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第7話「ふっ……この程度、IQ3億、TOEIC優勝、マッキンゼー式アクセンチュアの私にかかれば造作もないことです」

『side:九頭竜村の住人 白銀真白』



 半年前。九頭竜村にて──



 この世は不思議で溢れている。


 いまだに深海のほとんどは未知の領域だし、宇宙がどれくらい広いのかさえ分かっていない。

 それどころか、世界平和も、ダイエットを続けるコツも、好きな人に振り向いてもらう方法だってすべては謎に包まれたままなのだ。

 大抵のことは科学で説明がつくが、科学で説明できないことも世の中には多くある。


「そう……例えば私のスーパーでウルトラミラクルハイパーなハンドパワーなど!」


 そう言って、彼女は自宅のおこたでぬくぬくぽかぽかと温まりながら、テーブルの上へぞんざいに置かれていたみかんを手に取り、むんっ! と念を込めて宙に浮かせた。


 恐ろしいくらいに美しい少女だった。

 腰まで伸びた純白の髪、雪原を思わせる白く透き通った肌に長い睫毛。

 瞳の色は黒沢凛とおなじく不思議な輝きを放つ朱色で、まるで雪の彫像にルビーを埋め込んだような人だった。


 要するに、白銀真白だった。


 のちに九頭竜村へやってきた満智院最強子を無駄に追い詰める、あの白銀真白だった。


 当然のことではあるが、彼女が浮かせているみかんもスーパーでウルトラミラクルなハイパーハンドパワーなんて大層なものではない。

 みかんのへそに指を突っ込んで浮いているように見せかける、クラスのお調子者がやっては3分咲きくらいの参加賞みたいな笑いをいただくアレである。


 しかし、それを見た九頭竜村の住人は、


「す、すげええぇぇぇ!!!」

「どうやってやってんだ⁉」

「ま、真白はんは本物の超能力者や……」と目を輝かせて食いついた。


 真白と凛のおじいちゃん──この村の村長を務める彼なんか、腕組みをしてうんうんと頷きながら隣に座る彼の妻──ようするに真白と凛のおばあちゃんに「どうじゃ! ウチの孫は天才じゃろ!」と喜色満面で話しかけては適当にあしらわれている。


 御察しの通りではあると思うが、この白銀真白という女は九頭竜村にたった2人しかいない若者ということで村の老人たちからデロデロに甘やかされているのだ。


 引き取られたのが九頭竜村の村長の家で、そこが住人の集会場というか憩いの場というか、とにかく色んな村人が代わる代わるやってきたのも拍車をかけた。


 幼い頃から親を亡くし、村長に引き取られ、孫を甘やかしたい盛りの老人たちに囲まれて蝶よ花よと愛でられればどうなるか。


 自己認識が以下のようになる。


「ふっ……この程度、IQ3億、TOEIC優勝、マッキンゼー式アクセンチュアの私にかかれば造作もないことです」


 真白はドヤ顔でその白い髪をファッサァッとかき上げ、


「では、本日はみなさまに、この縦縞のハンカチを横縞にする超能力を──」

「みんなー? あんまり甘やかさんといてや」

「ふぎゃんっ!」


 スパンッッッ! と、スリッパで後頭部をはたかれた。


 白銀真白のかわいい後頭部を思いっきりはたくことが出来るのは、この村には一人しかいない。


 肩で切りそろえられた闇色の髪、目元に添えられた朱色のアイシャドウ、薄くリップの塗られた唇。服装は肩の出たラフなニットを着ていて、その下には隠し切れないほどの豊満な肢体が蠢いているのが分かる。


 美しすぎるとかえって恐ろしくなってしまうような、そんな美人。


 要するに──黒沢凛だった。


 のちに司進太が司会を務める生放送に飛び込みで出演し、満智院最強子を追い詰める、あの黒沢凛だった。


「いったぁ! 何するんですか! 来年には可愛さでノーベルかわいい平和賞を獲ろうというこの天才美少女真白ちゃんの美しくも可憐で繊細な後頭部に!」


「はいはい、かわいそかわいそー。真白ちゃんが好きな満智院? とかいう動画でやってたやつ? ホンマに好きやねぇ」


「い、いいじゃないですか! 満智院さんのマジック紹介動画はめちゃくちゃ面白いんですよ! ホラ、凛もこの耳が大きくなってしまうマジックを見ればその魅力が──!」


「……なんというか、そんなアホみたいなマジックしか紹介してへんのその人?」


 実際はそんなことはなく、満智院最強子が紹介するマジックは宴会芸のようなものから本格的なものまで幅広い。真白が簡単で素早く覚えられるものだけ好んで覚えているのでそう見えるだけだった。


 ちなみに真白は満智院最強子の筋トレ動画もカッコいいなぁ……と思いながら見ているものの、ダンベルを買って1回使ったきり部屋の隅に放置していたりする。


「違いますー! 凛も実際見てもらえばきっとこの面白さが分かるはずで──」

「真白ちゃんが今期アニメの『花子さんだけ入れるトイレは隠しダンジョン~こっそり鍛えて世界最強~』を見てくれるなら考えるんやけどなぁ」


「うっ……だってその、凛が勧めてくるアニメって、なんか癖が強いヤツが多くて……私はもっと平和でかわいいアニメが好きなんですが……少し前にやってた小人の女の子が出てくるヤツとか……」

