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第7話・時空魔法

「時よ。我が意に応えよ」


 目の前に広がる龍の腕と鋭い爪。それを食らえば確かに大怪我では済まない。けれど敢えてぎりぎりのところまで引き付けるようにして、小さく詠唱した。直後、シルヴィの鼻の先に来た龍の鉤爪が、いや龍自身が動きを止めさらに、空気の流れも太陽の傾きも、何もかもが時間を忘れてぴたりと止まった。


「これ、は……」


「時間を止める魔法【タイムアウト】。本当は使いたくなかったんですけど、なるべく無傷で終わらせたいですからね……でも、これを使わせたということは貴女は……いえ、フレアはそれだけ強いということです」


「時間を止める、魔法……!?」


 少女が使った魔法。それは、初級でも上級でもない、更に上の存在。禁術に分類された魔法の一つ。時空魔法【タイムアウト】。


 その魔法は対象の時間を一時的に止めることができるのだが、その力は絶大で何度も使うことができない貴重な魔法。いや、正しくは何度も使えるが使えば使うほど時空が歪み、術者が時空の狭間に囚われるため、実質的に使えないのだ。


 加えて魔力の消耗もかなり激しく、使用できる魔法使いはシルヴィを含め片手で数えるほどしかない。故に多数の観客がいるこの場で時空魔法を使うとなると問題になりかねなかった。


 たとえ万が一知られた場合、命が狙われる危険性もありうる。狙われなくても編入したてで間もないのに正式な魔法使いとなり、魔王討伐へ駆り出されるかもしれない。


 だからこそ範囲をフレアではなく、フレア本人以外の全ての時間を止めたのだ。そうすることで周りから見られることも、感知される恐れもなく、フレアの魔力を枯渇させることもできる。まさに一石二鳥。


 焦りで目が泳いでるフレアが、勝てるはずもない相手を前に絶望の色を瞳に浮かばせ、地面に膝を付けると確認するように震える口を開く。


「そんな、だって時空魔法は、魔力を三千以上も消費するのに……それ、それに禁術のはずで貴女が使える、ものじゃ」


「その歳でよく知ってますね。ええ、そうです。これは禁術。使える人は限られていますし、当然魔力の少ない私が使えるはずがありませんよね」


「一体……どうやって」


「と、言うでしょうね。はあ……改めて、私はシルヴィ。大昔に魔法を広めた魔法剣士の英雄……と言えばわかりますか?」


「……え?」


 ありえない状況が起きている中で戸惑いを隠せないフレアに、丁寧に分かりやすく自身に起きたことを話した。案の定驚きを隠せていない顔だが禁術を使ったおかげか、フレアはシルヴィの言葉に嘘はないと理解している様子だった。


「まぁ色々あって子供になっちゃったんですが……できればこのことは内緒にしてくださいね? フレアさんの魔力暴走を止めるにはこの方法が手っ取り早いとはいえ、これを使わせるほど貴女は強いのですから教えるしか無かったわけですし」


「魔力暴走……?」


「あ……そこからですか……さすが優秀と言われるだけは……というかこの学校魔力暴走のこと教えてないんですか!? これは教育が必要ですね……ま、私教えられる側ですが」


 魔力暴走という単語を聞いて首を傾げるフレア。魔法わを行使する者ならば知っていて当然なものなのに、知らないというのはかなり問題だ。


 もし当時のシルヴィがそこいたらこっぴどく教師を叱っていただろう。いや、今も言うことは出来るが、容姿が子供ゆえに話を聞いてもらえない可能性もあるだけなのだが。


「とりあえずこの禁術は長く持たないので、そろそろ解除します。その後も魔力暴走して攻撃を続けるようであれば実力行使になるので」


「わ、わかってる……でもそいつは使うと私の魔力を食い尽くさないと消えない、のよ……」


「はぁ……手を焼きますね……仕方ありません。【|我は魔を否定する天の使い。汝の力を砕き全を無に帰す《リベライトクラッシュ》】」


 片手を氷龍の手に添えてそう唱えた瞬間、時が進み出し龍は霧散した。



 *********



 一瞬ぴたりと龍の動きが止まった瞬間に霧散したのを時が止まっていた観客は見ていた。もちろん彼女達の話など聞こえていなく、本当に一瞬のできごとだった。


 バラバラになり寝転がっているゴーレムや、目の前で切り裂こうとしていた氷の龍など、作り出したものを維持するにも多少なりと魔力は必要で仮に魔力がなければ、いとも簡単に砕け散ってしまう。きっとそれが原因で龍は砕けたと見ていた人は思うだろう。しかし、真実を知る人はその中にはいない。


 故か、勝敗の方は攻撃を仕掛けられ抵抗ができなかったシルヴィの負けとなった。


「ほら、立てますか?」


「う、うん……」


 先程まで嫌味だらけだった仲とは思えないほど、地面に膝を付けたままのフレアに、優しい笑みを浮かべて手を差し伸べる。


 そんな少女も勝ったとはいえ、実質的には負けという事実に悔しさがあった。けれど圧倒的強さを誇るシルヴィに、魔法を広めた勇者に、そしてこんなにも優しい相手に向かって酷いことを言ってしまったことに一番後悔し、差し出された手に一瞬怯えつつも手をとって立ち上がる。


「シルヴィ……その、ごめん酷いこと言って」


「あー……いいですよ。実は気にしてないですし、むしろこちらも煽ったことは謝らないとですから……とはいえ魔力を使わせようと思って煽ったのに裏目に出て魔力暴走するとは思ってなかったけど」


「次からはもう少し、こっちのことを、考えてほしいものね」


 だんだんと最大を出し切って負けた悔しさと後悔が、シルヴィの暖かな心に包まれ、やがて涙となってフレアの頬を伝う。拭おうとした手と、先へ進もうとする足が魔力切れの脱力感で支配されており、思うように動かない。


 そんな中しっかりと肩を組んだのはシルヴィの方。魔力切れで上手く歩けないフレアに合わせて一緒に出口へとゆっくり歩く。


 視界の淵で揺れる茶髪から覗くシルヴィの顔が、優しいのに逞しく見えて、フレアはあることを心に決めるとを呟いて言った。


「シルヴィ……えっと、その……これからは、友達として……いや、魔法のライバルとして、よろしく……でも、いつか必ず、目標シルヴィを超えてみせるから」

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