シレンツィオ村の外周は、外部からの侵入を阻む防壁が張り巡らされている。
表街道側入り口の門番であるキャッキは、あくびを押し殺した。
ヒマである。そもそも、こんな自給自足が基本のド田舎に人なんて、そうそうやってこない。村で採れた作物を売りに行く時期ではないし、外部から定期的にやってくるのは月に1回の行商人くらい。その商人も半月くらい前に来たので、まだしばらくは来ない。
「ヴィゴたちは、今頃、ミノタウロス討伐かな……?」
見送ってからの時間を考えれば、そろそろではないかとキャッキは思った。
ふと、村のほうで若い娘たちの悲鳴じみた声が聞こえた。
「……?」
聞き違いか。先日のミノタウロス騒動みたいなことがあれば、悲鳴は連続し、村にいる誰かがキャッキを呼びにくるだろう。
しかし、悲鳴はすぐに聞こえなくなった。また女連中が、毒蛇が出たーとか騒いだのではないか。呼ばれる様子がないので、キャッキは鼻をならした。
紛らわしい声出しやがって、まったく。
キャッキは気づいていなかった。この時、すでに異分子が村に入り込んでいたことに。
彼が気づかなかったのも仕方がなかった。それは空からやってきて、キャッキの位置から見えないルートを通って入ってきたからだ。
・ ・ ・
ルース・ホルバは唇を噛んだ。
「ナンで、わかってクレないンダ……」
思わず膝をついた。悲しかった。
「トウさん、母サン……」
殺した。化け物と喚き散らし、壁にかけた剣を取った父。化け物と怯えた目を向け、腰を抜かした母。
「ボクは、バケものじャ、ナイ……!」
久しぶりに故郷に帰ってきた。
エルザの父フレッド・コーシャ伯爵は、このシレンツィオ村の領主でもある。エルザを連れて行くのと同時に、家族の顔を見たくなったルースは、実家に帰ったのだが、待っていたのは両親による敵視と恐怖の目。
確かに肌の色は変わってしまった。だが戦闘時ではないから腕が肥大化することもないし、体つきは普通だ。漆黒の鎧が怖かったのかとも思ったが、それで化け物はさすがにない。
「……ボクは、バケモノなのカ……」
怒りに駆られた。気づけば両親を殺していた。アアアア……!
「――ねえ、ルースの家の前に何かいるよ?」
若い娘の声がした。
「ド、ドラゴンなんじゃない!?」
「で、でも鞍あるみたい。騎乗用じゃない?」
姦しい声だ。あれは、村の女たちか。ルースは嫌悪感を滲ませる。何かと行ってつきまとっていた娘たちだ。最初はよかったけど、だんだんうざく感じるようになったヤツら。
「ドラゴンに乗るなんて、どこかの騎士様かしら?」
「ねえ、ルースの家の前ってことは、ひょっとしてルースが帰ってきたんじゃない?」
「!? きっとそうよ! ルースならドラゴンくらい乗って帰ってくるかも!」
「あのヴィゴだって聖騎士なんだから、ルースはもっとすごい騎士様になってるに違いないわ!」
ヴィゴォ――ルースの脳裏に激しい憎悪が渦巻いた。
――どいつもこいつもヴィゴ、ヴィゴ、ヴィゴ! しかも騎士だと!? あいつが!? ふざけるな! 魔剣使いがなんだ! 魔剣があれば僕だって――
「ルース……ひっ!?」
娘たちの短い悲鳴。ルースは振り返る。――ああ、いつのも四人だ。少女からすっかり成長したようだが、相変わらず田舎臭いブタどもだ。
「化け物――!」
「ッ!」
手から電撃魔法のサンダーランスを放っていた。ルースを『化け物』呼ばわりした娘の体が真っ二つになった。
一瞬のことだった。残る娘たちは、何が置きたかわからず呆然としたが、幼馴染みの死体に悲鳴を上げた。
だがそれだけだった。ルースを乗せてきたブラックドラゴンがフレイムブレスを吐いて、残り三人をあっという間に焼き尽くして炭に変えた。
「ありガトう、ウルラ」
ルースはブラックドラゴンに歩み寄り、その頭を撫でた。
「雑音が消えた」
ウルラの背中に乗り、ルースは飛び上がった。
『帰る……?』
「いや、モウ一カ所寄ろう。別宅が近クニあるんだ。そこに兄がイル」
優しかった兄のことが脳裏に浮かんだ。両親は殺してしまった。兄はどうだろうか? この姿を見ても、受け入れてくれるだろうか?
ルースはウルラに乗って、森の中にある別宅へ。ホルバ家は村では有数の金持ちで、祖父の代では錬金術師として一応成功したという。
寂れた場所にある屋敷。村にある家より大きいが、ここは元は祖父の錬金術工房だった。
屋敷の前で、ウルラから降りて、入り口へ向かう。ルースは扉をノックした。
すぐに反応がないのはわかる。この屋敷は広いから、すぐに人は出てこないのだ。気のせいや聞こえなかった場合に備えて、定期的にノックを繰り返す。
やがて、扉が開いた。ひとつ目の金属の人形が出た。
『ドチラ様デショウカ?』
「ルース・ホルバだ」
『ルース・ホルバ。ルース・ホルバ!』
狂ったかのように、ルースの名前を連呼した金属人形は、その一つ目を向けた。
『失礼シマシタ、ヨウコソ、ルース様! オカエリナサイ』
――ああ、こんなポンコツゴーレムですら、僕だと分かるのに。
『ドウゾ、ルース様。ゴ主人様モ、オ喜ビ二ナラレルデショウ』
金属人形が屋敷内へと導く。
『ゴ主人様! ルース様ガ、オカエリニナリマシタヨ! ゴ主人様ー!』
「――うるさいよ、ポンコツー。騒ぎ立てるな」
1階フロアの奥、2階へと上がる階段から降りてくるひとりの若い魔術師。
「兄サン――!」
「ルース! お前か!?」
兄ペルドル・ホルバは階段を駆け下りてきた。
「急に帰ってきたなぁ! 何年ぶりだ? ずいぶんと男前になったなァ!」
「……兄さン」
一気に込み上げてきた。ルースの目に涙が溜まる。やはり兄はわかるのだ。自分は化け物ではないと。
ようやく家族に会えた――それを感じ、ルースは感涙するのだった。