アラクネにされてしまったアルマだが、メイド服が意外とマッチしていた。
「これはあれだな。上半身をちゃんと飾り立てれば――蜘蛛部分の違和感が緩和される」
俺は、当人を前にしていたので、かなり言葉を選んだ。蜘蛛部分の不気味さ、とか、たとえ真実でも、アルマを傷つけてしまうだろうから。
本人が望んでこうなったわけではない。だから、彼女を苦しめるようなことは言わないように心がけたい。
とはいえ、足の動きを見てしまうと、やっぱり慣れが必要だとは思う。
「ケンタウロスだって、あれで裸族チックな格好をしていなければ、割と普通に見られると思うのよ」
アウラは指摘した。ケンタウロス――上半身は人、下半身が馬という亜人種族だ。知的で賢いという話もあれば、蛮族という風潮もあって、正直よくわからない。会ったことがないせいだが。
それにしても――。メイド服姿の仲間たちを眺める。
ルカは意外にノリノリのようだ。スカートをつまんで、くるりと一回転。可愛い。フリフリの格好を彼女もしたかったという願望があったのかもしれない。……ほら、彼女、背が高いから。
一方で、シィラは完全に借りてきた猫のようだった。お洒落っぽい服装が恥ずかしいのか。メイド服はお仕事着ではあるのだが、彼女にとってはどうも落ち着かないようだった。普段からワイルドなイメージがあるシィラだからな……。
ワイルドで言ったらネムもそうなのだが、こちらは羞恥より珍しさのほうが勝っているようで、実に楽しそうだった。少し大人びて見えるのは衣装効果か。
対して、完全にメイドな着こなしと仕草なのは、ファウナである。もともと控えている印象のエルフの姫巫女さんは、最初からメイドだったかのように隙がない。似合っている。美人。それ以外に出てこなかった。
そして――ディー。
「……」
何これ。お前、男の子なんて嘘だろ? 滅茶苦茶似合っていた。どこからどう見ても女の子である。狼耳がピクピクしてこれがまた……。獣耳メイド少女――要素てんこ盛り。
本人がとてもとても恥ずかしがっているので、直接のコメントは口には出さないけど、嫌なら断ってもいいんだぞ。俺だったら拒否しているんだから。
「駄目です、これもアルマのためですから」
そう言ったのは外道――もとい、にこにこシスターのイラだった。巨乳シスターさんもメイド服だが、これも違和感ない。
「アルマが人前にも出られるように、これもリハビリです」
しれっとイラは言った。アラクネの姿となってしまったアルマ。人からは化け物のように見られてしまうその姿だが、仲間内でそういう偏見を和らげようと言うのだろう。
「しかし何でまた、メイド服……」
「わたしが着たかった衣装のひとつだからです」
「はい……?」
「まあ、一例ですよ。とにかくアラクネでも違和感ない格好を模索した結果、そうなったといいますか」
「よくアルマが認めたな」
彼女、騎士の家庭に育っているから、メイドって下に見ているんじゃなかろうか?
「リハビリのためですから。彼女が引きこもらないように、皆様には、お手伝いしていただきました」
みんなでメイド服を着れば、アルマも恥ずかしくないってか? いや、彼女も恥ずかしいがっていたが。
「もっと恥ずかしがっている子がいたので、たぶんアルマも気分が楽になったと思いますよ」
「ディー……」
そういうことだったのか。男の子であるディーが、嫌々ながらもメイド服を着たのって、絶望しているアルマを少しでも元気づけようとする精神的治療の一貫だったのだ。……精神的ダメージを自分も受けているようではあるけど。
「いい奴だな。あいつ」
「立派な治癒術士さんですよ。……わたしなんかよりも」
すっと、イラが視線を逸らした。何をおっしゃる。あなたもシスターとしてよくやってくれているじゃないか。元パーティーメンバーであるアルマに、ここまで献身的に復帰を手伝ってあげようとしている。俺でも、そこまでケアしてやれないのに。
そう考えると、リベルタの面々は優しい子ばかりだな。ルカはまあ、あの性格だから面倒見はいいんだけど、シィラも恥ずかしく思いながらも協力しているし。ファウナも、決して積極的ではないが、周りの声に応えている。
「アルマはどうだ……? メイド服を着たってことは、気分も少しは落ち着いたってことか?」
「ええ。少しずつ前向きになっていると思いますよ」
イラは目を伏せた。
「さすがに家族から拒否されてしまいましたから、凄く傷ついたはずです」
「あの時の衝撃は、やっぱデカかっただろうな」
実の父親が剣を抜き、殺そうとした。それを目の前で見たわけだから。肉親でさえ、それなのだから、アラクネの姿を呪いたくなるのが普通なのかもしれない。
けれど、彼女は人間だ。その姿に変えられたしまっただけで、人間なんだ。心まで化け物にしてはいけない。
「確かに衝撃的でした」
イラも現場に居合わせた。
「でも、悪いことばかりではなかったと思いますよ」
「どういうことだ?」
「わたしに言わせるんですか? 罪深い人ですね」
イラは楽しそうな表情を浮かべて、俺の顔を下から覗き込む。
「アルマは、お父様から殺されそうになった時、何も言わずに庇ってくれたヴィゴ様に心を奪われてしまったようですよ」
「え……?」
何、だと……。心を奪われた、って……ど、どういうこと?
「自分は嫌われていると思っていたのに、ヴィゴ様が有無を言わさず守ってくれた――アルマの心を塗り替えてしまったんですよ。アルマの言い分からすると、父親から与えられた一生消えないトラウマの光景が脳裏によぎるたびに、ヴィゴ様が助けてくれた光景がそれを上書きしてしまい、気づいたらヴィゴ様のことばかり考えているようです」
「へぇー、記憶の上書きね」
黙って話を聞いていたドリアードの魔女さんが、ニヤニヤして口を挟んだ。
「何だよ、アウラ?」
「ショック過ぎて記憶をなくすって話は聞くけど、苦痛の緊張をドキドキで麻痺、変換してしまったのね。毒をもって毒を制するわけじゃないけど、心を守るために似たような別の感情に置き換えてしまったと」
そう、なのかなぁ? そのアルマは、ルカやシィラの陰から、俺のほうをチラチラ見ている。恥ずかしがっているのは衣装やアラクネ姿のせいではなく、恋愛感情で照れているから……なのか?
「狙ってやったわけじゃないのはわかるけど、タイミングはこれ以上ないほどバッチリだったわね」
アウラはニヤニヤを引っ込めた。
「まあ、心が壊れなかったんだから、恋でも何でもいいわよ。普通なら、再起できないほどズタズタで、命を絶っていたかもしれない。それに比べたら勘違いでも何でも」
「そうだな……」
自殺なんかされたら、ほんと寝覚め悪いし。それなら勘違いでもいいさ。
「案外、本物の恋愛になるかもしれないわよ」
アウラはまたもニヤニヤした。
「とりあえず、元の姿に戻す方法も探してあげないとね」
「そうだな」
このまま一生、アラクネの姿でいなければいけないってこともないし。戻せるなら、戻してあげたい。