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第17話「せっかくお会たんですし、ガールズトークと洒落こまん?」

「……という訳で、九頭竜村に本物の神様がいる確率はかなり下がったと考えておりますわ」


 部屋に戻り、配信を再開してたんぱく質のみなさんに先ほどの考えをまとめてお伝えすると、コメント欄は冷やかしと考察でかなり白熱していた。


『俺も契約書買ったし、これで自動車税払わなくて済むかな』

『契約書買ってねえで税金払えカス』

『しかし、結局目的は不明……』

『やっぱ金だよ金!』

『いや、すべては外なる宇宙からの侵攻者による陰謀が……』


 流れるコメントを読みながら冷蔵庫で冷やしておいたビールを一気に飲み、長湯で不足した水分を身体に補充していく。


 一説によるとビールはアルコールなので全くもって水分補給にならないどころか風呂上りに飲むのは危険な行為だと言われているらしいが、わたくしに言わせればそんなものは根性の問題だ。だいいちロング缶を1本飲んだ程度で何が変わるというのか。


 満智院最強子はオカルトを否定する立場でありながら、都合よくオカルトを肯定するのもアリと考える柔軟性も持ち合わせている。


「さて、十分休みましたし寝る前に少しだけ夜風に当たりながら散歩でもしましょうか」


 缶に残っていたビールを優雅に飲み干し机に置く。

 カンッと小気味よい音が部屋に響いた。


「明日はいよいよ黒沢凛さんとの直接対決になるかと思いますし、山の頂上にあるという、うけい様の神社や祠を一度見ておくのも良いですね。まぁ目的地の決まった散歩というものも無粋ですし、野生動物に気を付けながら気の赴くままに見て回るとしましょうか」


 それでは、準備をしますので少々お待ちください。そう言って配信ソフトのカメラ停止ボタンを押そうとした。


 その時──


 トントンと、控えめに部屋の扉がノックされた。

 嫌な予感に、冷たい汗が背中を伝う。


 ──流石に、仕掛けてくるのは明日だろうと高を括って気を抜いていた。何の根拠もないのに。 経験上、こういうタイミングを狙われるのが一番まずいと知っていたはずなのに。


「……はい、どうぞ」


 わたくしは努めて冷静な声でそう答え、ゆっくりと扉に向かって歩いて行く。

 ドアノブを捻る。カチャリという音と共に扉が開き──そして、そこには。


「夜分遅くにすんまへんねぇ、満智院はん」


 うけい様の使いを名乗り、わたくしをこの村に呼び寄せ、今まで姿を隠し続けていた女。


 年齢は二十歳前後だろうか、肩で切りそろえられた闇色の髪、目元に添えられた朱色のアイシャドウ、薄くリップの塗られた唇。

 服装はダボっとしたニットを着ているが、その下には隠し切れないほどの豊満な肢体が蠢いてるのが分かる。


 美しすぎるとかえって恐ろしくなってしまうような、そんな美人。


 黒沢凛。


「せっかくお会たんですし、ガールズトークと洒落こまん?」


 そんな、あまりにも唐突すぎる訪問者に。

 わたくしはただ、頷くことしかできなかった。


 ◆


『side:九頭竜村の住人 白銀真白』



 それは黒沢凛が満智院最強子の部屋を訪れる30分前──。


『このように、うけい様との契約書は何の効力もないニセモノでした。とはいえ謎が残っているのもまた事実、どのようにして黒沢凛は拘束されたままトランプの柄を当てることが出来たのか、そもそもお守り程度の値段で契約書を売ってこの村は何がしたいのか、謎は多く、解決すべき問題は山積みです』


 わたしを始めとして、九頭竜村の会議室に集まった住人達は、満智院さんの配信を聞きながら沈痛な面持ちで下を向いている。

 誰も口には出さないものの、今の気持ちはひとつだった。



(((((だ、だいたいバレてる……)))))



 普通あれだけ凛や私に脅されたのに、迷わず契約書を試すものだろうか? そういえば迷わず試す人でしたねぇ! と、ひとり頭を抱える。


 動画越しに見ている分には「すご……」とか「かっこいい……」で済むのだが、いざその矛先が自分に向かうと、「まさか」とか「流石に」といった常識が邪魔をして冷静に考えることが難しい。


