「せっかくなんで、オユランドはんの敵討ちさせてもらいまひょか」
そう言って黒沢さんはつかつかと歩き、机の上に置きっぱなしだったオユランド淡島のトランプを手に取り、そのままシャッフルし始めた。
勝手にトランプを使われたオユランド淡島はもうどうにでもしてくれとばかりに天を仰いでいる。
「さっきとおんなじように、満智院はんにはこの中から一枚カードを引いて貰います。そんでウチがそれを当てて、満智院はんがその方法を見抜けなかったらウチの勝ち」
「……先ほどと同じ手が通用すると思わないで下さいまし」
「もちろんどす、封筒なんて仕込んであらへんよ」
見る? と言いながら彼女はニットの首元を引っ張り、少しはだけてみせた。豊満な谷間がちらりと見え、男性陣だけでなくその場にいた全員の視線が思わず釘付けになる。
「ふふ……かわええなぁ」
その光景に、司進太さんは少し咳ばらいをして、話を本筋に戻そうとする。
「あの、いちおう地上波なんでね……ぶっちゃけ生放送中なので……」
すると黒沢さんは「そやったね」と言ってトランプを切り終えた。
「それで? わたくしはそこから引けばいいんですの? 申し訳ないですが、それだけだといくらでもやりようがありますし、神様の力だと証明するのは難しいですわよ?」
「ええ、もちろん。オユランドはんの用意したトランプやしね、タネも仕掛けも詰まってそうや……やから今回はちょっとした方法を考えとります」
「方法……?」
頭に浮かんだ疑問を消化する間もなく、黒沢凛さんはスタッフをひとり呼び出してメモ帳を渡し、書いてあるものを用意してほしいと伝えた。
指名されたADの青年は彼女の美しい黒髪に見とれていたのか一瞬自分が指名されたのだとは気が付かなかったが、彼女がもう一度「早めにたのむわぁ」というと、鼻の穴を伸ばしながらおおよそ人間には出せない速度で倉庫へと走って行ってしまった。
「えらい気張ってくれて、可愛い子ぉやね」
うふふ、と笑いながら黒沢凛さんは改めてトランプの束を卓上に置く。
「それで、仕掛けとはなんですの?」
「ま、簡単な事どす。単にこのままカード当てなんてしても『うけい様』の実在なんて証明できひん。やから──」
彼女はそう言うと、先ほども見せた『うけい様との契約書』を取り出し、何かを書き込んだ。
「ウチやなくて、『うけい様』にカードを当ててもらお、思うてな」
『契約書』が机の上に置かれ、それをカメラによく見せる。
そこには──こう書かれていた。
『うけい様との契約書』
・甲──黒沢凛は、目隠し・ヘッドホン・手枷の着用を行い拘束され、いかなる方法でも外界の情報が感知できない状況で、乙が引いたカードを当てる。
・乙──満智院最強子は、黒沢凛が頭に浮かべたカードを引く。
・丙──番組の進行役たる司進太は、拘束された状態の黒沢凛に、満智院最強子がカードを引いたことを伝える。
「ボクぅ⁉」
蚊帳の外にいるつもりだった司進太さんが叫ぶ。
「やってウチ、超能力者やのうて単なるうけい様のお使いですもん。目も耳も隠された状態でカードが引かれたかどうかわからへんし、満智院はんがカード引いたらウチを叩いて教えてほしいんよ。まぁ嫌やったらそっちのかわいらしいアシスタントの方でもかまへんけど……」
「いやまぁそれくらいだったら構いませんが……満智院さんが叩いてもいいのでは?」
「いくら目隠し耳隠しされた状態でも、距離さえ近ければやりようはありますわ。わたくしでは務まらないでしょう」
「そ、話早くて助かるわぁ」
「しかし、頭に浮かべたカードをわたくしが引く。ですか……」
『うけい様との契約書』に書かれた文面を見つめながらわたくしは呟く。
古今東西、引いたトランプの柄を予言する手品はありふれている。
