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第10話「そーれっ! バ・ズ・れっ! バ・ズ・れっ!」

 因習村。


 古くから伝わる特殊なしきたりや慣習が今も強く根強く残っている村や地域のこと。

 あまりいい意味ではないが、昨今は創作の題材として扱われることも多く、もう少しカジュアルに「不思議な風習が残っている村」くらいの意味合いで使われることが多い。


 そんなわけで、今回は。


『ドキドキ⁉ 九頭竜村に伝わるうけい様伝説の謎を追え~神様にお願いしてモテモテのウッハウハでメイクマネー~』


 ということである。

 九頭竜村の村役場会議室の片隅に置いてあったホワイトボードにキュッキュとペンを走らせて、天才的なタイトルを書き記したあと、私はキリッとした表情で振り返った。


「どうですか!」


 しかし、みんなはなんとも言えない表情でわたしの顔を見つめている。


「いや……どうって言われてものう……」

「いつもの真白ちゃんの奇行やねぇ。ウチが叩いて直しとこか?」

「私はいいと思いますよ。なんだかんだ真白ちゃんに巻き込まれるのは毎回楽しいですし」


 おじいちゃんに続いて、凛と勘解由小路おじさんがそう言って頷く。

 なるほど、村のみんなにはまだ早かったか、『このレベル』は……。

 わたしは「やれやれ」と首を振ってから、スマートフォンの画面を見せる。『満智院最強子の華麗なる超能力者粉砕ちゃんねる』が映し出されている、その画面を。


「昨今、因習村がちょっとしたブームとなっています」


 スマホの画面を操作して、満智院さんが因習村に潜入してその秘密を暴く動画や犬の神様のお家の一族的なドラマ、それからゲゲゲなアニメをみんなに見せる。


「はぁ」

「そこのところどうなんじゃ? 凛ちゃん」

「せやねぇ。確かに物凄い一大ブームって感じやないけど、流行ってるのは確かやね。ホラーとかミステリー好きな人がこういうの好んで見とる印象やわ」

「なるほどのう、ワシらの世代でも金田一耕助とか流行ったもんじゃが、そういう感じかのう」


「なんで私じゃなく凛に聞くんですかー……」

「い、いやぁ、その、な? アニメとかは凛ちゃんの方が詳しいと思ってのう」

「まぁ、それはそうかもしれないですけど……」


 凛はやれやれといった風に肩をすくめてから、


「で? それがなんで九頭竜村で因習村をやるって話に繋がるん?」

「よくぞ聞いてくれました! つまりですね」


 そんな凛の疑問に答えるべく、わたしはホワイトボードにキュキュッとペンを走らせる。『うけい様』という文字を書き込んで。そして、それをビシッと指さしながら言うのだ。


「この村には都合のいい事に知名度ゼロのくせに歴史だけはやたらある『うけい神社』があります」


 神主の勘解由小路おじさんは「言い方……」と呟いて悲しそうに黄昏ているが一旦無視する。


「そして『うけい様』は日本最古のハンコでもある……つまり『うけい様』は契約の神様なのです!」

「そうなん? 知らんかったわ」


 凛が浮かべた疑問に、勘解由小路おじさんが答える。


「まぁ一応そうなっていますね。『うけい様』は印鑑の付喪神であると同時に、日本神話にたびたび出てくる契約や占いを司る存在でもあります。約束事を守ることで富や繁栄を得られる……とされていますね」


「へぇ~、小さな頃から神社でよう遊んどったのに案外知らんもんやな」

「まぁ、そのへんは諸説ありますし、ご存知の通り寂れていますからね」

「はぁ~、なるほどなぁ。そんでうけい様が因習村とどう繋がるん?」

「ふふん、つまりですね」


 ホワイトボードに書かれた『うけい様』の文字の隣に『九頭竜村からの信仰』と書き込む。


「実はうけい神社があるこの村は古くからの因習が根強く残っている村なのです!」

「……そうなん? 勘解由小路おじさん」


「まぁ、そうとも言えなくもないですが……みなさんは神様とか信じていらっしゃらないでしょうけど、それでもうけい神社を取り壊したり、ご神体やお地蔵さんに悪戯をしたりするのは抵抗があるでしょう? いないと分かっていても、心のどこかではうけい様が見守っていてくださる……そういう気持ちがあるんです」


