『これはシルヴィの負けか!?……にしても今日ってこんなに暑い日だっけ……すごい暑いんだけど』
解説者はがシルヴィの負けを断言した直後小さく息を吐いてぼそっと呟いた。会場内も暑さで蒸している状況だが、この日は猛暑を記録しているわけではない。そもそも会場内が蒸すほどに熱くはならず、また仮にも観客などの熱狂で熱くなったとしても気温が上がるほどではない。
『おおっと、これは……【アイシクル・ケージ】が溶けている!?』
「なんで……炎魔法でも溶けるものじゃないのに」
「ふう、一歩間違えたら死にますよこれ」
なるべく目立たないようにささっと終わらせるつもりが、先制を許してしまったシルヴィ。氷の中で微かに聞こえていた歓声に息を吐きつつ、容易には壊すことなどできない【アイシクル・ケージ】から
『ど、どういうことだー!? あの【アイシクル・ケージ】から無傷での生還だ!』
「フレア様の魔法を溶かした!?」「いや、この気温で溶けたんじゃあ……」「そんなバカなことあり得ないぞ。あの魔法は俺も喰らったことがあるが人肌で溶けるものでもない」
観客もざわつくほどの騒ぎ。皆が言う通り【アイシクル・ケージ】は中級の炎魔法でも溶けない氷魔法だ。だからこそそれが溶けてしまいシルヴィが出てきたのは想定外で誰もが驚いている。
だが溶けたのは気温のせいではない。不意を突かれたとはいえ、フレアにとって先手で勝負をつける気なのは受けた魔法からよく伝わってくる。だからこそそのままやられるのは失礼だと氷を溶かしたのだ。それも
それには流石に誰もが沈黙で驚きを語るしかなく、漸く静けさを打ち破ったのは誰よりも驚いていたフレアだった。
「い、一体どうやって……」
「……どうやってって、見たらわかるじゃないですか。溶かしたんですよ。こんな
会場がざわつく中どうやってこの場を誤魔化すべきか。そう考えていても誤魔化しようのないことだからと、そのまま溶かしたことを伝えた。
だがそれによってフレアの表情に怒りが見え、しかし焦りながら言った。
「密度の低い……!? そ、そんなわけが! 来い【アイシクル・ゴーレム】! これは溶けても復活する氷の巨人よ! あなたは武器を持ってないんだもの、このゴーレムを倒す
『まさかの事態に対処すべくフレアが出したのは【アイシクル・ゴーレム】だぁ! さっきの【アイシクル・ケージ】よりも威力がある中級召喚魔法! あの歳で高度な魔法を使うなんて学年首席と言われるだけある! 流石にこれは偶然助かったシルヴィは助からないかー!』
フレアが次に使用したのは、氷の巨人を作り生命を与える【アイシクル・ゴーレム】。生命を宿すだけあって、魔力を五百以上も消費する中級召喚魔法だ。恐らく同い年でこれほど強力な中級魔法を使えるのは、彼女だけだろう。
だがシルヴィにとってそんなことは全く関係なかった。そもそも今はフレアになど興味もない。
なんとかして両者無傷で済む方法を思いついたところで、シルヴィはゴーレムに視線をやるとふと思ったことを呟いた。
「名前のわりには氷しか使わないのですね」
「う、うるさいわね! 潰しなさいゴーレム!」
図星を突かれたフレアとシルヴィの間に生成された五メートルほどの氷巨人は、主の命令に従い大の大人が両手を広げても足りない大きな拳をシルヴィへと振り下ろしてくる。
「おっとこれはやばい」
自身よりも大きな物体が迫るのなら誰もが体を竦ませる。しかし戦闘に慣れているシルヴィは一切動じることなく、直撃した。
『ち、直撃!!! 怪我じゃ済まない事態が起きました! 救急班!』
「きゃぁぁ!!」「これはまずいんじゃないか……?」
衝撃的な事態に周りが騒然とする。だがフレアはわかっていた。まだシルヴィは倒れていないことを。
「うーん……思ったより魔法の精度が甘いなぁ。これが見掛け倒しだなんて……素質はあるのにもったいない」
フレアの耳に微かにその声が届いた直後、大きな音を立ててゴーレムの拳にひびが入り砕け散った。
勝敗は目に見えてわかる状況で救急班まで駆けつけるほどだったからか、会場は騒然。実況者も何が起きたのか理解できておらず言葉を失っていた。
「さてと、戦闘の基礎一。まずは相手の力量を見極めるべし、ですよ。あと魔力の込め方もなってませんね。せっかくの魔法が台無しですよ」
「な、な、ななななんで!? なんで生きてるの!?」
「あー、その言い方やっぱり本気で殺しに来てたんですね。ルール違反……と言いたいところですがまあいいですっと。さて戦闘の基礎二。それは思い込まないこと。いつ私が武器を持っていないと言いましたか?」
「け、剣でッ!?」
「第一、最初に杖で魔法があまり使えないってだけで、杖以外を媒体にすれば普通に使えるんですよ。まぁ……最適性が剣なので剣を借りましたけど」
ゴーレムの拳を押し返し砕いたのは、シルヴィの細腕の筋力と訓練用の
――ありえない。
魔力の差は歴然としているし、仮に力だけだとしてもあんな細腕にはそんな力はないはずだ。
――本当に魔力は私が勝っているの?