先ほどオユランド淡島が行った、どのカードを引かれてもいいように全種類の絵柄の封筒を仕込むトリックに始まり、マークドと呼ばれる裏から見てもカードのマークと数字が分かるトランプを使用するトリック、引いたカードを山札に戻したフリをして抜き取るトリック、はたまた箱にしまったトランプの柄を透視するフリをして箱に空いたわずかな隙間から中のトランプを覗こうとするトリックまで、あげ始めるとキリがない。
だが、目も耳も隠され縛られた状態で協力者もなく、さらに言えばどのタイミングでトランプが引かれたのかすら分からない状態で当てるなんて芸当は、少なくともわたくしには心当たりがなかった。
本当にそれができるとすれば──確かにそれは、神の力。
胸元で存在感を主張し続ける翡翠の首飾りをぎゅっと握りしめる。
あの時見た超常の力を、彼女も有しているのかもしれない。
だとすれば、先生に掛けられた呪いを解く手がかりになるかも──
気が付けば緊張で汗が滲んでいる。
手をぎゅっと握りしめすぎて少し痛い。
黒沢凛。
彼女が持つ異様な雰囲気に飲まれたのか、スタジオの空気も張り詰めている。
「準備ええでっしゃろか? ほな、始めさせてもらうね」
とんでもない速度で戻ってきたADの手にあった物は、アイマスク・ヘッドホン・手錠、あと何に使われていたんだか分からないような紐やら鎖やら。
芦川さんがそれを受け取り、黒沢さんを拘束していく。
「これでウチは何も分からへん。いま襲われでもしたらひとたまりもあらへんなぁ……」
くくく……と笑いながら彼女は言う。
「ほな、よろしゅう頼むわ」
その言葉を合図にスタジオにいる全員の視線がトランプに注がれる。心臓が、高鳴った。
ごくり、と息を呑み込み、ゆっくりとカードを引いていき、恐る恐る確認する。
その、絵柄は──
「スペードの、10や」
目と耳をふさがれ、完全に拘束されたはずの黒沢凛が、断言する。
わたくしが引いたカードは────
スペードの、10だった。
自らを神の使いと名乗る少女は、絶対不可能な状況でカードの柄を的中してみせた。
「どや、あっとる? この格好やとすぐ確認が出来んのは失敗やわー……真白ちゃんホンマそういうところツメ甘いで」
のんきにアイマスクを外すよう顎を引くジェスチャーで伝える彼女は美しく、それでいて恐ろしい。
会場の空気はしんと静まり──彼女がスタジオに入った時と同様、怯えた淡島が、どしん──と尻もちをついたことで、堰を切ったようにざわめきが起こる。
芦川さんはあわてて黒沢さんに駆け寄り、アイマスクとヘッドホンを外す。
「おー……あっとるあっとる。こういう時はなんて言うんやったっけ?」
手枷が外され、自由になった彼女は、せや、と言いながら手を銃の形にし、
「どん、ズバリ。仇はうってやったでオユランドはん」
わたくしを、真正面から撃ち抜いた。
情けなくも本日二度目の尻もちをついた淡島は、心配そうに駆け寄ってきたADを振り払いながら独りで立ち、叫ぶ。
「ど、どうだ! 超能力はなぁ! 本当にあるんだよ! コイツは本当にヤバい! お、お前は目を付けられたんだ! お前はもう終わりだぁ!」
そう言ってわたくしを指さす。その指先は恐怖で震えていた。
「いややわぁ、ウチそんな酷いことするように見えるん? ウチらはただ『うけい様』は本当にいるって証明してほしいだけやもん。ど? 九頭竜村、来てくれはる?」
「……わかりましたわ。約束ですもの、行かせていただきましょう」
「おおきに~。やったらせっかくやしうけい様に誓うてもらおか。ほら、ゆーびきりーげんまん、嘘ついたら針千本のーます」
わたくしの指を彼女の細い指が絡め捕る。
彼女の指は細くしなやかで、まるで蛇のように絡みつく。
そして、彼女は砂糖菓子のように甘い匂いを漂わせながら耳元まで近づき、
「ゆび、きった♡」
そう、囁いた。そこで生放送は放送終了時間を迎えた。
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