助けることを優先し、周りの声など気にしない。


「シルヴィ。反撃の時間だよ」

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