ペルドル・ホルバは、ルースにとって十以上も歳が離れた兄となる。
30代半ば。長髪で、整った顔立ちと美形である。頭がよく、かつては人当たりがよかったから村では人気の魔術師だった。
しかしルースがシレンツィオ村を出る頃には、人とあまり会わなくなり、工房にこもって研究に没頭していた。
「いやあ、お前が素晴らしい体で戻ってくるとは、いったいどうしたんだ?」
ペルドルは、人外になったルースを見ても怖がらなかった。むしろ目をキラキラさせて、好奇心を覗かせる。
ルースは、自分の今の姿について、わかる限りで説明した。
瀕死の体に、呪血石を埋め込まれたこと。そのおかげで一命をとりとめ、ハイブリッドと呼ばれている半人間半魔族の体になったことなど――
「ハイブリッド……」
ペルドルは考え深げに頷いた。そこには微塵も哀れみや蔑みはない。ルースは惨めな気分にならずに続けた。
「――この体ハ、人間よりも力もスピードもスグレている。再生能力モ高い」
腕を肥大化させることもできるが、普通に人間と同じサイズにも自由に戻せる。
「ハダの色は変わっテしまったケド、それでバケモノはヒドイ。ボクはまだ半分は人間ダ」
「半分魔物と言っても、全体のシルエットは人と変わらない」
――しかし、言語能力に障害があるようだ……。
ペルドルは顎に手を当てる。ルースは眉を下げた。
「僕を見るニンゲンは、皆オカシいんだ。ボクの恋人ダッタ二人も――」
そう言って石の盾を見せる。ペルドルは覗き込んだ。
「これは?」
「封印の盾ダヨ、兄さん。魔法デ盾の中に人や生き物を閉じ込めて盾ノ飾りにしてしまうんだ」
女の上半身が3つ、盾の正面に刻まれている。
「これは面白い。封印ということは、生きているのかい?」
「うん、石であって石ジャナイらしい。この中デこいつらは苦痛に苛マレテいる。イイ気味ダ。ボクを拒絶シタから」
「……ひとり、コーシャ伯爵のところの娘に似ているな」
「ああ、エルザだよ」
ルースは、それぞれの飾りを指し示した。
「右端はエルザ。左端ハ、アルマ。そして真ん中ハネ、ボーデン様に刃向かった愚カナ娘、聖剣使イなんだ」
ラーメ領にやってきた討伐軍。その中で聖剣使いの聖騎士がいた。初めは男かと思ったが、打ちのめしていたら女だとわかった。封印の盾を使ってみようと思っていたルースは、聖剣使いの女騎士を実験台にしたのだった。
「はははっ、それは愉快な話だな」
ペルドルは機嫌がよかった。彼は実験が大好きだった。それが人間だろうが、女だろうが、子供だろうが、実の家族だろうが関係ない。
「ちなみに、この封印の盾に封じられた人間は、死ぬこともできずに永遠に閉じ込められたままなのかい?」
「盾カラ出さなければ、コノママだね。何人まで封印デキルかはわからナイ。十数人くらいはいけるって聞イタ」
「出すことはできるわけだ」
なるほど、とペルドルは、苦痛に満ちた表情で固まっている女たちの飾りを観察する。
「恋人と言ったか?」
「エルザとアルマはね。……ボクを見て、化け物と言ったンダ」
「それは許せないな」
ペルドルは顔をしかめた。
「そんなふざけたことをいう娘たちは、一度化け物になってみればいい。そうすれば自分がどれだけ残酷なことを言ったか思い知るだろう」
「確かニ!」
ルースは相好を崩した。
「デキルのかい、ニイさん?」
「私を誰だと思っているんだ、弟よ」
ペルドルはニヤリと笑った。
「錬金術師だよ。モノを別のモノに変えるなんて朝飯前だ。ひとつ、お前を蔑んだ愚か者を本物の化け物に変えて、懲らしめてやろう」
「イイネ! いいよ兄さん!」
ルースは喜んだ。だがそこで、ひとつ思い出し、表情を曇らせる。
「……兄さン。僕は、両親を殺シタ」
さすがに家族を手にかけたら怒るのではないか、とルースは怯えた。いくら温厚な兄とはいえ、両親が殺されたと知れば――
「そうか」
兄の反応は淡泊だった。責められてはいないが、ルースは言い訳をしてしまう。
「あいつらが僕をバケモノと言っタンだ……」
「それは酷いな。あの両親は、人を簡単に化け物呼ばわりする。愚かなことだ」
「ニイさん……?」
「気にするな、弟よ。私もあの両親には化け物と言われたよ」
飲むか?――と、ペルドルはお茶を淹れる。
「そうか、あの二人は死んだか……。どうやって殺したんだ?」
兄に聞かれたので、ルースは詳細を話した。
「ふむふむ、なるほど。なら死体は残っているわけだな。じゃあ、ルース、両親の死体をここへ持ってきてくれるか?」
ペルドルは、近所へのお遣いを頼むように言った。
「せっかくだ。私の手で作り替えてやろう。……弟たちのように」
ペルドル・ホルバ――温厚な魔術師だった彼が、両親から化け物と呼ばれた理由。それは、家族をも平気で実験材料にする狂人ゆえだった。
ルースは末っ子である。長男ペルドルの他に、次男と長女がいた。長男との間に十以上も間があるのは、別に兄姉がいたからだ。だがその二人は、もうこの世にはいないことになっている。
「じゃあ、行ッテくるよ兄サン」
「すまんな、ルースよ。だが、あのまま死体を腐らせるのは惜しい」
「イイんだ。兄さんの役に立ツナラ」
ルースは席を立った。そこでペルドルは思い出したように言った。
「そういえば、お前はいつまでこっちにいられるんだ?」
「討伐軍は蹴散ラシタから、しばらく留守にしてモ大丈夫ダト、ボーデン様ガ言ってイタ」
「なら、しばらく故郷でゆっくりできるな」
ペルドルは席を立つ。
「お前とはもっと話したいからな。……ああ、そうだ。娘たちを置いていってくれ。お仕置きで作り替えるから」
「ワカッタ、兄さん」
ルースは、ペルドルの指示に従った。久しぶりの兄弟の対面は、彼に忘れていた家族の繋がりを思い出させていた。