嫌な考えがフレアの心をざわつかせ、戦闘中からこみ上げる焦りと、不安。負けのプレッシャーに思わず吐き気がこみ上げる。
「な、なんで? どうして? どうやって?」
自分よりも相手は弱い。その思い込みがフレア自身を苦しめ、焦りが成長していく。
だが、そもそも魔法使いは詠唱の観点から接近戦をせず、それでもなお剣を使っていた事例は、僅か数件しかない。けれどそれは過去の事例であり、今現代にそれを行うのは自殺行為とも言われているほどだ。
だからこそ『ありえない』の言葉がストレスとなって、フレアを襲う。どうやったら勝てる? あんな化け物がなんでここにいる?
ただひたすらにフレアは、『負け』のプレッシャーに抗うように、左手で頭を抱え艶があった赤い髪をかき乱す。
――負ける、負ける、負ける、負ける。この私が? 学校で最強である私が? ありえない。あり得るはずがない。だってあいつは平民よ? 小汚いところからやってきた虫よ? そんな簡単に私の特等席を奪わせてたまるわけがないわ。私は強くなくてはならないのよ? だから負けるわけには。
ゴーレムをあっけなく壊されて呆然と立ち尽くすフレアの頭は、次第に負けたくないという気持ちで埋め尽くされていき、家族以外誰にも見せたことがない最終手段を取る決意を固める。
『これは、どういうことだぁ……! フレアさんの【アイシクル・ゴーレム】が一撃! 今まで誰も破壊できなかったあの巨兵に一体何が起きたというのか!』
実況者がようやく口を開き、ざわつきがさらに増す。実況者は興奮しているようだが、フレアを慕っている人たちを中心にシルヴィに批判が飛んでいる。
やれインチキだの、やれまぐれだのと。
そんな言葉が飛び交っていることを知らないシルヴィは。借りた剣をクルクルと回しながら状況を確認していた。
「うーんやっぱり自分のじゃないと落ち着かないなぁ……それにこれあと一回持てばいい方ってところかぁ脆いなぁ……それにしても思った以上に自衛しただけで目立っちゃったなぁ……」
観客席の方へと視線を向けると、観客席が色んな言葉でどよめいてるのが伝わった。ただ何を話しているかはやはりさっぱり聞こえないようだ。
ならばなぜどよめいているのか。それは今までの行動は普通子供には出来ない芸当だ。それこそフレアよりも強い魔力を持っているか、技術を持っていなければなおさら。だから自衛とはいえフレアに対抗してしまったことで注目やらは必ず集まるとは理解していたのだ。
とはいえ過ぎたことは仕方ない。それに彼女が考えた無傷で戦闘を終わらせる方法はまだ始めたばかり。
たった二人だけならばもっと早くどうにかできたものの、他の人が近くにいる状態では思うように魔法を使えない。それでも思いついたのが、魔力切れによる行動不能状態。しかしその状態に追い込むには相手を挑発しなければならず、ならばとシルヴィは静寂を切り捨て火に油を注ぐように口火を切った。
「さてと、他に氷魔法使いますか? 詠唱必要の魔法なら待ちますよ? それとも、もう終わりなんですか?」