目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第192話、それは本当にルース?


「くっ、くそ! 何をしている! さっさとその男を殺せ!」


 雨が降り注ぐ中、フレッド・コーシャ伯爵は血相を変えて叫んだ。


 シレンツィオ村のはずれ、かつてホルバ屋敷と呼ばれた瓦礫の山の前である。コーシャ伯爵の連れてきた騎士と兵士が、それに戦いを挑み、ことごとく返り討ちに合っている。


「悪魔に取り憑かれた男、ルース・ホルバ! 娘を、エルザを返せ!」

「エルザ……?」


 灰色肌の暗黒騎士――ルースは無感動な瞳を向ける。彼に向かってきた騎士が、一刀両断される。


「ククク、哀れなり、コーシャ伯爵」


 後ろで高みの見物を決め込むのは、ペルドル・ホルバ。ヴィゴたちに追い詰められ、屋敷を自爆させた男――しかし、彼は生きていた。


 屋敷を吹き飛ばすと聞いて、ヴィゴたちは退避したが、その隙にペルドルも地下への秘密の抜け道に飛び込んで脱出したのだった。


 そしてヴィゴたちが立ち去ったのち、残骸をひっくり返して、ルースの死体を発見。それを秘密研究室に持ち帰った。


「――さらわれた娘を取り戻しにきたようだけど、貴方の娘はここにはいないよ」


 ペルドルは歪んだ笑みを浮かべる。エルザは化け物に改造したから。そしてその化け物は、おそらくヴィゴたちに倒されただろう。つまりもうこの世にはいない。


「ペルドル、貴様ー!」

「そのルースに聞いても、たぶん無駄だよ。だってそのルースは、ルースであってルースじゃない……かもしれないんだから」

「な、何を言っているんだ?」

「貴方には分からないよ。ああ、間違いない」


 コーシャ伯爵の前にルースが立った。剣を振り上げ、一閃。伯爵の首が飛んだ。


「私が彼を再生させた。生前の記憶に従って動いているけれど、それって本当にルースなのかな……? 私に分からないんだから、伯爵にも分からないよね?」

「兄さん、終わったよ」


 ルースだったものは言った。屋敷に戻ってきた時のツキハギ言語はすでになく、すらすらとした口調だ。ただし、感情は感じられないほどそっけないものだが。


「上出来だよ、ルース。じゃあ私たちも、そろそろ出かけるとしようか。ラーメ領だったか? お前の上司がいるのは」


 ペルドルはニヤリとした。弟の体を改造した者たちに、ぜひとも会っておかねばいけない。


「ウルラ」


 ルースが呼ぶと、ブラックドラゴンが近くに潜んでいた森から飛び出して降りてきた。


『ペルドル、ルースは完全に復活したんだね?』


 ドラゴンは呼びかけた。屋敷が吹き飛ぶところを見ていたし、現れたペルドルと一緒にルースを探した。


 彼が、ルースを復活させるというので、今まで森に潜んでいたのだが。


「ああ、ハイブリッドとしての能力はもちろん、不完全だった部分も私のほうで修正しておいた。少なくとも、君がここに来た時より、ルースは強くなっているよ」

『そう……』

「ついては、私も君たちの上司に会わせてくれないか?」

『ボーデン?』

「そんな名前だったはずだ。……なあ、ルース」


 コクリと頷くルース。ウルラは警戒する。


『ボーデンと会ってどうするというのかな?』

「私も錬金術師の端くれでね。ハイブリッドやその他、人を変異させる研究の専門家でもある。ぜひ、私もその研究に協力したいというのさ」

『それ、本気かい? 彼らは、この国にとっては敵だよ?』


 ブラックドラゴンは目を鋭くさせた。ペルドルは薄い笑みを浮かべる。


「私にとって、研究できればどこだろうと関係ないのだよ。自分の住んでいる国がどうとか、敵対国の人間がどうとか、私にはまったく関係ない」

『……怖い人だ。それ、本心だね』


 ウルラは、ふっとため息のような吐息を漏らした。


『いいよ。ただし、信用されるかはペルドルと、ボーデンが決めることだ。ボクは手伝わないよ』

「ああ、君はボーデンが聞いたら、見た通りを話せばいい。特に口添えをする必要はないよ」


 ペルドルは自信ありげに言い放つのだった。



  ・  ・  ・



 セッテの町の敵は排除されつつあった。


 俺たちリベルタは、二度目の攻撃で、町にいたアンデッドの大半を片付けた。最初の攻撃の後にカイジン師匠らが仕掛けた攻撃で、順調に数を減らしたのも影響している。


 ダイ様のダークバードによる観測でも、こちらの攻撃で減った数が増えていないのを確認した。


 このまま全滅させれば、セッテの町の奪回は可能ということだ。


「この人数でもどうにかなってしまうものなんだね……」


 そう感心を露わにしたのは、ヴィオだった。


「ただ、前回の討伐軍は、町で魔物と戦っているいる間に、数度の敵の増援と戦っていた。今のところその様子はないけど、これから攻めてくるかもしれないよ」

「どうなんだ、ダイ様?」


 俺が確認すれば、魔剣少女は鼻をならした。


「見張らせている他のダークバードによれば、街道砦の方にも動きはなしだ」

「つまり、今のところは増援はなし、と」


 俺はヴィオに聞いた。


「前の討伐軍の時は、魔物だった?」

「ゴブリンとかオークもいた。でも今はアンデッド系なんだよね……」


 神妙な顔をするヴィオ。そこへアウラがやってきた。


「討伐軍がやっつけたから、それ系の敵がもう残っていないんじゃないの?」

「まあ、リベルタだけで町を落とせたのは大きい」

「まだ、落としてないわよ?」


 アウラが挑むように言った。


「残党掃除はちゃんとやっておかないといけないわよ? 特にアンデッドはね」


 ゾンビに噛まれるとゾンビになる、なんて話もある。ちょっとした油断や事故が大惨事を引き起こす可能性もある。俺は頷いた。


「ああ、油断しない。残党捜索はゴムの分裂――」


 喋っている途中、巨大な咆哮が辺り一帯に響き渡った。これにはその場にいた全員が、そちらへと顔が向いた。


「……今のは?」


 湖の方向。セッテの町の近くからは微妙に遠いのだが、その魔獣の野太い咆哮は確かに聞こえた。


 アウラが首を横に振った。


「ねえ、ヴィオ? 討伐軍ってドラゴンと戦ったりした?」

「下級のドラゴンなら何体か」


 ヴィオの表情は青ざめている。


「でも……あんな大きな声のドラゴンとか、そういうのは知らないよ!」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?