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第3話「これ、ドッキリですかぁ?」

 番組はそのあとも少しだけ続いた。


 パネルやVTRを用いながら、心霊写真やアフリカの呪術師、空中浮遊する宗教家など様々な超常現象を紹介し、芦川さんがそのすべてにかわいらしいリアクションを取り、司進太さんがツッコミを入れ、求められればわたくしも科学的な見地からコメントをした。


 オユランド淡島は撮影中に途中抜けすることもできず、スタジオの端で背中を丸めて縮こまり、なるべく存在感を消そうとしている。


「以上、芦川淡々の『挑戦⁉ 本場アフリカで呪われてみよう!』のコーナーでした!」


 あと数回ほどコーナーをやれば放送も終了。


 慣れないテレビ出演で疲労が溜まっていたわたくしは、肩の力を抜きながら流れているVTRをぼうっと見ていた。


 芦川さんがアフリカの人々からなんだか良く分からない生肉を投げつけられている異常な映像だが、テレビとはそういうものなのだろう。


 放送終了まであと2、3コーナー……そんな事を考えつつ、わたくしは大きく伸びをした。



 その時──



「え? なん……?」

「AD、お前聞いてるか、コレ?」

「い、いやボクも何が何だか……!」

「いいからカメラ回しとけ! 絶対CM入んなよ!」

「う、うす!」


 そんな声がスタジオのあちこちから聞こえ……。


「これ、ドッキリですかぁ?」


 芦川さんの間の抜けた声で、誰もが我に返り、それを見た。



 乱入者だった。恐ろしいくらいに美しい少女だった。



 年齢は高校生か大学一年生くらいだろうか、肩で切りそろえられた闇色の髪、薄くリップの塗られた唇、ルビーのように赤い目元には朱色のアイシャドウが添えられている。服装はダボっとしたニットを着ているが、その下には隠し切れないほどの豊満な肢体が蠢いているのが分かる。


 美しすぎるとかえって恐ろしくなってしまうような、そんな美人。


 彼女が一歩前に出ただけで、スタジオがしんと静まりかえる。本来であれば止めるべき立場のスタッフさえ、呆けたように彼女を見つめている。


 誰だろう、とさえ思わなかった。


 まるでこの世のものではない──そう形容するしかない美貌の前に、誰も言葉を紡ぐことが出来ない。まるで一言でも喋れば爆弾が爆発してしまうのではないか、そんな緊張感が会場全体に漂っている。


 その静寂を最初に破ったのは、どしん──という情けない音とともに椅子から転がり落ちたオユランド淡島の「ぎゃっ」という悲鳴だった。情けないんだかありがたいんだか分からないがその悲鳴を契機に会場の人々から堰を切ったようにざわめきが起こる。


「モデルの人?」

「い、いや知らね……」

「ドッキリ? ドッキリなん?」

「生放送だよね、これ……」


 そのどよめきに答えるかのように、彼女はカメラ目線でにっこりと微笑みながら、うやうやしく頭を垂れる。


「撮影中に突然お邪魔してもうてすんまへん、ウチは黒沢凛いいます」


 そして、彼女はもう一度カメラ目線で微笑むと、言った。


九頭竜村くずりゅうむらからやってまいりました、本物ほんまもんの神様の使いどす」



 ◆



 九頭竜村──最近突如としてオカルトファンの中で話題になった、神様がいるという村。


 某C県の山奥にある九頭竜村は、昔から土着の神──『うけい様』と呼ばれる『契約』を司る神を信仰している。


村にはルールがあり、そのルールを破れば災いが訪れるのだという。



 曰く──『うけい様』との約束は破ってはならない。

 それらを破った場合、恐ろしい化け物になってしまうのだ──と。



 今時そんな馬鹿な、と一笑に付すような話ではある。


 あるのだが……この村は少し前から不思議なくらい話題に登っている、違和感を覚えるほどに。この村の裏には何かがある……そう睨んでいたのだが、まさか向こうからやって来るとは。


「九頭竜村からいらっしゃったという事ですが、今日はどういったご用件で?」


 少しずつ落ち着きを取り戻した司進太さんがそう訊ねる。


「そうやねぇ、まずはご挨拶しよか」


 彼女はそう言ってカメラから視線を外し、わたくしの方を見た。


「ウチは黒沢凛くろさわりんいいます。九頭竜村で神様のお世話をさせてもろうとるもんどす。そんでもって──」


 そこで一度言葉を切った黒沢さんは、懐から一枚の紙を取り出す。


「超能力ハンター満智院最強子さん、あんたはんに神様の実在を証明してもらいに来ました」


 彼女が取り出した紙は──ネットでも話題になっていた『うけい様との契約書』と呼ばれるものだった。


 なんでも契約にまつわる神である『うけい様』には、一度交わした約束を必ず遂行させるという力があるのだという。また、無理矢理約束を破った場合、恐ろしい災いが起こるとも言われている。


「オユランドはんとの戦い、見させてもらいました。ほんま、すごかったわぁ。あのダイヤモンド作るところ、本物かと思ってウチ腰抜かしてもうたわ」

「……どうもですわ」


「ああ、そないに警戒せんでもええよ? さっきのオユランドはんと違うてウチは別にあんたらと争いに来たんやない。九頭竜村に招待しに来ただけなんどす」


 少し、混乱していた。


 本来、超常的な力をトリックだと決めつけている人間を騙すのはそれなりに骨が折れる。

 当然だろう、存在しないものを存在すると騙るのだから。


 だからインチキ超能力者は様々な事情から騙されたがっている人を狙う事が多い。


 たとえば宗教団体。

 そこには、現実の複雑さに疲れて超常的な力があるのだと信じたい人が集まる。


 たとえば占い師。

 そこには、不確かでも誰かに道を示してほしい者が集まる。


 そういう人はトリックに騙されやすい。当然だろう、騙されたがっているのだから。


 因習村だって、幼いころから超常的な力は”ある”のだと刷り込まれているから、そこで育った人間は神の力や呪いなんてものを信じやすくなってしまう。


 オユランド淡島だって基本的にはテレビやネットでカメラ越しに奇術を行っている。

 不都合な場面ではカメラの角度を調整、映像のカットを行うことで視聴者にボロを見せないようにしていたから超能力者としてやってこられたのだ。


 1回限りの奇術であれば人を騙すのは難しくない。


 だが、それが2回も3回も行われていくと、誰だって疑いの目を向けてくるものだ。


 そんな相手を上手くだまし続けるのは至難の業と言っていい。

 ましてや、わたくしは先ほどオユランド淡島の奇術を看破してみせた。


 そんな相手を村に招待して、神の実在を証明しろと言う。

 よほどわたくしを騙しきる自信があるのか、無謀なだけなのか。



 ──それとも、本物なのか。



「無論、ただで招待させてもらおなんて考えてません。当然食べるもんや寝るところ、交通費なんかは支給させてもらいますし、村にいる間はあんさんのチャンネルで生放送をし続けてええ。村人全員に許可も取ってますし、顔も自由に出してええどす。そして何より──」


 そう言って、黒沢さんはにやりと笑って、言った。


「この場でウチが神様の使いやのうて単なる手品師だと証明できたら、あんさんの勝ち。そこで丸くなっとるオユランドはん諸共、バカな女がやってきたと笑いものにしておくれやす」

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