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第16話「そのぷにぷにお腹は非常に魅力的だが、いつものキミの方が私は好きだよ」

 『side:超能力ハンター 満智院最強子』


 それから、九頭竜村の村長さんの家に着いてから。

 なんというか、凄くもてなされてしまった。


 ひっきりなしに地元の名産──紫が言っていた落花生やハマグリなどが食卓にならび、遠慮する間もなく胃に押し込められ、休む間もなく大量の日本酒を飲まされていた。なんというか、親戚の家に来た孫みたいな扱いだった。


 特段『うけい様』に触れることもない、やたらと親切なだけの村人がそこにいた。


 いったいこれはどうしたことか、この村に呼びつけたときの恐ろしさは一体何だったんだ、そんなことを考える間もなく気が付けばわたくしはお風呂に案内されていた。


「入っている間にお布団の用意をしておきますので、ごゆっくり」


 村長の奥さんはそう言い残し、部屋を出て行く。

 お言葉に甘え、配信を一度止めてから湯船に身体を沈める。張りつめていたものが一気に途切れて、全身から力が抜けていくようだった。

 湯船のお湯を両手で掬い、顔にかける。行儀は悪いがこんな時くらいはいいだろう。


『荒れてるねぇ』


 スマートフォンの液晶越しに軽薄な声が掛けられる。なんの重みも感じられない、ほとんど空気みたいなふわふわした声。紫色のわたあめは何が楽しいのかテレビ電話越しに笑っていた。


 こういった場所に潜入する際、至る所に監視カメラが配置してあるというのは珍しいことではない。その対策で重要な話はお風呂ですることにしていた。

 お風呂やトイレであれば住人も使う関係上カメラが仕掛けられていないことが多いのだ。


 もちろん例外もあるが、やらないよりはマシという奴である。


 全裸で話すことにはなってしまうが、彼女とはいまさらそんなことを気にするような仲でもない。


「……配信は見ていたんでしょう、感想は?」

『そうだねぇ……』


 彼女は考えるようなポーズをとってから、


『人は、あまりに美しい裸体を見ると性欲よりも先に感動がやってくるらしい。いま私は初めて富士山を間近で見たときの事を思い出しているよ』

「貴女に相談したわたくしが愚かでしたわ」


『はっはっはっ、つれないなぁ』

「切ります」


『あぁ、待ってくれ待ってくれ! つよこちゃーん! 満智院最強子ちゃーん! 真面目にやる、真面目にやるよ!』


 彼女はそう言ってから一度画面外に引っ込み、ガラガラガラという音を立てながらホワイトボードと小さな脚立を引きずって戻ってくる。ペンの蓋をカポンと取ったあと、脚立に上ってホワイトボードの一番上に『九頭竜村』と書いた。


『まずは一個ずつ整理していこう。キミは司進太の番組に出場し、そこで九頭竜村からの使いである黒沢凛に出会った』


 紫はホワイトボードに黒沢凛の写真をぺたりと貼り、横に名前を書いて注釈にエロ漫画おっぱいと付け足した。


「そして彼女は目と耳を隠し、拘束されたままわたくしが引いたカードを当てるというゲームを仕掛けて来ましたわ。なにかしらトリックがある、と思ったのですが……」

『さっぱり理屈がわからない訳だ。念のため後日色んな角度から撮った映像も確認したが、やっぱりトリックの形跡はなかった』


「ええ、本当に何の痕跡もありませんでしたわ。黒沢さんの語る『うけい様』の超常的な力以外では説明がつかない、という訳ですわね」

『うけい様……九頭竜村に伝わる契約を司るという神様だね……ああ、確かにそんなものが本当に存在しているのであれば、引いたカードを当てるくらい造作もないのかもしれない』


 紫は黒沢凛の横に『うけい様』と書き、デフォルメされたサンタクロースのなり損ないみたいなイラストを書き足した。イラストの下には『契約を司る神様』と注釈が足されている。前から思っていたが紫の絵は美味いとも下手とも言えない絶妙な味わいがある。


