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第14話「逃げ出す言い訳はいくらでも思いつく」

 『side:九頭竜村の住人 白銀真白』


 満智院さんが九頭竜に来る当日。



「あああああああああああああああああああああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」



 凛は盛大にお腹を壊していた。


 先ほどからトイレにこもって絶叫している。

 つい先日生放送に乱入して会場の全員を翻弄していたかっこいい姿は見る影もない。


「だから言わんこっちゃない……」


 私は額に手を当て、ため息をつく。

 満智院さんが来る当日に差出人不明で私宛にケーキが届いた。どう考えても怪しかったので手を付けていなかったのだが、食い意地の張った凛は「真白ちゃん宛のものは私のもの」というジャイアニズムを展開して、そのケーキをぺろりと平らげてしまった。


 その結果がこのザマである、これで正体不明のセクシーキャラは無理があるだろ。


「真白ちゃん……ごめんねぇ……」


 トイレのドア越しに聞こえるか細い声に私は苦笑するしかなかった。


「反省したならもういいですが……これに懲りたらもう勝手に他人の物食べないように、つまみ食いもほどほどにしてくださいよ……」

「うう……う~~……」


「とりあえず満智院さんの案内は私が代わりますから、凛はしっかりとお薬のんで早く治してくださいね。呼んだ本人が不在じゃ、満智院さんに失礼ですから」


 本当なら私は監視カメラを見ながら村のみんなに指示を出す役だったのだが、こうなっては仕方がないだろう。


「うう……真白ちゃん……」

「なんですか?」

「ごめんなぁ……」

「……はいはい、2回も言わなくていいですから。早く治してくださいね」


 トイレのドア越しに小さく微笑む。

 こんなに弱った凛を見られるのは貴重だった。

 昔からなんでも優秀だった凛のこんな姿を見れるのはなんだか少し嬉しくて……背中がむずむずする。



 が、それはそうととりあえずこの痴態を録音しておく。


 我々の間では隙を見せた方が悪いのだ、今度これを交渉材料に家のお手伝いを代わってもらおう。


「じゃ、私は準備に戻りますから──」


 そう言って凛のいるトイレを後にし、凛の様子を伝えようと庭の手入れをしているおじいちゃんおばあちゃんの元へ元へ向かおうとしたその時だった。



「あの祠壊したんか……」

「声が小さい! もう一回!」


 庭先から二人の声が聞こえてくる、気が付かれない様にこっそりと覗くと腕を組んで威圧的な表情をしたおばあちゃんとなにやら必死な形相で叫んでいるおじいちゃんがいた。


「あの祠、壊したんか!」

「蚊がファックでもしてるんか! もっと腹から声出せ!」

「あの祠、壊したんか!!!」

「あと100回!!!!!」


 普段は優しいおばあちゃんだが、昔は相当荒れていた時期もあるらしく、怒ると怖いのだ。ご愁傷様ですと手を合わせて村の様子を見回ることにした。


 ◆


 満智院さんが来る当日だというのに村は慌ただしい。

 凛とおじいちゃんたちはあんな感じだし、他のみんなも似たようなものだ。


 神主の勘解由小路先生は何度目になるか分からない祠の掃除を終え、一息ついてからまたそわそわしたのち、再度祠の掃除を行っている。

 最近何度も祠を壊してはその度に新しいものを作っているのに殊勝なことだ。


 落花生農家の大さんも、ハマグリ漁師の源さんも化け物に扮して満智院さんを脅かすべく、衣装のチェックや準備体操を行っている。アニメで見たことのある文化祭の準備みたいだった。


 一方の私はというと、なんだか本当にその日がやって来たんだという実感が湧かず、見回りという名目であてもなく村をうろついていた。歩いていると少しだけ気がまぎれるし、実際何かトラブルが起きてないか見て回るのは必要なことだし……誰に向けるでもないそんな言い訳を呟きながら。


