この世は不思議で溢れている。
いまだに深海のほとんどは未知の領域だし、宇宙がどれくらい広いのかさえ分かっていない。
それどころか、世界平和も、ダイエットを続けるコツも、好きな人に振り向いてもらう方法だってすべては謎に包まれたままなのだ。
大抵のことは科学で説明がつくが、科学で説明できないことも世の中には多くある。
「例えば、私の超能力とかね」
目の前に立つ男は、そう言って挑発的にトランプを翳してみせた。
生野菜とサプリメントだけを食べて生きてきましたと言わんばかりの不健康な白い肌に、鶏ガラの擬人化みたいな細い身体。暑苦しいダークグレーのスーツに隠されたお腹だけがご立派に揺れている。
「さ、引いてごらん? どれを引いたっていい、どんズバリと当ててみせよう。私の【
そう言って、自称超能力者・オユランド
やれやれ、とため息を吐く。
この程度か、この方もやっぱり偽物なのか。
まぁ仕方ない。人生は思うようにいかないものだ。
「さぁ、早く引きたまえよ、それとも怖気づいたのかな?」
自信満々にトランプを掲げたオユランド淡島の顔が気に障る。
まったく、こんな簡単なトリックでわたくしを騙そうだなんて舐められたものだ。
だって──
「では、お言葉に甘えて」
わたくしは、そんな彼の秘密を暴き、トリックを白日の下に晒し、科学と理屈で蹂躙する。
超能力ハンター、
「貴方の嘘を、証明してさしあげますわ」
◆
「それじゃあ本番入ります。五秒前! 四、三……!」
続いて二、一がアシスタントディレクターの指で示され、零になった瞬間、派手なBGMと共に全国のテレビにテロップが映し出された。
『暑さをぶっ飛ばせ! 夏休み特別企画! 《未来を見通す目》を持った超能力者オユランド淡島 VS 《超能力ハンター》満智院最強子 超能力は本当に実在するのか⁉』
「さあ始まりました夏休み特別企画ってことで未来どころか昨日の晩御飯すら思い出せないようなわたくし司会の
「昨日の晩御飯は肉じゃがでぇす♡ よわよわおじさんと違ってまだまだ鮮度抜群♡ アシスタントの
芦川さんの甘ったるい声に続き、観客席の一部でやたら強い拍手が鳴り響く。
わずかに頬が引き攣っているのを微塵も感じさせないのは流石プロといったところだろう。
20も半ばを過ぎた彼女だが、昔アイドルをやっていた頃に事務所の意向で始めたメスガキキャラの辞め時が分からず苦労しているらしい。
そろそろ落ち着いた大人の女性としてのキャラクターを確立したいと楽屋で零していたが……世の中ままならないものだ。
まあでもそれによって特殊な需要が生まれている様なので、これはこれでいいのだと思う。
「突然ですけど芦川さん、超能力って信じるほう? 信じないほう?」
「ん~、わたしは信じる方ですかねぇ」
「意外だな~今の若い子って結構ドライだから、こういうオカルトみたいなのって信じないモンだと思ってたよ」
「女の子はいつだって占いが好きですからねぇ、動画配信サイトでホラーの動画とか見て寝不足になっちゃうこととかありますしぃ」
「ああそれはボクも覚えがあるなぁ、チュパカブラとかノストラダムスとか、怖いんだけど見ちゃうんだよね」
「そうそう。それに、超能力とかオカルトって『ない』って決めつけるよりは、『あるかも』って思いながら生きていた方が楽しいじゃないですかぁ?」
「確かに、いいこと言うねぇ」
「でしょ? だから進太さんも、髪の毛あるかもって思いながら生きてたらきっといいコトありますって! ドンマイ♡」
「ドンマイ! じゃあないよ! 言っとくけどボクはハゲてるわけじゃなくて剃ってるだけだからね⁉ オシャレハゲなのこれは!」
いつもの定番ネタでスタジオに笑い声が響き、ついでに彼の頭もきらりと光った。
司進太。この番組の司会を務める男。
『健康一番! お金は二番! 詐欺ではないです本当に!』という怪しすぎる掛け声と共に禿頭がきらりと光るCMが好評を博し、一躍時の人となったアナウンサーである。
話題になった直後はいくつかの番組のレギュラーを勝ち取ったものの、残念ながら人気が継続することはなく、今では予算をあまりかけたくない番組のMCに定着している。なんというか全体的に2軍のエースみたいなオーラを纏っている人だった。
会場の空気が緩んだ所で、舞台袖で一緒に控えたオユランド淡島を改めて見る。
灰色の鶏ガラみたいな方、というのが第一印象だった。
一目見ただけで真っ当な社会生活を送っていないとわかる。
間違いなく9時5時に出社して会社勤めをしているタイプではない。
超能力者としてキャラクター付けをしたいからワザとそうしているのか、それとも素でこういう人間なのか、半々といったところだ。
だが、彼がただの変人というだけでは説明が付かない事がある。
それは、彼の着ているオーダーメイドのスーツ。
相当にいい生地を使って丁寧に作られたものである。
普通に暮らしていたら到底手の出る代物ではない。
ネクタイや小物なども同様に値の張るものばかり。
もちろんテレビ用の衣装なので気合が入っているのはわかる。
わかるが、それにしたって全身合わせて数千万はするであろう彼の装いは、少なくとも一介の(自称)超能力者には容易に手が出るものではないだろう。何か悪い事をしていないと、その恰好をするのは難しい。
自然と上がる口角を扇子で隠しながら、わたくしはほくそ笑んだ。
オユランド淡島。
【