「それで黒沢さんはわたくしに九頭竜村に来て『うけい様』の実在を証明するよう求めて来ましたが……」

『まったくもってその目的は不明、うけい様とやらの実在を証明して彼女や九頭竜村の面々がなにをしたいのかさっぱり見えてこない』


「そうなんですのよね……」

『そのうえキミが九頭竜村に辿り着いたら肝心の黒沢さんは病欠と来た。しかも代理の巫女である白銀真白もかなりの食わせ物だ』


「自称超能力者の方ですね。なんらかのトリックを使ったのでしょうが、何もないところから金平糖を取り出し、わたくしの翡翠の首飾りと……先生、そして紫のことにも言及してきました。目下一番危険な存在といても過言ではないでしょう……あぁ、あと彼女といる時に聞いた叫び声も気になりますわね」


 うけい様のイラストの横に白銀さんの写真が貼られる。彼女の脇に『白銀真白 代理の巫女』『謎の叫び声』と注釈が足され、ついでにいくつか金平糖のイラストも書き足された。


『だが随分と美人さんだった。白と黒で動画映えするし、なるべく黒沢凛と一緒に画面に映って欲しいね。彼女たちならキミの隣に立っても見劣りしなさそうだ。どうだい? 彼女たちを粉砕ちゃんねるの準レギュラーに誘うのは』

「勘弁してくださいまし……」


『君のチャンネルの登録者が50万人を超えているのは本当にすごいことだとは思うが、半年くらい前から登録者が増えも減りもしていない状況じゃないか。このままじゃあ良くないと思うんだけどな~』

「ぐっ……痛い所を突いてきますわね……」


 黒沢さんのニヤケ面と、白銀さんのなにを考えているか分からない顔が脳裏に浮かぶ。黒ひげ危機一髪ぐらい胃に穴が開きそうだった。


『ふふ……そして彼女に案内されるまま村長の家に辿り着き、美味しい地元のグルメに舌鼓をうち、あたたかい一番風呂を頂いている訳だ。なかなかに充実した一日だね』

「ええ、本当に……そうですわね」


 げっそりとした顔で返事をする。皮肉を返す元気はなかった。

 紫はホワイトボードの下の方に三角と四角で村長の家を描き、村長夫妻の写真をぺたりと貼っていく。その下に『ご飯が美味しい』との注釈が入る。


『……改めて整理してみると滅茶苦茶だな。まるで素人の書いた推理小説だ。ひとつひとつの事柄が全く繋がっている様には見えない』


 頭が混乱し始めている。目的不明の黒沢凛、正体不明の白銀真白、得体の知れない親切な住人。この三つがどうしても結びつかない。


「今までわたくしが訪れたことのある因習村や悪徳宗教団体には、必ず『目的』がありました。それはお金を稼ぐためであったり、権力を誇示するためであったり」

『組織に目的があれば、その行動はある程度読める』


「ルールがあり、それを守らなければいけないからですわね。行動が読めれば対策はいくらでも立てられますもの」

『キミがいつもしてきた様にね。しかし……今回のように目的が不明な場合は特に困ったことになる』

「ええ、本当に」


 はぁー、と二人のため息が重なった。

 思考の袋小路に迷い込んだとき、人は自然とこういうため息をつくのかもしれない。


「なんにせよ、後手に回り続けている現状は気に食いませんわね」

『同感だ。最強子ちゃんは人を追い詰めている時が一番いきいきしている。この前のオユランド淡島の時なんて随分と楽しそうだったじゃないか』


「……帰ったら、少し話し合いが必要なようですね」

『ははっ、ともかくだ』


 彼女は話を逸らした。わたくしはジトっとした目で見つめるが、紫は知らん顔で続ける。


『最強子ちゃんのことだ、何か手は用意しているんだろう?』

「そういう紫は?」


『あるわけないだろう。あまり私を舐めるなよ。機械のことはともかく、人間がなにを考えているかなんてサッパリ分からないぜ? だって自分と最強子ちゃん以外の人間にこれっぽっちも興味なんてないからな!』

