ヴィゴが闇鳥に乗って、レヴィアタン・ミウィニュアへ突撃する様を、リベルタの仲間たちは身を隠しながら目撃した。
何故、隠れていたかといえば、レヴィアタンの大突起からの攻撃の威力が46シー規模の破壊力のため、迂闊に出ていると危ないからである。
「ヴィゴさん……!」
ダークバードが、レヴィアタンからの攻撃に落とされるたびに、ルカは心臓がギュッと締め付けられた。
歯がゆい。ヴィゴが危険に飛び込んでいる中、何もできずに見守ることしかできないのが。
それはルカだけではない。アウラは焦りを押し殺しているし、シィラは歯噛みする。ルカにはこの妹が自分もあの場にいて戦いたいと思っているのだと察した。
気持ちはわかる。
でも、それは叶わない。ルカは知っている。自分やシィラがあの場にいたとして、いったい何の役に立つというのか?
いかに魔法剣ラヴィーナや魔法槍タルナードがあろうとも、巨大過ぎるレヴィアタンを前にしては、大したダメージも与えられない。
わかっているのだ。だけど、それでも悔しい。何もできないことが。
「ヴィゴ……」
そしてここにも悔しそうにしているものがひとり。ヴィオ・マルテディ。聖剣使いの少女だ。
「……凄い」
何ということだろう。巨大な大海獣が打ち出す火球の雨の中を敢然と立ち向かうダークバードと、その背に乗った勇敢な騎士。
なんだこれ、なんだこれ――ヴィオは思った。
「まるで、物語の勇者じゃないか……!」
悪のドラゴンに立ち向かう勇者。伝承の1ページを抜き出したかのような光景。その後ろ姿に、羨望を感じずにはいられない。
この胸の高鳴りは、騎士の理想。英雄の戦いを目の当たりにできた僥倖。
羨ましい! 嫉ましい! ――どうして僕はここにいるんだ!
憧れてやまない聖剣の勇者が戦っているのに、見ていることしかできない。無力感が込み上げる。しかし興奮を隠せない自分もいた。勇者が、巨大なレヴィアタンを仕留めるその瞬間を見届けたいと願うヴィオがいた。
驚きという点では、セラータもまた同じだった。ヴィゴが魔剣を手に入れたことは知っていた。気づけば神聖剣も手に入れていた。そしてSランク冒険者。
その彼の活躍ぶりは目を見張るものがあった。だが、人間が束になっても敵わないだろうレヴィアタンに、ひとりで立ち向かう姿には完全に心奪われたのだった。
かつてパーティーにいた時の彼が、まさかここまでの存在になるとは……。自分の小ささ、見る目のなさに落ち込みもした。
「イラ」
セラータは口を開く。
「ヴィゴ様は、いつもああなのですか?」
「そうですよ」
イラはうっすら微笑んだ。
「先陣切って危険にも飛び込んでいく。それがどんな敵だったとしても。わたしたちが倒せない敵だって、倒してしまうんです」
巨大邪甲獣トルタル、ナハルを倒し、黒きモノを倒し、邪甲ゴーレムを倒し、ゴブリンキングと魔剣を倒した。
「……あの方は、守護者様ですから」
ファウナが言った。
「そしてあの方に仕えている以上、わたくしたちは、あの方の役に立たねばなりません」
エルフの姫巫女は、アラクネを見る。
「……呆けてばかりもいられません。感心するばかりでも。……たとえ、あの方に及ばなくても、お支えすることはできるはず」
大きな爆発が起きる。一瞬の光の後、レヴィアタンが湖に倒れ込む。
倒したのだ。リベルタクランのリーダー、ヴィゴ・コンタ・ディーノが、大海獣を仕留めたのだ。
・ ・ ・
レヴィアタンを撃破し、俺たちは仲間たちの元に戻った。
ダークバードから降りたら、皆が駆け寄ってきて――
「ヴィゴさん!」
「ヴィゴ!」
ルカとシィラに抱きつかれた。そんな勢いよく突っ込まれたら倒されちまう! ということで、とっさに両手を前に出したら、けしからんものに触れたような気がしたたが、そのままハグされたので、結局ノーカンだ。レヴィアタンを倒した俺が仲間に押し倒されてはカッコがつかない。
しかし、シィラはともかくルカから抱きつかれるとは、何とも積極的。
「まーた金星あげたわね、ヴィゴ」
ニヤニヤしながらアウラが腕を組んだ。
「もうこれ以上、名だたる魔物を倒してもランクは上がらないわよ」
情熱的なハグから解放してくれそうにないルカとシィラの感触にさらされながら、俺は苦笑する。
「ほんと、よく、無事で……」
若干涙声のルカ。シィラも。
「さすがだ、ヴィゴ……」
囁くように言われてむずがゆい。……いてっ!? 何だ。頭に何か当たって――
「って、こら、リーリエ!」
妖精さんがスリングで砂粒をぶつけてきやがった。こういう時にイタズラはやめなさい!
「……お疲れ様でした、守護者様」
ファウナがやってきて、深々と頭を下げた。イラがリーリエを捕まえる。そしてヴィオがきた。
「手順が違ったんじゃないかい?」
「あ? あぁ、遠くから狙ったが当たらないからさ。懐に潜り込んで、頭ごと騎士をやっつけようと思って」
ダークバードで突っ込んだ。
「まったく、見ていてこっちはハラハラしっぱなしだったよ……」
呆れたように肩をすくめるヴィオ・マルテディ。
「でも、君は大した奴だよ、ヴィゴ。……悔しいけど、僕にはちょっと真似できないな」
何故か照れたようにヴィオは赤面する。
「うん、まあ、その……かっこ、よかったよ、うん……」
「何だって?」
ごにょごにょと言われてはよく聞こえんのだが?
「何でもない!」
大声で言うと、彼女はそっぽを向いた。何だよ、もう。
それはそれとして。
「皆聞いてくれ。レヴィアタンは倒したけど、カイジン師匠とゴムがセッテの町でまだ戦っている。救援に行くつもりだけど、戦えるかな?」
「もちろんです!」
「腕が鳴るな!」
ルカとシィラが真っ先に答えた。他のメンバーたちも頷く。
では、セッテの町に戻るぞ!