「それにしても、壁を持ち上げるなんてねぇ……」
アウラは、引っ込んだ壁の後を見やり苦笑した。
「正直、ヴィゴが錯乱したのかと思ったわ」
『必死じゃったのぅ』
オラクルが、からかうように言った。
『助ける!――じゃったか? 主様も男だったのぅ」
やめろよ、皆の前で。恥ずいじゃねえか。
「あー、羨ましい」
シィラが肩をすくめた。
「あたしの窮地の時もこんな風に助けて欲しいものだ」
「強いお前が窮地になることなんてあるのか?」
照れ隠しでやり返したら、シィラはそっと視線を逸らした。
「ま、まあ、あたしは強いからな。早々に後れはとらんが……でも」
頬を赤らめて、シィラは顔を背ける。
「あたしが危機に陥ったら……さっきのように、助けて、くれ……」
めちゃくちゃ照れながら言うものだから、俺もムズっときた。ふだんの頼れる女戦士じみたシィラから、まさかこのような反応が来るとは。
「あー、シィラ、顔まっかー! うけるー!」
リーリエが笑う。シィラは「うるさい!」と妖精さんを捕まえる。
「あー、はいはい、ごちそうさま」
アウラが背を向けた。
「ファウナと周りを警戒してるから、ごゆっくりどうぞ」
「あたしも警戒するぞ!」
シィラも周辺警戒へとつく。ここはダンジョンだから全員が気を抜いていてはいけない。その点、ファウナとネムとゴムは真っ先に見張りに立っていた。
俺は、いまパーティーが停止している理由である、ルカとディーのそばで膝をついた。
「どうだ?」
「え、ええ、大丈夫です……っ」
ルカが赤面している。あれか、俺があのサソリもどきから助けたから惚れちゃった?
「……」
「ディー、何か言ってくれ」
ルカが押し黙ってしまったので、ちょっと気まずかった。
「治癒が効いたので、傷は残っていますけど、たぶん継続して治療すればもとに戻ります」
「よかったな、ルカ」
乙女の肌に傷が残るのは本人的にも嫌だろうし。
「今は出血したので、あまり派手に動かないほうがいいです」
「だそうだ、ルカ」
ダンジョンのど真ん中だから、入り口まで戻るのは難しいけど。前衛はさせられない。
「すみません。足を引っ張って……」
ルカが暗い顔でうつむいた。ほんと、真面目なんだから。
「誰だって可能性はある。今回はルカだったってことさ。気にするな」
俺は立ち上がる。
「戦いになったら、ルカはどうせ参加するだろうから、移動はゴムに乗っていけ。弓はいいけど、剣はなしな」
はい、とルカは頷いたけど、あまり調子はよくなさそう。これが血が足りない影響なのか、普通にへこんでいるのか……たぶん両方だろうな。無理はしてくれるなよな。
さあ、出発だ。
ダンジョン内のミノタウロスの掃討……あと何体いるかしらんけど。
「それにしても、あの虫みたいの何かしらね」
アウラがサソリもどきを思い出したか顔をしかめた。
「人に取りつくなんて、気味の悪い生き物。あんなのは初めて見るけど」
前世がSランク魔術師だった彼女すら知らない魔物とは……。このダンジョン、ただのミノタウロスがいるだけの迷宮じゃないってか。
・ ・ ・
長い長い通路を歩いた先に、ようやく広い空間に出た。
耳をつんざく咆哮。化け物が待ち構えていた。
「なんだこれ……!」
「キマイラ……!」
アウラが呟いた。
ライオンの頭を中央に、右に山羊、左にドラゴンの頭がそれぞれあって、背中には巨大な翼がある。逞しい胴体に四足、さらに尻尾は大蛇と、モンスターを無理やりくっつけたような、まさしく化け物がいた。
「気をつけて。ワタシの知っているのと少し違うけど、キマイラなら口から炎を吐くからね!」
ドリアードの魔女が警告してくれる。俺は超装甲盾を手にキマイラの正面に陣取る。炎を吐くって? 迂闊に飛び込むと危ないってことか。
なら、魔剣よりも距離を選ばない神聖剣の方がいいか。俺は剣を持ち替える。
その間にアウラが先制の氷魔法アイスブラストを放った。ルカも弓から矢を撃つ。しかし、これらの攻撃は、キマイラに当たり、怯ませたが、致命傷にはほど遠い。
咆哮。面の皮は厚そうだ。
「食らえよ!」
オラクルセイバーから電撃が弾けた。サンダーボルトが獅子顔に直撃! するとドラゴンヘッドが紅蓮の炎を吹き出した。
やべっ! 盾で防御。俺の後ろには、離れているとはいえ、ファウナやルカがいる。避けてくれるかもしれないが、防ぐのも前衛のお仕事。
「あちっ、あちち!」
直接は触れないが高温の空気が肌をひりつかせた。超装甲の邪甲獣板でなければ、盾でも防げたか怪しいな。
山羊頭も炎――ファイアブレスを吐き、シィラは後退する。盾なしだから、こういう時、シィラは下がるか回避するしかない。サタンアーマー製の防具は、おそらくこのブレスさえ無効なんだろうけど、顔などの肌が露出している部分はそうはいかない。
守勢に回ってもいいことはなさそうだ。だったらさっさと決める!
「オラクル、やるぞ! セブンソード!」
神聖剣に光が走る。ゴブリンキングを仕留めた聖剣七連撃が、巨大なキマイラに殺到する。光が、雷が、氷が、風が、水が、炎が、大地が刃を突き立て、魔獣を切り刻む。
天に響く絶叫。悶えるキマイラ。……こいつ、まだ動くか!
「ヴィゴ、あたしが肉薄する!」
シィラが、トドメを刺すべく駆ける。……そういうことなら。
「シィラ、乗れ!」
俺はダッシュブーツで加速。シィラの前で超装甲盾を水平にする。これで伝わるか?
シィラが前へジャンプした。意図は伝わった。盾の上に乗ったシィラを、俺は踏み台よろしく盾を持ち上げた。
「行っけぇ!」
即席の踏み台で飛び上がったシィラは魔法槍を突き出し、ダイブアタック。――と、キマイラの尻尾である大蛇が動いた。
セブンソードの死角にいたため無傷だったのだ。シィラへと伸びるキマイラの尾。
「やらせません!」
ルカが矢を放つ。強弓一閃。大蛇の目を矢が射抜き、その軌道がズレた。その間に、シィラはキマイラの胴体に魔法槍タルナードを突き立てた。
「弾けろっ!!」
風の魔法槍が体内からキマイラを掻き回した。派手な血しぶきを上げて、巨大合成獣は果てたのである。