あれから三か月後。夏の入り口。
「な、なぁ……辞めようぜ? 九頭竜村はマジだって噂じゃん……」
「オイオイビビってんのかよユースケェ! キンタマ付いてんのかァ~?w そんなんだからオメ、未だにドーテーなんだろーがよぉ! このままじゃメグちゃんに声かけられず終わっちまうよォ~?」
「そ、そんなコト言ってもよぉ……マジでなんか、空気? 気配? っつーの? 見るからにヤバいじゃんかよぉ……」
「ハイハイもう良いって! 今日はそんなタマなしのユースケくんをオトコにしてやるため、こんな田舎まで来たーんじゃん!」
じゃーん! と言いながら、軽薄そうな2人組の片割れが指さしたのは祠だった。
「今ネットで話題の最凶ホラースポット! 九頭竜村のうけい様! ここはさぁ、神社のくせしてめちゃくちゃ怖いお化けとか出るらしーぜ? だからーぁっ、今日はーっ、ここの祠、壊しちゃいま~す!w そうすりゃユースケくんもドキョー付くっしょ! うわ、オレってヤサシーセンパイじゃん!」
「い、いやだからよォ、マジでヤバいってェ……うちのばーちゃんがそういう霊感とか強くてよォ……」
「ヘイヘーイビビり腰抜け野郎ユースケくんちぃーっすw」
そう言って軽薄そうな方の男はけらけらと笑いながら神社の鳥居を潜る。もう一人の男も少し逡巡した様子を見せてから、その後に続く。
小さな祠だった。
鳥居から少し歩いたところにポツンとあったその祠は、まさに田舎の村にあった祠という感じで、とても寂れた雰囲気を醸し出している。
しかし、見る人が見れば噂に似つかわしくないほど小奇麗な祠であったことが分かるだろう。
「じゃ、ユースケくん! 宜しくゥ!」
軽薄そうな男はそう言って、小さな祠を指し示す。どうやら壊すのは後ろをおどおど歩く彼の役目であるらしい。
「う、うぅ。じゃ、じゃあ……」
そう言って男は祠へと近づいていき……そして、祠に軽く触れる。
その瞬間だった。
まったく力を入れていないにも拘わらず、祠がまるで崩れ落ちるようにバラバラに砕け散った。
「ぎゃッはははは! ユースケくん思いっきり良すぎっしょーw」
「い、いやっ! 軽く触っただけで! おれなんもやってねえし!」
「あー、ハイハイ。そういうヤツねw もー、フリオチバッチリじゃ~ん!」
軽薄そうな男はそう言ってケラケラと笑いながら、祠の残骸に近づいていく。
「……壊したんか」
突然、背後から声がした。
軽薄そうな男が「え?」と声を漏らすのと同時に、彼は振り返るが……しかし。
そこには誰も居なかった。
「…………壊したんか」
また、声が聞こえた。
今度は先ほどよりも近い位置からだった。軽薄そうな男はキョロキョロと辺りを見渡すが、やはり誰もいない。
「やべぇって! 逃げようよマジで!」
「お、オイ! 何ビビッてんだよユースケくん! 祠壊したら記念にツーショ撮るっつったっしょ!」
「い、いやッ! 今! なんか声が!」
「いやいや、気のセーだって! ここにはおれたちしかいないんだか」
ら。が発音されることはなかった。闇の中からぬるりと一人の老人があらわれたからだ。
「祠、壊したんか」
先ほどと同じ、感情の読みづらい声が投げかけられる。気弱な男は軽薄そうな男を見るが、彼もまた顔面蒼白で唇を震わせながらガクガクと首を縦に振った。
「祠、壊したんか!!!!!」
老人が今度は先ほどよりも大きな声で二人に向かって叫ぶ。
二人の男は「壊したッ! 壊しましたぁあああ!」と、半泣きになりながら蜘蛛の子を散らすように逃げ出し──後には老人だけが残された。
軽薄な男二人組が逃げ出したのを見届けてから、老人は祠の残骸に向き直る。
そして……森の陰から白と黒の美少女が二人現れ──ハイタッチ。
「「「イエ~イ! 因習村計画、大成功~!」」」
あれから三か月、突然現れた【協会】の【職員】と名乗る彼ら三名の協力もあって、九頭竜村の村おこしは村民の想像を超えて大成功を収めていた。いまやオカルトマニアをはじめ、インターネットに入り浸っているような人で九頭竜村のことを知らないものは殆どいないと言っていい。
これも司進太さんたちがテレビで取り上げたりしてくれたからだろう。
テレビやインターネットの宣伝効果って、すごい!!!
