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第4話・売られた喧嘩。買った勝負

「ほ、本当にやるの? あ、相手は進学組で学年首席のフレアさんよ?」


「ここまで来てやめろとでも言うんですか? まあ、大丈夫ですよ」


 進学組の学年首席。確かに先程の編入学式の際、代表として挨拶していたがその言葉で代表とされたのと、かなりの自信家な理由があるのだと知る。


 だがシルヴィには関係は無い。むしろ親との約束でなるべく人に向けて魔法を使わずに立ち振る舞わなければならないのだから。


「で、でも」


「だから大丈夫です。先生は見ていてください」


 弱々しい声で戦場を前にするシルヴィを止める先生だが、『お互いを高め合うため』と嘘を付いてまで、魔法訓練所を借りてるのだから、生徒を気にしてどうこう言える筋合いはない。


 ただ実際心配するのは当たり前とも思える。シルヴィは傍から見れば一般の庶民で、フレアはこの学校の生徒の中で一番魔法に長けているのだ。それに魔法を酷使する際、消費魔力が多ければ多いほど魔法の威力も変わってくるため、魔力の差だけで戦わずとも結果がわかるのだから。


 しかし周りの反応からしてシルヴィはフレアよりも魔力は少ないと思われているようだ。実際はシルヴィの方が上、遥か上であるとは知らずに。


 とはいえ、シルヴィは魔力量のことや、勝敗に関しては気にしていない様子だった。むしろ相手をうっかり殺してしまわないように、いかに無傷で戦闘を終わらせるかだけで思考を膨らませていた。


「とりあえずいつも通りの動き方であの子の様子を伺うか……」


 装備すらないまま戦場の入口に足を向かわせると、ルミナに腕を引かれ、歩みをとめられる。ふっと振り向けば焦った表情を浮かべて、けれど言葉が出てこないのかわたわたと、何も掴んでいない片腕を振り回していた。


「あー、杖のことですね。いらないです」


 そう言ったシルヴィは、目の端に移りこんだ煌めく銀色へと目を向けて、少女の言葉に頷き続ける教師へ、ある要望を伝える。


「でもその代わりと言ってはなんですけど――」


 ――程なくして、シルヴィとフレアは岩や地面の凹凸が目立つ訓練所に足を踏み入れた。シルヴィにとってそれは見慣れた風景で、懐かしさで少し笑みがこぼれる。




「あら? 魔法使いが杖を持たないなんて、いい度胸してるわね」


「あはは、先生にも似たようなこと言われました。実は私杖で魔法はあまり使えないんですよ」


「杖が持てないのに魔法学校に来るとか馬鹿なのね。ふんっ、まぁいいわ。どっちみちこの私、フレアが勝つんですもの!」





 シルヴィと目線があったフレア。対戦相手であるシルヴィの手になにも握られていないことに、少し心に曇りと怒りが募る。けれど、それを表情に出すことはなく、自身の髪を大きく手で払うと左手に握る木製の杖をシルヴィに向ける。


 ――魔法使いの武器かつ命である杖を持たない平民を、自分の手で屠るのは気が引けるが勝負は勝負。誰が上かわからせてやる。


 そんな気持ちを胸に抱き、目の前の敵を高く嘲笑う。しかし相手は表情一つ変えずに、ただこちらを見ており、また分厚い雲が積もってゆく。それも白い雲じゃなくて、嫌な黒い雲。


 初めて見た時からだんだんと何を考えてるかまるでわからないその顔に、イライラが積もりルミナが「戦闘訓練を開始します!」と言った刹那、自分の身長ほどある大きな杖の先にある水色の石を、杖ごと地面へと叩きつけた。


「先手必勝! 【アイシクル・ケージ】!」


 詠唱文を無視し、呪文名のみを口から放てば地面に複雑な淡い水色の紋章が描かれ、同時に聞きなれた氷の割れる音が響く。シルヴィもその音に反応していたようにみえたが、避ける暇も与えないほど、フレアの魔法の発動は早い。


 証拠に、一瞬にして現れた自慢の氷塊が反射的に後ろへと飛んでいたシルヴィを喰らっていた。


『さぁ始まりました模擬戦! 今回は学年首席の実力を持つフレアと編入したてのシルヴィ! しかしフレアは容赦しない! 十八番の初見殺し【アイシクル・ケージ】が決まった!』


 会場を反響する実況。模擬戦という名目だがもはや見世物のように解説者が会場を盛り上げていく。


 そんな解説者が言った通り【アイシクル・ケージ】は対戦相手にいつもこれをお見舞いしているほど、フレアにとっての得意呪文だ。


 フレアは本来、名前の通り炎を得意としているが、過去に暴走して以来氷を極めてきたからこそできる、速攻魔法だ。


 それも氷魔法【アイシクル・ケージ】――別名氷壁の檻は分厚い氷で包まれた者を、魔法が解除されるまで閉じ込める魔法。囚われたまま放置すれば中の人は体温を奪われ、やがて死に至るある意味拷問用の魔法。


 さらに言えばこの速攻力には今まで対戦してきた中で、誰も対処できなかったほどの初見殺しの先手必勝術。さすがにこれには敵うまい。と確信して勝利の喜びを一足先に味わうフレア。あまりにもつまらない終わり方で、思わず笑いが零れていた。


「あっけないわねぇ! やっぱり雑魚じゃないの! ほら、降参って言わないと出してあげないわよ~?」


 腹を抱えるフレアの言葉に返事は無い。


「さすがフレア様ね! あんなどこの馬の骨かわからないやつを一撃よ!」「平民のあいつは回避できないものね。なんたって平民にはとても早い中級の魔法だもの!」


 と。会場全体がフレアを支持する声で溢れかえる。それだけ彼女の実力が周りに知られているのだろう。しかし会場が大盛り上がりをしている中でその瞬間、目の前で起きた出来事がその場にいる全員の言葉を失わせた。

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