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第19話「5秒だな」

『side:九頭竜村 白銀真白』


 ふぅーっ! なんとかなりました!


 呪いの音声を流す筈だったラジカセが壊れた時はだいぶ焦りましたが、凛の叫び声を加工して自分のスマホから流すことで事なきを得ました。さすが天才美少女白銀真白ちゃん!


 これで少なくとも音声が流れている間は凛が満智院さんを部屋に押しとどめてくれるはず。


 これでなんとか時間を稼げるはず。時間さえあれば少なくとも今夜満智院さんにこの村の秘密がバレない程度の工作は出来るはず……でした。


「真白ちゃん! 大変だ! 満智院さんが部屋から出てきてる!」

「な、なんですってぇー!」


 凛のうんこ役立たず! ウチに任せとき! じゃあないんですよ!

 文句を言っていても始まらない。それでも文句くらいは言わせてほしいと思う。


「や、やべぇぞ満智院さんとやら、まっすぐこっちの方に向かって来ていやがる! 音だ! 音を頼りに向かって来てるんだ!」

「なっ……満智院さんなら確かにその程度は朝飯前、ええい仕方ない!」


 慌ててスマホから流れ続ける凛のうんこ音を止める。


 満智院さんからしてみたらこのタイミングでいきなり呪いの音声が止まるのはあまりにも不自然。裏に人がいますと自白しているようなものだが、それでも今ここで見つかってスマホを奪われて全ての真実が白日の下にさらされるよりはよっぽどマシだろう。


「とりあえず、真白ちゃんはスマホ持ってここから逃げな! それさえ見つからなければどうにかなるから!」

「了解しました! みなさんは……」

「おれたちはここで少しでも彼女を足止めする! 真白ちゃんが隠れるくらいの時間は稼いでやるさ!」

「応ともよ、落花生農家の底力舐めんなよ!」

「決して振り返らずまっすぐに逃げるんじゃよ!」


 村のみんなは気合を入れ、村の侵入者を脅かす用の化け物の仮装をし、気炎を吐く。


 ──なんて、頼りない。


 一歩引いてみれば仮装はチープだし、落花生農家の大さんは中年太りのお腹を隠せていない。他のみんなも腰が曲がったり、まるで老いを隠しきれていなかった。



 それでも。



 少し前までの自分であれば無理をして自分一人で何とかしようとしていたのだろう。


 でも、今は……。


「ありがとうございます! 絶対にこのスマホは死守します。だから──ここはお願いします!」


 自分独りじゃない。みんなで、この村の秘密を守り通すんだ。


 ◆


『side:九頭竜村 村人たち』


「で? 真白ちゃんの手前格好つけたはいいが実際どうよ?」

「どうって言われてもなぁ……」

「あんな筋肉ゴリラ女、おれたちみたいなジジイに止められる訳ないだろ!」


 わっはっは! と笑いながら落花生農家の大さんは胸を張り、住人たちがそれに続いて笑った。


 そう、ここにいる誰一人として、満智院の進行を止められるだなんて思っていなかった。最近ちょっとした階段を昇るのに抵抗を覚えるようになってきた老人がドラゴンフラッグを100回やるゴリラに勝てる道理なんてものは1ミリたりともない。