村のコピー機で刷っただけの『うけい様との契約書』は飛ぶように売れてウハウハ、怖いもの見たさの観光客が来るたび化け物のフリをして脅かしてやればそれが更なる話題を呼び、もっと観光客がやってくる……といった状況。
騙している様で気は引けるが、『うけい様との契約書』は1枚550円で御守りと同じくらいの良識的な値段だし、勘解由小路おじさんが言っていたようにこれを買うことで努力するきっかけを得られる場合もある、決して悪いことをしている訳ではない。うん。
他の『うけい様』グッズも鋭意企画中だ。
忙しすぎるのとシンプルに実行力がないお陰で現在棚上げになっているが、その内取り掛かっていくはずだ。
いいことづくめだ。
村のみんなも、九頭竜村が盛り上がってなんだかイキイキしている。
最初はおっかなびっくりだった観光客の相手も今では満更ではない。
3年ほど前に奥さんを亡くし、めっきり畑に行く頻度が落ちていた落花生農家の大さんなんかは、「おれは観光客に茹でた落花生を食わせてその金で落花生御殿を建てるんだ」と息巻いていて、今まで見た事がない位やる気を出して毎日畑へ向かっている。
うけい神社神主の勘解由小路先生だってこのチャンスを逃してなるものかとずいぶん前に出て行った娘さんに頭を下げてまでうけい様の広報活動に勤しんでいる。
今、九頭竜村は絶好調なのだ!
「そろそろ、何かひとつ大きなイベントをやりたいところじゃのう」
村長宅に併設された
「せっかくこれだけ盛り上がっておるのじゃからのう、何か大きな事をやって観光客のみんなに喜んでもらいたいもんじゃて」
「そうはいうてもなぁおじいちゃん、お金だって潤沢にある訳やないし、出来ることは限られとるんとちゃう?」
「そうじゃのう……本当はうけい様を題材に映画でも撮って大々的に宣伝したいところなんじゃが……」
「映画って1本作るのに低く見積もっても5億円くらいかかるって聞くなぁ」
「ぬぅ……それはちと難しいのう……」
うーむと言いながら、凛とおじいちゃんが腕を組み、会議室の端っこにいる【協会】の三人組の方へチラリと視線をやるが、彼らは「流石にそこまでのお金はない」という意味を込めて苦笑いを返す。
他にも、温泉を掘って旅館を作るとか、毎年やっているお祭りをとんでもない奇祭にリメイクするだとか、色んな意見が出され続ける。
しかし、決め手に欠けるというのが正直なところだった。
確かにせっかく観光客が増えても九頭竜村には宿がない。
なので我が家の離れを利用してもらっているのが現状だ、温泉宿とは言わないまでも宿泊施設は必要だろう。
因習村につきものの奇祭についてもあると嬉しいし、そういうイベントが年に数回あると観光に来る側だって嬉しいだろう。
この二つについては、時間がかかるかもしれないが必ず実現したいので、少しずつ話しておくべきだろう。
だが、今必要とされている意見はそれではない。
ブームに火が付き始めた九頭竜村。
その火を絶やさないため、広く注目されるようなイベントが求められているのだ。
「じゃあボクたちからもいいかな?」
そこで、神妙な面持ちで手を挙げたのは──【協会】とやらのひとり、司進太さんだった。
「ふむ……進太くん。良いアイデアが?」
「ええ、もちろんです。みなさまのアイデアは素晴らしいものでしたが──私たち芸能人のいう立場を利用すれば、もっと即効性があって強烈なイベントを提案することが可能です」
おじいちゃんの言葉に司さんは力強くうなずき、カバンから資料を取り出した。
その資料のタイトルは──
『暑さをぶっ飛ばせ! 夏休み特別企画! 《未来を見通す目》を持った超能力者オユランド淡島 VS 《超能力ハンター》
九頭竜村の住人たちは産まれて初めて見るテレビの企画書に目を白黒させ、「満智院って……あの真白ちゃんが大ファンの?」「そういえば、昔も超能力ハンターってたまにテレビに出てたよなぁ……ホラ、あのワカメと猫とクラゲを足して割らない感じの……」などと口々に言いあった。
「今度、ウチのオユランドくんが番組で超能力バトルをすることになっていましてね、そこでボクと芦川淡々ちゃんが司会を務めることになっているんですよ。まぁボクらが担当するような番組だから凄まじい視聴率って訳ではないですが……一応ゴールデンタイムの特番です」
「ま、満智院さんがテレビに出るんですか⁉」
「え、ええ……そこまで食いつかれるとは思っていませんでしたが……」
「そりゃあもう! 大ファンなので!」
勢いあまって司進太さんの目の前に『満智院最強子公式トランプ~わたくしの華麗なるサイン入り~』を突き付けてしまう。
いや~でもそうか~流石満智院さん、ついに地上波進出か~えへへ……嬉しいな~すごいな~! 絶対に録画しなくっちゃ! ていうか、満智院さんまだこれ動画で言ってないし、世界中で知ってるのは……私だけ⁉ すごい、優越感がすごい……
「で、このアホの子は放っておいて、その番組がどうしたん? まさか、その番組でウチらのこと取り上げてくれるん?」
「それもいいと思うんですけどね、せっかく《超能力ハンター》なんて名乗っている満智院さんが出るんです、これを利用しない手はないでしょう?」
