白獄死書は何のために作られたか?
本に魂を入れたら、どうなるのか? という伝説の魔術師の思いつきを実行したものらしい。
不老不死の研究の一環と言えば、いかにも魔術師が考えそうなことだが、ハク曰く、単なる好奇心の延長らしい。
思いついたきっかけは、本などの物体に憑依したゴーストを見たから、という。
うちにもカイジン師匠というゴーストから、マシンドールに憑依した例はあるが、そういうことは考えたことがなかったな。やはり過去の天才は、目の付け所が違う。
なお彼は本が本体でありながら、その存在を自由に変えることができるらしい。人の姿だったり本だったり、自身を異空間に収納したりとか云々。……正直俺にはついていけなかったが、ハクは『わからないなら難しく考えなくていい』と言っていた。
「召喚魔法みたいなものだよ。必要な時は呼んでくれればいい」
何か崇高な使命があるでもなく、彼は自堕落にのんびり過ごすのだという。
「本なんて、そんなものでしょ。読まれない時なんて、ずっとぐうたらしているさ」
必要になったら、その『大抵のことはできる』能力や、伝説の魔術師のお知恵をお借りしようということで、ハクの扱いについては落ち着いた。
ちなみに、セラータをアラクネから元の人間に戻せるか聞いてみれば、『今の段階では難しい』と返された。
「興味深くはあるね。完全に元通りに、という注文なら時間をくれ。何とかしよう」
「……わかった。頼む」
請け負ってくれたものの、タイトルから漂う怪しいもの感や、触れられない呪いがついていた件もあって、俺はメントゥレ神官長に一度相談することにした。
「まあ、貴方やニニヤさんをマスターだと認めたようですし、持ち主が悪用しない限りは問題ないと思いますよ」
「そういうものかい?」
「ええ、そういうものです。……だから、使い方には気をつけてくださいね」
メントゥレは穏やかに言った。
「かなりの自由人のようですから、不穏な行動を取るようなら、処分するくらいの心構えでいたほうがいいかもしれません」
「了解。あなたがそういうなら、気をつけておく」
あれも一応、危険物って扱いになるのかな……。
「それにしても、何でマスターが俺とニニヤなんだろう?」
「優秀だからじゃないんですか?」
魔剣と神聖剣を扱うSランク冒険者にして神聖騎士と、才能溢れる美少女魔術師!
「いや、それを言ったらメントゥレ、あなたも優秀だ」
俺が気になっているのはそこ。優秀云々で言うなら、メントゥレは大変頼りになる人物だった。
「あの本の中の冒険は、俺とニニヤだけではヤバかったと思う」
「またまた。貴方たちはとても強かった。それに回復魔法だっておふたりは使えた。私でなくても……」
「いや、俺たちだけだったら、もっと疲弊していた。3人いたこと。あなたが俺たちのケアとサポートをしっかりこなしたことが、大事だったんだ」
自分だけなら無理していたかもしれない場面も、彼は察して声を掛けてくれた。ニニヤが精神的に疲れている時も気遣い、思い詰めないように助けてくれた。……正直に言って、俺にそこまでのケアができた自信はないんだよな。ダイ様やオラクルも、助言はできたかもしれないが、そこまでだ。
「さすが神官だけあって、回復魔法も早かったし効果覿面だったよ。あなたは間違いなく、今回の功労者だ」
「……意外でした」
メントゥレは、素朴な表情を浮かべた。
「神聖騎士のヴィゴと言えば、勇猛果敢な冒険者。数々の冒険をくぐり抜けた歴戦の猛者だと聞いていたので、我々のような神官をそこまで立ててくださる方とは……」
「俺ひとりで、ここまでやってきたわけじゃないから」
こそばゆいな、この人の言うことは。
「仲間がいて、皆が頑張った結果だからな」
だからこそ、俺はメントゥレを評価したい。
「貴方のお仲間は幸せ者だ。羨ましいことです」
メントゥレは微笑した。
「神官長……?」
「いえ。白獄死書の件ではお世話になりました。貴方は私を認めてくれましたが、貴方やニニヤさんがいなければ私も、おそらく命を落としていたでしょう。ありがとう、神聖騎士様」
「こちらこそ。ありがとう、神官長殿」
俺たちは握手した。メントゥレは頭を下げる。
「では、報告があるので、私はこれで。幸運を」
「あなたも」
・ ・ ・
今回の本の世界の冒険は、外にいたアウラやヴァレさん、騒動を聞いて駆けつけたモニヤさんや魔術師たちも見ていた。
白獄死書の中に閉じ込められた俺たちを助けるために、教会の関係者や元プリーステスのモニヤさんが呼ばれ、魔術書だからと魔術師も呼ばれたが、結局、俺たちが最終ページを突破したことで帰ってこれた。
「ニニヤ・ロンキドをSランク魔術師とする」
「……はい?」
これには聞いていた俺はもちろん、当のニニヤもビックリしていた。
「あ、あのまだ試験、受けていないんですけど……!」
動揺するニニヤに、師匠であるアウラは意地の悪い笑みを浮かべる。
「魔術師試験には、上位魔術師が同席して、実技や魔法知識、その他試験をするんだけど……大勢の試験担当級の魔術師が、アナタの魔法を見ていたのよね」
本の世界の冒険は、勝手に開かれる本によって、外にいたギャラリーたちに目撃された。
イラやセラータ、ヴァレさんと、娘を心配するモニヤさんも、俺たちが自然に立ち向かい、ドラゴンなどの化け物と戦う様を、固唾を呑んで見守っていたという。
俺の魔剣や神聖剣の強さもさることながら、ニニヤが要所で見せた上級魔法や大魔法。アウラの解説を得て、目撃していた魔術師たちは、全会一致でその実力を認めたのだった。
これだけの魔術師が注目した中で、受験者が認められた例は、古今例がない。アウラの時だって3、4人だったが、今回はその数倍の魔術師が見ていたのである。
「おめでとう、ニニヤ!」
モニヤさんもヴァレさんも、ニニヤのSランク魔術師昇格に大喜びだった。
「15歳でSランクなんて、くぅー、私を超えたわねぇ!」
悔しがるヴァレさんに、モニヤさんが言った。
「あなただって16歳でSランク魔術師になっていたじゃない」
「そうだけどー」
そんなヴァレさんに、アウラはニヤニヤして言った。
「ニニヤはワタシが育てた!」
「っ! 彼女に魔法を教えた歴は私のほうが全然長いんだからね、師匠!」
かつての師弟がじゃれているのを、モニヤさんは笑顔で見守る。まだ実感がわかない様子のニニヤに、俺は声を掛けた。
「おめでとう、ニニヤ」
「あ、ありがとうございます、ヴィゴさん! ここまでこれたのは、ヴィゴさんのおかげです!」
「えー、ワタシたちのおかげはー?」
アウラが口を挟んだ。こらこら、お師匠さん、大人げないからやめなさいって。
ともあれ、魔術師試験を受ける予定だったニニヤは、実戦という名の試験で認められ、ウルラート王国の最年少Sランク魔術師となった。
ランク認定を告げた老魔術師は、しばし俺たちのやりとりに固まっていたが、咳払いして言った。
「えー、ニニヤ・ロンキド。そなたに、スペルキャスターの称号を授けるものとする。これからはマジシャンではなく、スペルキャスターを名乗るように――」