「ま、でもさ」


 九頭竜村の住人たちは、遠く離れていく白い影を見つめながら誇らしげに言う。


「おれたちがこうでも言わなきゃ、真白ちゃんが逃げてくれなかっただろ!」

「ちげぇねぇ! まったく、女の子に心配されてちゃ世話ねぇな!」


 もう一度、わっはっは! という笑い声が重なり……全員の顔が、途端に真剣なものへと変わっていく。


「……おれたちがこんなんだから、真白ちゃんは心配してこの村に残ってくれようとしてるんだよな」

「情けねぇ限りだよまったく。老人なんてのは若者の未来を切り拓くために無駄に歳を重ねてるっていうのに」

「……凛ちゃんも真白ちゃんも、自分の夢に向かって頑張って欲しいよなぁ」

「まったくだ。だから」


 九頭竜村住人たちはお互いに顔を見合わせると、一斉に同じ方向を向いて笑い……。



 目線の先に立つのは最強の女。

 チョコレイト色の髪と女神のようなプロポーションを赤いドレスに包んだ女。

 数多のニセ超能力を打ち破ってきた実績を持ち、たったいま九頭竜村の真実を暴かんとする女。


「5秒だな」

「ならおれは6秒」

「そんじゃワシは10秒!」

「ジイさん無理すんなよ……11秒」

「見栄っ張りは全員じゃろ……12秒」


 普通に考えて、勝てるはずがない。

 というかこの場で捕まって仮装を剥がされ村の真実をゲロっても負け。


「なんだ、合わせて43秒も足止め出来るじゃねえか! 余裕だな!」

「そうじゃそうじゃ! 真白ちゃんにとってこの村の……特に森の方は庭みたいなもん、43秒もあれば隠れ切るに決まってる!」

「そうだそうだ! 真白ちゃんはあんな見た目だけど実際サルみたいに森を走れるんだからな!」


 最強が何だ。

 それでも立ち向かわなきゃいけない時があるんだよ。


「絶対に、ぜったいに真白ちゃんに振り向かせるなよ!」

「小娘に老人の意地見せつけてやんぞ!!!」

「「「「「応!!!!!」」」」」


 その時は、今だ。



 ◆



『side:超能力ハンター 満智院最強子』


「「「「「ぎゃー---------------!!!!!」」」」」


 ……思っていたよりも時間が取られてしまいましたわね。


 謎の叫び声の正体を確かめるため部屋を飛び出し、とりあえず音の方角へ走ったは良いものの、珍妙な仮装集団に襲われてしまった。あの程度であれば問題なく返り討ちには出来たが……妙に気合、というか執念のようなものが漲っており、取り押さえることが出来なかった。


 ──だけど、確信しましたわ。


「配信を見てくださっている皆様、大変申し訳ないのですが、おそらくここから皆さまのことを意識している余裕が無くなってしまうかと思いますの……なので、一旦わたくしの推理をお話いたしますわ」


 走りながら配信をボディカメラに切り替え、カメラの向こうに語りかける。


「司会の方々とグルになって行われていた生放送。謎の襲撃者。そして叫び声……あれは人間の声を加工した物でしたわ、たしかスマートフォンでいちばん使われている動画加工アプリに同じようなエフェクトをかけるものがあったはずですわ」


 それが意味することはたった一つの単純な答え。


「残念ながら、この九頭竜村を舞台にした『うけい様』をめぐる事件は村の方々が行っている自作自演。なぜそんなことをしたか、動機までは未だ不明ですが……これに関しては物的証拠を押さえてからゆっくりと調べてもよいでしょう」


 そう、証拠さえあればあとはどれだけ固く口を閉ざそうと無意味だ。どれだけ彼らが神様の実在を主張しようと誰も信じないのであれば意味がない。


「いまわたくしには二つの選択肢がありますわ」


 ひとつ、と言いながら指を1本立てる。


「スマホの持ち主を追う事。スマホから音声を流したというのならそれが何より動かぬ証拠ですわ。多少非人道的ではありますが……取り押さえてスマホの中身を調べれば通信履歴などから芋づる式に判明するでしょう。デメリットはスマホが隠されたり破壊される可能性があること、それに加えて森に逃げ込んだスマホの持ち主を探すのが困難であること。いくらわたくしでも土地勘のない深夜の森で地元の人間とかくれんぼするのは骨が折れますわ」


 ふたつ、と言いながら二本目の指を立てる。


「もう一つは……うけい神社に行くことですわね。経験則から言ってああいった本丸には何からしらの証拠がある可能性が高いですわ、山の頂上にあるから人気もないですし、何かを隠すのであればうってつけですわね。デメリットとしては空振りの可能性が十二分にあること、本丸が故に妨害する人間が多数いてもおかしくない事」


 わたくしが、選ぶのは──

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