「ま……まさか!」
「ああ、そのまさかです。生放送中にこの村の誰かが番組へ乱入、多くの視聴者がいるなか満智院さんを挑発し、そして──」
司進太さんは資料を掲げ、宣言する。
「彼女をこの村に呼び寄せて騙し切り──本物の因習村だと、認めさせる」
ごくり、と誰かが唾をのむ音が部屋に響いた。
満智院最強子。
今まで数多の偽超能力者やカルト因習村を打ち破って来た、名実ともに最強無敵の女性。対ニセオカルトのエキスパートにして50万人の登録者数を誇る有名配信者。
もし、仮に。
そんな彼女に、この村を認めさせることが出来たのなら。
しかも、生放送中に問題が発生し注目度が上がっている状態で、それをやり遂げることができたのなら。
それは間違いなく、この村の知名度を不動のものにするだろう。
「でも、そんな簡単にいくんでしょうか……」
うけい神社神主の勘解由小路おじさんがそうつぶやく。当然の懸念だった。
逆に、満智院さんに『うけい様』は偽物で、村おこしのために嘘をついたのだと見抜かれてしまったら。
この村の未来は完全に閉ざされる。
少しずつ増えた観光客も、潤ってきた生活も、全てが水泡に帰すだろう。
しかし──。
「大丈夫やろ」
凛は、自信ありげにそう断言する。
いつもの、私の一歩先を行くような、そんな表情で。
彼女の親友としての、私が一番好きな表情で。
彼女に劣等感を覚える、私が一番嫌いな表情で。
「だってこの村には真白ちゃんやみんながおるもん。絶対、上手くいく」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼女は笑ってそう言った。
どうしてだろう。
確証なんてなにひとつないはずなのに。
何故か分からないけど、彼女に言われると、なぜだか自然と「できる」という気がしてきた。
「およし!」とおじいちゃんが膝を叩く。
「その勝負乗ったるわい!」
「村長……!」
「お、おれも! おれもやってやるぜ!」
「わ、私も! 私も協力する!」
「お、おまえら……! 揃いも揃って大馬鹿者しかおらんのう……!」
村長が立ち上がると、他の村人達も続々と立ち上がる。
村民たちの思いも一つだった。
皆の瞳に希望の光が灯っていく。それは決して、破れかぶれで捨て鉢な決意などではなく。
きっとこれが初めてじゃない。
この村は──この九頭竜村の人々は、私が生まれる前から、どんな逆境にあってもこうして一丸となって乗り越えてきたのだろう。
「真白ちゃん」
凛が、私の手をそっと握った。
彼女の瞳が私を捉えて離さない。彼女が私を求めている。
それが嬉しくてたまらなくて──。
彼女の様に、踏み出す一歩が誰かに勇気を与えられるように。
彼女の隣に並んでも見劣りしない自分でいられるように。
私も彼女の様に、勇気を持て一歩を踏み出せるようになりたい。
かりっ、と。
超能力で出した金平糖を口に含む。
「ふふっ……ふふふふ!」
それは、勇気の味がした。
「どうやら、またこの私の天才的な発想が必要なようですねえ!」
「「「「「うおおおおおおおおお!!!!」」」」」
村のみんなが、期待の眼差しで私を見る。
その期待に、応えたい。
村おこしを考え付いた時よりも、もっと明確に。
私は、私ができることで村を救いたい──そう思った。
「ふふふ……みなさん! このIQ三億TOEIC百億点の地球が産んだ超絶天才美少女・白銀真白に秘策がありますよ!!! 満智院さんでも絶対に分からない、最強のトリックを思いつきました!」
「エェ~~~ッ! そんな簡単に~~~! 天才じゃ! 真白ちゃんは天才じゃあ~~~!」
「まったく~~~! ちょろすぎるでござるよ~~~!」
「本当、ちょろすぎて心配になってくるレベルですねぇ~~! ッフゥ~~~!!」
私が今しがた思いついたトリックをみなさんに話すと大絶賛。
私のちいさくてかわいらしいお鼻はぐんぐん伸びていく。
褒められて調子に乗った私は両手を広げ、天を仰ぎ見るように宣言する。
「将棋の師弟関係には、『恩返し』という言葉があります。弟子が師匠に勝つことをそう呼ぶそうです」
凛の部屋にあったライトノベルに書いてありました。
「私は今まで満智院さんの動画から多くを学びました。そして遂に、『恩返し』の時がやって来たのです!」
「っしゃあ!」
「やったるぜ!!!」
「老人の意地、みせるんじゃ!!!!!」
「よし……それでは景気づけに、皆で円陣を組みますよ!」
「「「「「「応ッッッッッッッ!!!!!!」」」」」」
私の言葉に全員が力強く頷き、円陣を組んで手を重ね合わせた。
端の方で【協会】の人たちが頭を抱えていたような気もするが、きっと気のせいだろう。
「みんなー! いきますよぉー!!」
「うぇ──────いッ!!!」
「九頭竜村、ファイヤー!!!!!」
「「「「「「九頭竜村、ファイヤー!!!!!」」」」」」
「九頭竜村、ファイヤー!!!!!」
「「「「「「九頭竜村、ファイヤー!!!!!」」」」」」
そして──九頭竜村を揺るがす一大イベントが遂に幕を開ける。