「貴女、なんでも堂々と言えば押し通せると思っている節がありますわよね……」


 手で仰いで風を起こし、長湯で茹だり始めた頭を冷やしながら考える。


「手……と言うほどのものはありませんが、順当に行くのでしたら『うけい様』の情報から攻めていこうかと思っておりますわ」

『妥当な判断だね、黒沢凛の目的は相変わらず不明だが、うけい様を使って何かやりたがっているのは明白だ。うけい様とやらについては調べておいた方がいいだろう』


「この村に来る前に色々文献を当たってはみましたが──結局、契約を司る神様であるということと、契約書に書いた契約を遵守させる言われていること位しか分かりませんでしたわ。やはり、実地調査が一番ですわね」

『それじゃあ明日辺りからうけい様の神社や祠に行く感じかな? 山の頂上あたりにあるんだろう』

「ええ、そのつもりです。ですが、その前に……」


 湯船から一旦上がり、脱衣室に置いてあった例のものを持ってくる。紫はそれを見て、露骨に顔をしかめた。


『キミ、なんだいそれは?』

「見てわかるでしょう? 『うけい様との契約書』ですわよ」


 そう、例のものとは生放送で黒沢凛が持っていた『うけい様との契約書』。

 水に濡れないようにジップロックに入れてお風呂場まで持ってきたのだ。


『名前を聞いているんじゃないよ! なぜキミがそれを持っているのかと聞いているんだ!』

「村長さんのおうちにあったので、1枚拝借を」


『あー……そうかい。そう言えばキミ、割とそういう所があったよな』

「?」

『いや、いい。こっちの話だ……くそっ、育った環境が悪すぎて身体だけなく倫理までゴリラになってやがる……』


 紫は頭痛を抑えるかのように眉間を揉む。最後の方は声が小さくて聞き取れなかったが、まあいい。


『……それで、なぜその契約書は記入済みなんだ? しかもご丁寧に君の名前で』

「この契約書にはうけい様の力が宿っているのでしょう? なら、一回約束を破って罰を受けてみようかと。わたくし、長いこと超能力ハンターをやっておりますが、神罰って受けたことないんですのよね」


 契約書には、『満智院最強子は、本日5分以上の長湯をしてはならない。破った場合は猛烈な空腹に襲われる』と、確かにそう書いてある。


「5分以上浸かってはみましたが、特に何も起きませんでしたわね」

『キミってやつは本当に……あれだけ私が心配したのに……もう呆れてため息すら出ないよ』


 紫はため息を吐きながらそう言う。出てるじゃないですの、と内心でツッコんだ。


『で、結果は?』

「見ての通りですわ」


 湯船から少し身体を出し、スマホの前にお腹を差し出す。さきほど九頭竜村の面々に勧められるがままに食べてしまい、いつもは薄っすらと割れている腹筋が少しだけぷにっとした脂肪に覆われていた。慚愧に堪えない。


『………………………………』

「紫? どうしましたの?」


『い、や……その、少し理性と友情を天秤にかけていてね……というかキミ、そんなあられもない姿、他の人とか視聴者のみんなには見せていないだろうな……』


「なんだか馬鹿にされの気配を感じましたが……貴女以外にする訳ないでしょう。これでもまだ嫁入り前の綺麗な身体ですもの」

『ああ、そうか……うん。なるほどな、それはそれでやっぱり複雑だな』

「? 何をひとりで納得して……」

『いいや、なんでもない。気にしないでくれ』


 紫は『それはそれとして』と話を戻す。


『うけい様の実在はともかく、その契約書には効果がなかった訳だ』

「そういうことになりますわね。というかコレ、買おうと思えばネットで買えますし」


『ネットで⁉ それは流石にパチモンか何かじゃないか? この騒動を聞きつけて、誰かがひと儲けしようとか考えたんだろ』

「失礼ですわね。きちんとした公式の通販サイトですよ」

『因習村に公式の通販サイトがあってたまるかよ』


 紫は怪訝そうな顔をしていたが、手元のスマートフォンを少し弄ってから、「本当にあるんだ……」という言葉と共に頭を抱えた。


『じゃあもう決まりだろ。この村の住民はキミの知名度とこの騒動を使って、うけい様とやらを全国に知らしめ、金儲けをしようって算段な訳だ。悪徳宗教と一緒だろ、幸せになれるお札を何十万で売るやつ』