わたくし満智院最強子の地上波デビューの相手としてやや物足りない相手だと思っていたが、なかなかどうして十分楽しめそうだ。これなら視聴者のみなさまも満足してくださるだろう。
とある目的の為に始めた超能力者対決動画配信チャンネル『満智院最強子の華麗なる超能力者粉砕ちゃんねる』だったが、自称超能力者のペテンを暴くというコンセプトが(当然)仇となって動画のネタが尽きかけ、チャンネル登録者数が伸び悩んでいた。
そんなタイミングで降って湧いたテレビの仕事。
これはもう、この灰色の鶏ガラみたいな自称超能力を公衆の面前でぶちのめしてチャンネル登録者数がボンボン爆増、輝かしい未来を彩るレッドカーペットを歩めという天の啓示に違いがない。
満智院最強子はオカルトを否定する立場でありながら、都合よくオカルトを肯定するのもアリと考える柔軟性を持ち合わせていた。
それに、満智院最強子はオカルトの全てを否定しているわけではない。
神の力や超能力といったものは、ある。
満智院最強子は、それをよく知っている。
残念ながら、この世に存在する自称超能力者のほとんどがニセモノなだけで……。
「ではここで本日のゲストにご登場いただきます。最近テレビを中心に大活躍し、以前当番組でもわたくし司進太が近々家族と大喧嘩をするという大胆な予言をしてくれた、みなさまご存知【
「よろしく」
スポットライトが当たった淡島は、ゆるりとした動きで舞台袖から移動し椅子に腰かけ、テーブルに肘をついた。
いちいち格好つける動作が鼻につく。
だが、自信たっぷりな所作は視聴者にはウケがいいのだろう。
僅かではあるが、客席からは女性ファンの声援が届いていた。
「ゲストの淡島さんですが、プロフィールを改めて教えていただきたいと思います! お願いします!」
「そう言われると思いましてね」
司進太の振りに、オユランド淡島は待ってましたと言わんばかりにトランプの山を取り出し、テーブルの上に置いた。
「百聞は一見にしかずという事で、子細なプロフィールを述べるよりも実際に能力をお見せした方がよろしいでしょう。芦川さん、このトランプの山から一枚カードを引いてご自分の席に戻った後、みなさまにそのカードをお見せしてください」
「はぁ~い♡」
淡島の指示通り芦川さんがカードを引いていく。その後彼女は自分の席に戻り、今しがた引いた『ハートのエース』を観客に見せつけた。
「ありがとうございます、芦川さん。では次に貴女がお座りになっている机の下……そう、そこに封筒が張り付いていますね? それを開けてみて下さい」
「えぇ! 本当だ! なんかありますよ進太さん!」
「えぇ⁉ いつの間に⁉ ボクいつも一番最初に現場入りするのになぁ」
「ざこざこ進太さんは今日5分も遅刻したじゃないですかぁ……それじゃあ取りますよぉ?」
芦川さんが言われるまま机の下に手を入れる。
「封筒の中身はぁ……一枚のコピー用紙とぉ……トランプが一枚……って、えぇ⁉」
それを見て淡島は満足そうに指を鉄砲の形にし、いつものキメ台詞を放つ。
「どん、ズバリ」
カメラが芦川さんの近くに寄り、彼女が持つコピー用紙を覗き込むと、そこにはこう書かれていた。
『満智院最強子のプロフィール』
登録者数50万人を誇る『満智院最強子の華麗なる超能力者粉砕ちゃんねる』にて、我こそは超能力者と名乗る者や、神の力を扱うと自称するニセ能力者のペテンを暴く活動をしている。
21歳。
出身地は非公開。
チョコレイト色の美しい髪と抜群のプロポーションで男性だけでなく女性からの人気も高い。
好きなものは筋トレ、趣味も筋トレ。
満智院最強子のファンは『タンパク質のみなさん』と呼ばれている。
そして。
プロフィールの最後には、
「本日ここで、オユランド淡島の超能力に打ちのめされ、醜態を晒す」
と、書かれていた。
「おや、先を読みすぎて、満智院さんのプロフィールを公開してしまったようですね」
淡島がにやにやと笑いながら、わざとらしくこちらを見て「失敬」と頭を下げ、「でも」と前置きしながら、芦川さんがコピー用紙と一緒に封筒から取り出したトランプを指さす。
ハートのエースだった。
それは、さきほど芦川さんが自分で引いたトランプと同じ柄だった。
「ま、トランプは当たっていたのでセーフってことで」
司進太をはじめ、スタジオの全員がぽかんとその光景を眺めていた。
わずかな間をおいて、やっと我に返った司進太がぽりぽりと後頭部を搔きながら声を上げる。
「い、いやぁ驚きました……オユランド淡島さん、これがその……」
司の称賛に淡島は薄く笑い、「ええ、私は未来を見通す目を持っていますので。芦川さんがどこに座って、何を引くかは全て事前に分かるんですよ、だから……」と胸を張る。
「事前に、ちょっと仕込ませていただきました」
淡島のその発言で、会場が一気に沸いた。
「凄い……ホントに超能力者なんだ……」
「うーん! すごいですねオユランド淡島さん、これは超能力が本物だという事でしょうか⁉ では続いて、今回そんな彼の能力をインチキだと言い張る、超能力ハンター満智院最強子さんの登場は……CMのあとで!」
全国のテレビに【
◆
『健康一番! お金は二番! 詐欺ではないです本当に! いや、本当にマジでマジで、だからね? ちょっとだけ、試しにでいいから、初回は安くしとくからさ……黒にんにく漬けクロレラマシマシ水素水、飲んでみない? 健康一番! お金は二番~♪』