 絵馬や破魔矢を準備できていないのは本当に幸運だった。


 実際は業者に発注する際みんなが好き勝手にこだわりだして纏まらなかったからいったん棚上げになっていただけなのだが、そんな裏事情を知る由もない満智院さんは運よく勘違いしてくれているらしい。自分が優秀過ぎて低いレベルの人間を想定できていないのだろう。これがなければ満智院さんからの疑いはもっと強くなっていたに違いない。


「後悔先に立たずです。とにかくもう、バレてしまったものに関しては仕方がありません」


 自分へ言い聞かせるように、そして村のみんなに言い聞かせるように、わたしはみんなに声をかける。


「ここからは細心の注意を払って準備を進めていきましょう。大丈夫です、確かに満智院さんは異常に鋭いですし、この村の住人全員が束になっても勝て無さそうなくらい力も強いですが……まだ凛がテレビで行ったトリックはバレていません。この騒動が村おこしを目的としていることにもまだ気が付いていません」


 そう、彼女の鋭い観察眼と深い理解力は確かに驚異的だが、それでも彼女はまだ知らないことが多すぎた。この騒動の真意も、私達の目的も。


 そしてなにより私たちと司進太さんが繋がっているという事すらも。


 私の言葉に、村のみんなも次々に「そうだ!」と顔を上げる。


「よ、弱気になっている場合じゃない……」

「そ、そうだよな!? 明日からだってまだ色々仕掛けはあるんだ……!」

「やってやるぞ!」

「うおおおおおおおお!」


 みんな、まだまだ諦めていない。そうだ、まだ何も終わっていない。


「みなさん……ありがとうございます」


 そんなみんなのやる気に感化されて、わたしもまた顔を上げることが出来た。

 自分の肩に乗っているものの重さ、大切さを改めて思い出す。


 頑張らねば。


 ここで自分が折れてしまえばこの村のみんなの笑顔は失われてしまう。

 ──それは、すごくいやだ。


 嘘から始まったこの村の繫栄だが、それで得た村のみんなの笑顔は本物だった。

 だから、それを本物にするためにも──。


「さあ! 引き続き因習村のフリを続けていきましょう。今夜も大忙しですよ! まずは満智院さんが寝静まった後に呪いの音声を流して『この部屋から出たら呪われる!』とおじいちゃんが部屋に突入するいう因習村あるあるをやって──」と、その時。


「────げ」


 ひとりが声を上げた。その声を皮切りに他のみんなもザワザワと声を上げ始める。


「どうしたんです? みなさん」

「い、いぁそれがホラ……見てくれよ」


 そう言って、落花生農家の大さんは満智院さんの配信が映し出されたスマホをこちらに見せてきた。


 その画面を覗き込み、わたしは「あー……」と思わず声が漏れてしまう。

 そこには夜も遅いというのに思いっきり外出の準備をしている満智院さんの姿があった。


 そうですよね、うん。満智院さんが大人しく寝ていてくれる筈ないですもんね……ええ……。

 いつも夜10時には眠くなってしまうわたしとしては、信じられない話だ。


「ど、どうする?」

「どうするって言ったって、どうにかするしかないだろ」

「どうにかするって言ったって、どうしようもないだろ。まだ外で作業してる人だっているし、仕掛けも隠してないし。クライマックスで使う予定の巨大うけい様だってまだ製作途中なんだぞ」


「でも、ここでうだうだしてても仕方ないだろ」

「な、なんとか満智院さんを部屋に留まらせることは出来ないか? せめて時間を稼げば最低限のものは隠せるが……」


 みんな口々にそう言い合ってはいるものの、どう行動していいのか分からないといった風にその場で右往左往している、わたしにも名案は浮かばない。


「み、みんな」と声を掛けてみるが、彼らから返ってくるのは慌てた声と溜息ばかり。この調子ではどうすべきかを決めるどころではないだろう。


 ああもうどうすればいいんだ──そんな空気に満たされていた会議室のドアがバァン! と勢いよく開いた。全員がビクッとしてそちらを振り向く。


 そこに立っていたのは──凛だった。先ほどまでトイレで情けない声をあげていた凛がそこにいた。


「なんかえらい大変そうやなぁ」


 凛は驚愕に目を見開くわたしたちを見渡し、なるほどと言った表情を浮かべて頷く。


「満智院はんを部屋に留めておくんやろ? それならウチがやったるわ。自信はないけど、まぁ時間稼ぎくらいはできるやろ」

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