「ところがそういう訳でもなさそうなんですわよね……ほら、そのサイトをよく見てください」


 紫は『ええ~』と不満そうに言いながらその画面を眺め……首をかしげた。なんだかよく分からないという表情をしている。


「このサイトが取り扱っているのは『うけい様との契約書』のみ、それに」

『1枚550円って……神社の御守りかよ』


「でしょう? これで儲けるため生放送中に乱入してわたくしにこの村で生配信をさせる──あまりにも回りくどい、というか非効率すぎますわ。儲けたいだけならもっと他にやり方はあるでしょう」

『……間口を広くして、広く浅く儲ける気だったのかもよ?』


「まあ、それも可能性のひとつかもしれません。しかしそれならそれで商品のバリエーションは沢山あった方がいいはずです。絵馬や破魔矢のように定番商品の横に一段値段を上げた商品を置くのは必須でしょう。契約書しか商品がないなら、その儲け方には限界がありますわ」

『まあ……そうかも。考えすぎで、枯れ木が幽霊に見えている可能性は否定できないけどね』


 紫は納得のいかなそうな顔で頷く。ひときわ大きなため息を吐きながら、しかし、と彼女は続けた。


『謎を解いていくはずが、謎が増えていく一方だな』

「ええ……でも」


 ジップロックに入った『うけい様との契約書』をひらひらと揺らす。


「少なくとも、この契約書については全くのニセモノだという事が判明しました。それはつまり、五感を奪われながらわたくしの引いたカードを当てた黒沢さんはあの時、神の力ではなく何かしらのトリックを使っていたという事」


『……なるほど。つまり、うけい様が実在する確率は大きく下がったわけだ』

「ええ、解決まで大きく前進。とはいえ依然残っている謎が多いのも確かですわ」

『だね。なんにせよ、明日黒沢凛と合わない事には始まらないか』


 そう言って、紫はぐっと伸びをしてから、『さて』と立ち上がった。


『私はそろそろ失礼するよ。今日はまだスマホゲームのスタミナを消化していなくてね』


「あのアイドルの奴ですか、ほどほどになさいな」

『わかってるさ、最強子ちゃんも明日は食べ過ぎるなよ? そのぷにぷにお腹は非常に魅力的だが、いつものキミの方が私は好きだよ』

「うっさいですわ……よっ」


 手で水鉄砲を作り、スマホの画面にお風呂のお湯を噴射する。超能力ハンターは過酷な環境に行くことも多いので、もちろんスマホは防水機能がばっちりだ。


『それじゃあ明日も安全に、危ないことがあったら引き返して、無事に帰ってくるんだよ。私もキミと土産をツマミにお酒を飲むのを楽しみにしている』

「分かっていますわ。それじゃあ、また明日」

『また明日』


 通話が切れ、画面が暗くなり、お風呂場には静寂が訪れる。


「わたくしもそろそろ上がりますか」


 湯船から上がり、バスタオルで身体を拭っていく。

 九頭竜村に着いてから緊張の連続ではあったが、長湯で随分とリラックスできたらしい。このお風呂を用意してくれた村長の奥さんと……あと、一応紫にも感謝をしておこう。本人には絶対に言わないけれど。


「明日には黒沢さんとお会いできるといいのですが」


 黒沢さんは『うけい様』の実在を証明することで何をしたいのか。

 白銀さんはなぜ翡翠の首飾りを気にしたのか。

 そしてあの叫び声や黒沢さんの不在は何を意味するのか。


 謎を解決する間もなく次の謎が降りかかってくるような状態ではあるが、それでも一歩ずつ前へと進めているような、そんな実感があった。


「黒沢さん……貴女の嘘を、証明してみせましょう」

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