 息を吐く、そして吸う。


 潮気の混じった夏の空気を身体に取り込んで無理やりにでも身体に熱を入れていく。


「実感が湧かないとか、そんなことを言っている場合じゃないですよね」


 そんなことを言っている間にも満智院さんがやってくる時間は迫っているのだ。

 このイベントは絶対に失敗できない、自分が頑張らねばこの村から笑顔が無くなってしまう。

 ──それにもし、このイベントを無事終えることが出来たら。

 きっと、凛の様に一歩を踏み出す勇気を手に入れられる、そんな気がする。うん。


 そうと決まれば善は急げだ、無理矢理にでも実感を憶えるため、満智院さんが村に来てからの流れを一度整理することにする。


「まず最初に、村の豪勢な食事とお酒でこれでもかというくらいおもてなしをする」


 彼女の配信を通して九頭竜村が誇る山や海の幸を宣伝しようという魂胆だ。ついでに私が手作りしたケーキも食卓に並ぶ予定だ。


「美味しいと……思ってもらえるでしょうか」


 村の外の人に食べてもらうのは初めてのことなので緊張する。しかもそれが憧れの満智院さんだというのだからもう胃の中でサボテンが破裂するような事態だ。


 それから彼女が寝静まったころに──


『ザッ……請う、先ず此の神を誅し、ザッ……後に下りて……を撥わん。このときのザザッ……。 此神は今……に在す也……』


 なんかウチの物置の奥底に意味ありげに置いてあった小型のラジカセに、これまた意味ありげに録音されていたテープを再生する。


「『夜、変な声が聞こえても決して部屋の外に出てはいけませんよ』というやつですね……因習村モノの定番と言えば定番ですが、満智院さん相手にそんなことをしていて大丈夫なのでしょうか……」


 村のみんなのアイデアなのでなるべく上手くいってほしいが、不安は残る。

 満智院さんなら聞いただけでラジカセの型番まで当ててきそうなイメージがある。

 それ以前にこのボロっちいラジカセがちゃんと動いてくれるのかも疑問だ。


 なるようにしかならないだろう。


 最悪ラジカセさえ見つからなければ疑惑が確信に変わることはない、そうであってほしい。


「うぅ……考えれば考えるほど胃が痛くなってきました……」


 ぽつりと本音が漏れてしまう。しまった、と思った瞬間にはもう遅くて、周りを見回して誰にも聞かれてないことを確認して安堵の息を吐いた。


 あぶない、九頭竜村が誇る天才美少女白銀真白ちゃんのキャラクターが崩れる所だった……。


「【協会】の人達もイマイチ目的が見えないですし、懸念点を上げればキリがありませんね……まぁそこまで悪い人たちではないんでしょうけど」


 今日だってお腹を痛めた凛のために薬を持ってきてくれていたし。


 特にあのピンク髪の芦川さん。

 彼女は甲斐甲斐しくトイレにこもった凛の世話をしてくれている。変なケーキをつまみ食いした凛の自業自得だというのになんとも優しい人だ。


 そんなことを考えている間にも足は無意識に動いていく。


 気が付けば山道を歩いてうけい神社の少し手前まで来ていた。

 このあたりは私と凛とそれから悪ノリした村の人たちが仕掛けたイタズラ用の罠が未だ残っているため慎重に歩かなくてはいけない。本格的に観光客が増えて事故が起きる前に村のみんな総出で撤去する必要があるだろう。


「懐かしいですね、この落とし穴。凛と一緒に掘っていたら出れなくなってしまって泣きながら助けを呼びましたっけ」


 いま改めて見ても4メートルくらいの深さがある。当時の自分が何を考えてここまでの深さの穴を掘ったのか……理由を克明に覚えているだけに少し恥ずかしい。


 なんというか、楽しかったのだ。

 凛と一緒に何かをすることが。

 臆病な自分でも、凛と二人でなら、なんだって出来る気がしたから。

 ──ああ、なんだ。そんな簡単なことを忘れていたのか、自分は。


 落とし穴にそこらへんで拾った綺麗な石を目印として置き、他にも覚えている限りの罠にも同じようにし、ようやくうけい神社の境内に辿り着く。


 ここに辿り着いた満智院さんを化け物に仮装した村人全員で脅して、ついでに巨大なうけいを模した化け物の人形も出て今回のイベントは終了だ。

 本当にこれで上手くいくのか、あの満智院さんに通用するのか、正直言って自信はない。



 失敗、したくない。



 私が失敗すればきっとこの村に生まれた仮初めの笑顔は失われてしまう。自分が失敗すれば自動的にこの村おこしも失敗。九頭竜村はうそつき村の汚名と共に元のさびれた村へ逆戻りというわけだ。


 凛との高校生活最後の思い出までつまらないものになってしまう。それは凄く嫌だ。



 最強の超能力ハンター満智院最強子。



 数多のニセ超能力者や宗教団体を打ち破って来た女傑。

 自分なんかでは到底及ばない相手。


 もうすぐ彼女は九頭竜村にやってくる。待ち合わせ場所の小屋にやってくる。


 逃げ出す言い訳はいくらでも思いつく。


 それでも。

 それでもきっと、自分は独りじゃないから。


 ……勝つんだ、満智院さんに。


 その決意と共に、いままでずっと臆病で踏み出すことのできなかった一歩を。


 遂に、踏み出した。

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