「なるほどなぁ」


「そう、そして本当に因習があるならちょこーっと過剰に演出するだけで因習村の出来上がり、令和にまだ存在して実際行く事のできる伝説の村! オカルトマニア垂涎の最恐ホラースポット完成という訳です! 九頭竜村で約束を破るわるーい子を村のみんなで脅かしに脅かしまくるんです!」


「……真白ちゃん、やっぱり悪い顔しとる時が一番イキイキしとるなぁ」


 凛が何か言った気がするけど無視する。


「じゃが、ホラースポットなんて作っても、観光客が来るとは思えんのじゃが」

「それはですね。うけい様には良い所と厳しいところがある事にすればいいんです。『契約』の神様なので約束事を破るときつーいお仕置きが待っていますが、自分が約束したことさえ守っていれば、むしろご利益が受けられるという……」


「なるほどのう、ちょっと珍しい神社みたいなものかのう」

「……でも、実際ご利益なんてないし、すぐに飽きられるんとちゃう?」

「いえ、待ってください凛さん。案外理にかなっているかもしれませんよ?」


 勘解由小路おじさんはそう言って眼鏡をクイと上げて、凛に向き直る。


「実際の信仰にもそういう所があるのですが、そもそも強い決意をもって神様にお祈りをする人というのは得てして目標に向かって努力しているものなのです」

「確かになぁ、そもそも努力しとるから夢がかなう可能性はボチボチ高い訳や。ほんで叶ったら『うけい様』のおかげかも……と思う」


「そういうことです。だから、神様にお祈りをする人にとっては本当にご利益があるかどうかというのは本質的な問題ではないのです。神社で手を合わせて心の中で自分の願いをハッキリとさせる。これだけで充分に意味がある事なのです」


 なるほどねぇ……と頷く凛に、わたしもうんうんと頷いてから言う。


「そして! ここでこの真白ちゃんの天才的発想!」


 そう言ってから、ホワイトボードに『うけい様伝説:約束を破ったら怖い目にあう!』と書く。


「ルールがあれば破ってみたくなるのが人の心というもの。おそらく怖いもの見たさであえて約束を破ろうとする不逞の輩が現れるでしょう」

「なるほど……つまり観光客に自発的に因習破りをやってもらう、と?」


 勘解由小路おじさんの言葉にわたしは頷く。


「ええ、そして村で約束を破った場合、『うけい様』が祟りに来ることにします。実際には例えばモンスターに扮した村のみなさんが脅かしにくるとか、そういう感じですね。そして、この村から逃げかえった人が『恐ろしい目にあった、うけい様は本当に居たんだ……』と実感のこもった口コミを広め、結果的に真実味が増していく、そしてめちゃくちゃにバズってやろう! といった寸法です!」


「……真白ちゃん」

「はい?」


 勘解由小路おじさんがわたしの方をじっと見つめて言う。


「素晴らしい発想です! なるほど、これは本当に流行るかもしれませんね……!」

「ふ、ふふふ……そうでしょう! そうでしょうとも!」


 そして、その場に居たみんなも口々に感心したように声をあげる。おじいちゃんはニコニコと笑いながら拍手して、凛に至っては「なるほどなぁ、真白ちゃんはやっぱすごいなぁ」とわたしの頭をなでてくれる。


 ……あ、あれ? なんでだろう? 凛に褒められた時だけ……なぜか無性に嬉しい……?


 な、なんか負けた気がします! 嬉しいと一緒に悔しいがやって来ています!