「あれだって家が爆発してたし似たようなもんやないの?」

「世界の認識が雑なんですよこの女ァ!」


 何度目になるか分からない真白の布教を適当にあしらいながら、黒沢凛はこたつに潜り込み、そしてそのまま真白の前に置いてあったみかんを手に取り、皮をむいてから口に放り込む。


「って、あー! ちょっと! なんで私のみかん食べちゃうんですか!」

「そこにあったから?」

「むきーっ!」

「わざわざウチのぶん剥いてくれるなんて、ホンマ真白ちゃんは仏さんみたいなお人やわぁ」

「コイツのうのうと……!」


 真白は白い髪を逆立てて、

「このっ! このっ!」と、こたつの中でげしげしと足を蹴ってくる。

「はいはい、痛いからやめーや」


 が、凛は気にした様子もなくみかんをむしゃむしゃと食べ続ける。

 先に根をあげたのは自称天才美少女で運動不足の真白だった。


 そんな二人を見て、九頭竜村の住人たちは、

「まぁた始まった」「仲がええのぉ」「相変わらずやね」などとにこやかに微笑んでいる。

「いやこれ喧嘩ですからね⁉ 真剣でマジでガチの戦いですから! 見て分かりませんか⁉」

 なお、真白はといえば、そんな住人たちの態度に、へろへろのシャドーボクシングをしながら抗議の声をあげるが……


「あ、凛ちゃんアイスいる? おれ取ってくるよ」

「いやワシが」

「それよりお餅でも焼きましょうか?」

「ありがと~、じゃあアイス貰おかな」

「あー! もうなんで無視するんですかー!」


 まるで相手にされなかった。

 真白は全身で納得が行っていないです! という感情を露わにし、ぷんすこと怒りながらジト目で凛をにらみつけ、拗ねたような声をあげる。


「……ていうか凛だって大概甘やかされてるじゃないですかー」

「そう? 普通やない?」


「いーや、絶対普通じゃないです。ほらそこおじいちゃん! 凛のかわりにみかんの皮を剥かない筋も取らない! 甘やかさない!」

「えー」

「こんぐらい普通やろ?」

「普通じゃないです!」


「凛ちゃん、お部屋の掃除しといたわよ~。女の子の絵が描いてある長い枕? も綺麗にしたいんだけど、いいかしら~?」

「あんがとな~おばあちゃん。頼むわ~」


「ほら! ほら!! ほら!!! 高校二年生にもなっておばあちゃんにアニメの女の子が書かれたちょっとえっちな抱き枕を洗ってもらうとか! 恥ずかしくないんですか!」

「ええやないのそんくらい?」

「そうよぉ、真白ちゃんだってお部屋の掃除はおばあちゃんがやってるでしょ?」


「うぐっ……そ、それはいつもありがとうございます大変感謝しておりますなんですが! それにしても普段から深夜にアニメを見たり! 夜遅くにパシャパシャ何かの写真を撮っていたり! なんかPCパーツ? ばっかり通販で買って! 凛はもっと! 高校生として! 自覚を持って! 生活するべきだと思うんですよ! このナチュラルボーン甘やかされ体質!」


「もうええやんそんな細かいこと。ほら、真白ちゃんもアイスいる?」

「食べますけどー……」


 即答だった。


 真白はエサを待つひな鳥のように小さな口をせいいっぱい大きくあーんと開け、凛の差し出したアイスにぱくりと食いつく。

 口の中で冷たいアイスをもむもむと咀嚼しながら、


「ぶー……」と納得の行かないような顔でと不満を垂れる真白に、


「ええやないの、少しくらい甘えても」

 凛は笑って、



「……あと、一年なんやから」



 そう言って、真白の頭を撫でた。

 優しく、いとおしげに、強く触れたら壊れてしまいそうな、そんな儚ささえ感じさせるように。



 九頭竜村。

 人口50人、うち高齢者が48人という詰みっぷり。

 残されたわずかな若者も高校卒業と共にこの村を出て行くらしい。

 限界集落待ったなしだ。村としてまだ機能しているのは奇跡みたいなもので、20年後には確実に立ち行かなくなるだろうと、地方新聞の片隅に小さく取り上げられていた。


 だが、この情報にはひとつ誤りがある。


「……」

 真白は寂しそうに、アイスをもうひとくちぱくり。

「そう、ですよね」

 そして、こたつの天板にあごを載せて。

「凛がこの村を出て行ってしまうまで、あと一年、なんですよね……」

 そんな真白のつぶやきに応えるように、冬の風が窓を叩いた。



 九頭竜村。

 人口50人、うち高齢者が48人という詰みっぷり。

 残されたわずかな若者も高校卒業と共にこの村を出て行くらしい。



 高校卒業と共に村を出ていく若者は、黒沢凛ただひとりだった。

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