目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第16話・魔人化

 シルヴィが使った付与魔法があったからか、特段苦戦することなく黒いスライムとの戦闘にあっけなく勝利を収めた一行。


 酸耐性が付与されていたおかげで一定の距離を保つために逃げ回る必要はなく、なんなら一歩たりとも動かないままでフレアとルミナの攻撃魔法だけ終わらせてしまったのだ。


「シルヴィさん……本当にあなたは何者ですか……付与魔法なんてもう使う人もいないものなのに」


「……え、まじですか」


「大マジです! 流石に色々教えてもらわないと先生は納得できませんよ!? もう誤魔化されませんからね!」


「えぇ……」


 まさか付与魔法が廃れているとは思ってもみなかったシルヴィ。隠し事もここまでかと諦めようとした刹那、再び魔物の気配が強まる。それも先ほどのスライムよりも凶暴で、今の今までは一切感じることのなかった気配。まるで自分が兎にでもなり、獲物に飢えた虎に見つめられているような気分で、冷や汗が自然とあふれ出る。


 ゆっくりと気配のする方向へと視線を向ける三人。そこには赤い血が漆黒の如く黒い体毛にべっとりとこびりついた狼がいた。それも体格は大人であるルミナよりも大きい。


「ひっ……!」


 その狼はフレアが幼少期に見たあの魔物に酷似していた。そのためかそれを見た瞬間に体の震えが止まらなくなり、足が竦んでしまっていた。それでもなんとか克服しようと杖を前に突き出す。しかし体の震えで狙いは定まらず恐怖のあまり失禁してしまっていた。


 一方でルミナは突然現れた魔物の気配に怯んでいる様子。魔王と対峙した経験から冷静を保っているシルヴィはともかくとして、生徒たちよりも先に生きる先生として情けないものだ。いや、自分の命を大事にしているのならば仕方のないことのなのかもしれないが。


 とはいえ二人がこのままでは全滅するのも時間の問題になる。流石に騒ぎにならないように本来の力を隠している場合ではないとシルヴィは剣柄に手を添えて。


「滾れよ炎、唸れよ雷。万雷の如く叫ぶ火炎の怒りを以て我が剣に纏い、剰え光の如く瘴気を切り開かんとする力を我が剣に【刹那ノ除瘴ミアズマリーブ】」


 剣柄に触れたまま無防備に詠唱するシルヴィ。魔物からするとまるで襲ってくれと言っているようなもので、すかさず大きな口を開けて飛びかかる狼の魔物。


 しかし詠唱が終わり、魔物とほぼゼロ距離になった刹那突然狼が地面に勢い良く落ち、首がころんと転がり身体から離れた。


 あまりにも早すぎる斬撃。あたかも動いていないようにしか見えないそれだが、実際は剣を抜刀しただけである。というのも雷と炎の力で万物を切り裂く付与と、それに瘴気を打ち消す光の魔法が混ざった斬撃波が剣を抜いた瞬間に対象を切ったのだ。


 けれどそれで終わりではない。瘴気に飲まれた魔物や、瘴気から生まれた魔物は心臓の代わりに魔力核が存在する。それがあれば首が離れようが、体が肉片になろうが再生し始めるのだ。


 そのため少女はくるりと引き抜いた剣を逆手に持って、狼の核を砕いた。


「……あと数体いるけど、今ので襲っては来ないか」


 剣に着いた血を振り落として鞘へと戻す。同時に精度を高く調節した即興の魔力探知で周囲の魔物の気配を読み取っていた。だが探知した魔物は戦意消失してるのか襲ってはこなさそうだった。


 否。敵は戦意を喪失したわけではない。そもそも狙いがシルヴィではないのだ。


 もちろんそれを知るものなどこの場には誰もおらず、それが起きた時には既に手遅れになっていた。


「フレア……?」


 踵を返したシルヴィが目撃したのは、フレアがまるでマリオネットのように立ったまま力が抜けている状態なこと。明らかに様子がおかしく、先生もそれには気づいていたようで体を揺さぶって意識を取り戻そうと必死だ。


 突然ルミナがその場に倒れ、胸元を抑えながら吐血した。その後もう一度吐血するとそのまま気絶してしまいかなり危険な状態である。


 シルヴィが急いで駆けつけて、回復魔法を施しつつ今の症状から魔力の乱れにより起きたものであると推測した。その理由は症状が魔族語を見聞きした時に現れる症状と酷似していることだ。


 一方そんなことが起きているのに呆然と立ち尽くすフレア。


 本当にどうしたのかとフレアの顔を覗くように見上げるとゆっくりと不気味な笑みを浮かべていた。


「くはハ! ようやク、ようやくダ!」


「まさか……魔人化!? こんな時に……!」


 フレアが急に天を仰いで叫ぶ声は、フレアの元の声と魔人の声で重なっており若干発生になれていないような独特な口調になっている。


 周囲にあった反応がフレアの魔人化を狙っていたかのように動き、まるで磁石の如くフレアの元へと引き寄せられた刹那。


「ラオベン・ディー・ツァオバー・クラフト」


 その魔法を放った。


 危険を察知してルミナを引きずってでも魔人から離れようとするシルヴィは、途端に身体が重くなり思わず膝を折ってしまう。


 立ち上がろうにもまるで魔力切れを起こしたように身体が重く、すぐに急激に自分の中にある魔力が大きく減少したことを悟った。


 加えて魔人に引き寄せられた魔物の魔力も、シルヴィが運んでいるルミナの魔力すらも減少し、代わりに魔人の魔力が上昇している。


 原因は魔人が魔族語で詠唱した魔法。周囲の魔力を奪い自分の魔力に変えてしまういわゆる闇魔法である。


「フゥ……さテ、小娘。その女を置いていケ。どうせ連れて帰ってモ、手遅れだろウ?」


 辺りの瘴気も吸い取っていたのか、フレアの容姿はそのままに魔人特有の角が左頭部に一本。天を穿つかの如く生えており、目は黒く染っていた。


「それではいそうですかとは言えないね……!」


「そうカ、なラ今すぐに手遅れにする殺すしかだナ!」 

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?