命を手放すように目を瞑っていたシルヴィ。気づけば五感の全てが感じなくなっていた。
――ここは……天国?
そう思っても正解はない。逆に微かながら太陽と自然に包まれたような独特で心地のよい匂いが身体に染み渡る。
「貴女の願い確かに受け取りました」
突然
そして目の前には氷のように冷たい視線でシルヴィを見つめる女性がいた。
どうやら五感が消えていたのは一瞬のことだったようだ。眩しくも感じる光に目を細めつつも少女は、問う。
「あなたは……」
「私は俗に言う女神……と言えば納得しますか?」
「は、はぁ……というかアデルキアは!?」
「知ったところで貴女は何も出来ないでしょう? 改めてようこそ天界へ。ここでは色々な精算を行い貴女の魂をどうするのかを決めます」
場所的に自身が死んでいることなどわかりきっている。そして死んでいるからこそ現世に関与できないこともまた然り。それでもあの後どうなったのか彼女は知りたいのだ。
しかし関与できないからこそ教えても無駄だと、自称女神は意地悪に言う。
「といってももう既に精算は終了し、運命は定められました。ただ問題があるのでどうするかは貴方の自由となります」
「問題……?」
「貴女は魔族を救いたいと、人と共存できるようにしたいと願いました。ただそれをするには今しがた定められた運命を貴女が壊さねばならないのです。それでも良いと言うなら転生を。受け入れないのなら――」
「それなら大丈夫……平和に過ごせる日々が来るまで汚れ仕事だってなんだってやるつもりだから。それに自分の
女神の提案を全て聞かずに二つ返事でなんだってやると宣言する少女。そんな少女の目はまっすぐで真剣そのもの。だからこそ余計に、人の話はしっかり聞いて欲しいものだと息を吐く。
目的に真面目な人ほどミスを犯し取り返しのつかないことになると知っているから。
「……そうですか。人の話くらい最後まで聞いて欲しいものですがいいでしょう。貴女は死を迎えた直後の状態を引き継ぎ転生します。いかに定めた運命を回避し物語を刻むのか見届けてあげましょう」
そう言って手を叩くと、シルヴィは闇に包まれた。
しばらくして開かれた双眸へ真っ先に入ってきた景色はのは乳白色の空。
辺りを見渡してみれば空ではなく乳白色の壁。窓からはしっかりと空が見えているため、外ではなくどこかの室内なのは間違いない。
近くには一本に纏めた長い茶髪を肩から流している見知らぬ女性と、ほっそりとした隻眼の男性。そして白髭を生やした怪しげな老人が彼女を囲うようにこちらを見ていた。
「――ふむ、コルト夫婦の赤子……シルヴィ殿は生まれながらにして魔力が50……全く無いわけではありませぬが、貧しいですな」
いや、老人だけではない。両手で口を押えて言葉を失った若い女性と、その隣で小さく「そんな……」とうつむいて呟いた、若い男性のコルト夫婦と呼ばれた二人の顔も、巨人の如く大きく見えてる。
だが二人とも冷静な老人と比べて、今にも倒れてしまいそうなほど青ざめて愕然とした表情を浮かべていた。
「どうにかならないんですか……?」
「普通、成長と共に魔力は上昇するのじゃが……始まりがこの数字というのは事例が殆どないものでの、期待はできないのじゃ。まあ……生活魔法くらいは使えるじゃろうが」
自分を指しのいて何を話しているのか、未だに理解できず、声を出そうとするも「あう~」という可愛らしい声と、叫び声にも聞こえる「オギャア!」という言葉だけが喉を通す。
上手く話そうとすればするほど、どうやって言葉を出していたのかまるで出てこない。加えて目の前に広がる光景や、耳を刺す三人の言葉に色んな疑問が頭の中をかき回す。
声をだしても見向きもしなく、埒が明かない為一旦その疑問を1つ1つ整理することにした。
まず自分自身のことだが、考えるよりも先に老人の話で、夫婦の子供と言っていたことを思い出す。それも偶然か、はたまた女神が言っていた運命なのかは定かではないが直前まで魔王と対峙していた時と同じくシルヴィの名を授かっていることも話していた。
――これが定められた運命……。
少ない魔力は前世で少女が力尽きた際と同じだ。女神が『死を迎えた直後の状態を引き継ぎ転生します』と言っていたのは魔力の事だったようだ。
ただそうなってくると問題なのは魔力が少ないことで起こりうる事態だ。生活魔法は消費魔力は少なく使用はできるが、魔力が少ないことで魔物が蔓延る外には行けず、自衛の手段が殆どないため人攫いに会うこともある。わりと普通の生活すら許されないような魔力なのだ。
もしも最大魔力が50のままであれば願いを叶えるなど億が一にも不可能。だが、前世を引き継いでいるのならば50という数字は現在の数字でしかならず、回復し勝手に問題を解決できる。
それを知るには流石に1日ほど様子を見なければならないのだが。
「――それにしても左右の眼が違うのは厄の示しですな……」
老人が言ったその言葉に、ようやく目の異変に気付いたシルヴィ。こればかりは前世とは違うため転生した証なのだろうと直ぐに結論づけた。けれどそれを知らず一番驚いているのは、やはり夫婦。
それもそのはず、瞳の色が左右違うのは異様なことで、あまりにも珍しいからと厄が訪れると言われているのだ。加えて、平均を下回る魔力。何も知らない夫婦が落ち込むのも無理はないだろう。
だがシルヴィは目の色が違うことなどどうでもよかった。確かに今後不利になるものだが目的の為ならばその程度なんとも思わないのだ。
これで残る疑問は、なぜ赤子に転生したのか。
前世の状態を引き継ぐのならば、身体を再構築しその中にシルヴィの魂が入るのが1番早い。だが考えてみればその答えは簡単なものだった。シルヴィは魔王が放った黒炎により灰になっているのだから、もしもその状態で引き継げばそもそもが復活できないのだ。だからこそ赤子に転生したのは仕方ないこと。
つまり最終的の問題は魔力だけ。魔王と再び邂逅するまでには何とかしないと、と思いながら8年の時が経っていた。