 私は内心でぐぬぬっと唸ってから、気を取り直すように咳払いをしてホワイトボードをバン! と叩く。


「こほん……という訳でっ! この『ドキドキ⁉ 九頭竜村に伝わるうけい様伝説の謎を追え~神様にお願いしてモテモテのウッハウハでメイクマネー~』で、うけい様伝説をでっちあげてこの九頭竜村に観光客をじゃんじゃか呼び込みましょう!」


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 村のみんなが歓声をあげて、お互いをハイタッチしたり肩を組んだりして盛り上がる。先ほどから黙ってこの会議を見守っていたおばあちゃんですら端の方でぱちぱちと控えめに拍手をしている。その勢いのままに、わたしはさらにみんなを盛り上げていく。


「よーし! それじゃあみんなでバズらせ音頭を踊りますよー!」

「「「よっしゃー!」」」

「そーれっ! バ・ズ・れっ! バ・ズ・れっ!」

「「「バ・ズ・れっ! バ・ズ・れっ!」」」

「あそれっ! バ・ズ・れっ! バ・ズ・れっ!」

「「うおおおおー!!!」」


 しかし! そんな雰囲気に水を差すものが一人……。


 凛は「でもなぁ」と少し渋い顔をしながら言う。


「実際、因習破りをしたかどうかなんてどうやって見分けるん? しかも普通の参拝みたいに手を合わせて心の中で願い事を言われたら、そもそも何を願われているかなんて分からんやん?」


「うっ……そ、それは……村中に監視カメラを付けるとか、お願い事は書いてもらうとか……」


「プライバシーの問題は一旦置いといて、流石にそんなお金は掛けられんやろ。お願い事の方はまぁそれでなんとかなるかもしれんけど」

「な、なら……え、ええと」


 凛のマジレスから助けを求めるようにみんなの方を見るがそっと目を伏せられてしまう。こ、この薄情者どもめ!


「それに『因習破り』という行為そのもので怖い目にあってもらうってのは効果あると思うけど、そもそも最初に破る人がおらんかったらそもそもイベントが始まらんからなぁ。観光客なんて長いこと来とらんやろこの村。それに1回やっただけじゃ効果は薄いと思うし」

「ぐうううううう……!」


 凛の正論に頭を抱える。村の誰かが「人間って反論できない時本当にぐうの音を出すんだ……」と無駄に感動していた。


 確かに凛の言うとおり、問題点は山積みである。現実は無常。そう簡単に村おこしのアイデアが降って湧いて来たら全国の観光課の皆さんは頭を悩ませていないのだ。

 しかし、このまま諦めるのはあまりに惜しく…… なにか……なにかないか。この問題を一挙に解決する方法が……!


 ──そう、頭を悩ませていたその時。

 ピンポーンと、来客を知らせるチャイムが鳴った。


「あら、誰か来たみたいねぇ」

 そう言っておばあちゃんが玄関へと向かう。

 そして、おばあちゃんが連れてきたのは三人。


「急にお邪魔してすいません」

「こんにちは~♡ よわよわ村人さん♡」

「どんズバリ、お邪魔するよ」


 きらりと光る禿げ頭。


『健康一番! お金は二番! 詐欺ではないです本当に!』という、怪しすぎる掛け声と共に禿げ頭がきらりと光るCMで一躍時の人となったアナウンサー。


 その隣にいるのは彼のアシスタントを務めるアラサーメスガキ。


 そして、生野菜とサプリメントだけを食べて生きてきましたと言わんばかりの不健康な白い肌に、鶏ガラの擬人化みたいな細い身体。


「どうだろう、その村おこし、僕たち【協会】の【職員】にも手伝わせてくれないかな?」

「感謝しろ~♡」

「ふっ、任せてくれたまえよ」


 のちのち満智院最強子が出演する番組の司会を務める。

 司進太と芦川淡々。

 そして、やがて満智院最強子にボコボコに負ける運命を迎える。

 オユランド淡島がそこにいた。

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