コーシャ湖のレヴィアタンは、どうも隣領の町チェネレを攻撃しているらしい。
最初の攻撃以来、こちらには仕掛けてこないので、しばらく様子見をしていた俺たちだけど……。
「――どうだい、ダイ様?」
「うむ、レヴィアタンの頭に人がおる。魔剣使いのようだ」
ダイ様が、ダークバードの視界で得た情報を教えてくれた。
「騎士のようだが、いつぞやの黒装束の連中みたいな感じだ」
「……例の王城襲撃者どもの仲間か」
俺は憤りをおぼえた。国王陛下を襲い、王都に被害をもたらした謎の敵集団。魔族の犯行に見せかけたどこかの国の工作員の可能性もある奴ら。
「ラーメ領の魔物出現も、奴らの仕業だったってことか?」
「その可能性もでてきたなぁ」
ダイ様がポリポリと頭をかいた。
「さて、どうするね?」
「放っておくわけにもいかないだろ」
チェネレの町は、いずれ第二次討伐軍がラーメ領に入る前の拠点として通過する場所だ。まだ肝心の討伐軍はいないが、そこに住んでいる人たちのこともある。
「早く何とかしないと被害が拡大する」
「問題は、どう始末をつけるか、ね」
アウラが考える仕草をとる。
「相手は湖の上。歩いて近づけるわけがないし、あの巨体よ。ワタシたちの持っている武器なんかじゃ歯がたたないわ」
「推定全長270メートル」
ダイ様が捕捉した。ドリアードの魔術師は肩をすくめた。
「仮に地面の上だったとしても、近づいたらこっちが潰されてしまうわ」
「まず、こちらからの攻撃でレヴィアタンに有効打を与えられる攻撃って何だ?」
俺が問えば、アウラはすかさず返した。
「アナタの魔剣か、神聖剣くらいじゃない。あとはヴィオの聖剣?」
「あれに近づいて攻撃?」
そのヴィオが首を横に振った。
「自信はないな。効くとは思うけど、相手が大きすぎる」
一発で致命傷を与えられない。倒す前に反撃されるのがオチである。人間などプチっと潰される。
巨大大蛇型邪甲獣ナハルを持てるスキルで掴んでぶん回して、死ぬまで地面に叩きつけたが……水上では足場がないから無理。持てるんだろうけど、泳ぎながらは叩きつけられない。
「仮に、レヴィアタンを、黒い騎士が操っているとして、そいつを倒したら、レヴィアタンはどうなる?」
「ふむ……まあ、あのレヴィアタンが魔剣の作り出したものなら消えるかもしれんが――」
ダイ様が唸る。
「純粋に操っているだけなら、制御する主がいなくなり、辺り構わず暴れまわるのではないかー?」
「イラ。……その銃で撃てる?」
俺は、メイド服のイラに視線を向けた。彼女が最近愛用している武器である長銃の射程はかなり長い。銃の中に螺旋が刻み込まれていて、撃ち出す弾を回転させて飛ばすために弾道が安定して命中精度が上がるらしい。……少し見ない間に何か見慣れないパーツがついているが。
「湖の浜からなら、ギリギリ狙えるかと思います」
ただ、とイラは表情を曇らせた。
「位置の都合上、レヴィアタンの正面に近いですから、向こうから丸見えです。こちらは身を隠しようがないので、先に撃たれたらこちらがやられます」
「うーん……」
やるなら、敵の注意を引く囮が必要だな。
「ダークバードで接近するか?」
とりあえず提案してみれば、ダイ様は複雑な顔になった。
「空から近づくのも、あまりお勧めできんな。見てみよ、あやつの背中の突起」
レヴィアタンの背中に波打つように無数に生えている刺のような突起。そのうち大きな三つが、先ほどから発光し、時間を置いてチェネレの町に爆発と煙が上がる。
「攻撃能力があるのが、三つだけとは限らん。小さな突起も、懐に飛び込んだ敵へ攻撃をしてきたら……」
「ただの突起だと思いたいけど、確かに撃ってきたら……ヤバいな」
確証もないのに迂闊に飛び込んだ時、払わされる代償は自身の命だ。
「遠距離攻撃は困難。浜から攻撃するのはこちらが先に潰される……」
「46シーならば、いかにレヴィアタンと言えどひとたまりもあるまい……!」
ダイ様は腕を組み、子供がない知恵は絞るように眉間を寄せる。
「しかし、当たらないことにはな……」
「でも距離があって、届かないだろう?」
浜からとか。俺が指摘すると、ダイ様は哀れむような視線を向けた。
「はあ? 我の46シーの射程を舐めるな。レヴィアタンがチェネレの町とやらを攻撃しておるが、我の46シーでも余裕で届くわ!」
「と、届くのか、そんな長距離から……」
「だが、お主も剣を振ってみればわかるだろうが、遠ければ遠いほど正確に当てるは難しい」
あー、まあ、そうだよな。たとえチェネレの町から46シーを使おうとしても、コーシャ湖のレヴィアタンが見えるか?――という話だ。
たとえ目で見える距離だとしても、遠ければ遠いほど狙って当てるは難しいかもしれない。
「……振らないと駄目?」
剣先を目標に向けたまま46シーが放てれば、グンと当てやすくなると思うんだが。
「できるが、威力が落ちるぞ」
ダイ様は腰に手を当てた。
「そこらの雑魚モンスターの集団を蹴散らすなら問題はないが、ドラゴン級の強固な装甲は抜けんやもしれぬ」
「いや、それでも狙えるならやりようはあるぞ」
うん、この手ならうまく行くかもしれない。水上かつ遠距離では、俺の持てるスキルは使えないが、46シーが届くのであればいける!
「でも、ヴィゴ。攻撃するにも浜からは無防備。ダークバードに乗っても反撃されるかもしれないんでしょ?」
アウラが疑問を口にした。俺は、ビッとある一点を指した。俺たちのやりとりを見ていた仲間たちが、そちらを見て――リーリエが「あっ!」と声を上げた。
「セッテの町!」
「あそこなら隠れる場所はある」
町は現在、無人。いるのはアンデッドばかり。どうせ処理しなければいけないのだから、あわよくばレヴィアタンの攻撃で一緒に吹き飛ばせられたら最高。
「でもレヴィアタンの攻撃は強力よ?」
「いくら隠れるところがあると言っても、危ないよ」
アウラ、そしてヴィオが不安な顔をした。俺は肩をすくめる。
「大丈夫。こっちには絶対無敵防御力を誇るゴムさんがいる」
よんだー?――と黒スライムが、ポンと弾んだ。サタンアーマー・スライムの耐久性は、聖剣技以外のあらゆる攻撃を無効化する。これに町の障害物で隠れれば、レヴィアタン側からは俺の発見は難しくなるって寸法だ。
隠れながら、成功するまで攻撃を繰り返す。以上!