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第151話、懐かしき村


 ネムがゴブリンであることは、基本的に口にしないということが、俺とアウラ、ディーの中で決まった。


 敢えて種族のことを深く掘り下げたところで、何かあるわけでもない。実際にゴブリンの可能性は高いけれども、まだ断定はできない。……ひょっとしたらオーク女、の可能性だってあるわけで、男女で体が違う説を出したら、そういう可能性も出てきてしまう。


 ネム当人も、自分が何の種族かまったく気にしていないようで、明るく他の仲間たちを『姉さん』と呼んで慕っていた。


 特に親しいシィラを倣って、冒険者になると言い出したので、クラン『リベルタ』に加入手続きを取った。


 冒険者ギルドでは、相変わらず新人から声を掛けられた。相変わらず小僧っ子ばっかりで、女性冒険者たちは挨拶くらいで終わってしまうが。……挨拶されるだけマシかもしれないけど。


 俺は、ギルマスに面談を申し込んだ。他言するつもりはないが、ネムを冒険者登録する限りは、ギルマスにも一言、種族についての仮説を知らせておくべきだと思ったのだ。ゴブリンが冒険者ギルドにいる、と騒ぎになったら、冒険者ギルドも困るだろうし。


 ギルマスの執務室で、俺はロンキドさんと向かい合う。


「やあ、ヴィゴ。まさか彼女がもう冒険者になれるくらい回復するとは――」


 ロンキドさんは淡々と、しかし温情のこもった調子で言った。あまり愛想のない人ではあるが、付き合いからそれくらいはわかる。


「実は、彼女のことで、知らせておこうと思いまして」


 俺は、ネムについての仮説を説明した。ロンキドさんは黙していたが、眼鏡の奥の瞳には驚きの色があった。


「ゴブリンにもメスがいたか……」


 一度は引き取ろうといった彼も、前代未聞のことに戸惑いを滲ませる。


「そうは言っても、オスではないので、周囲の女性を襲って子供を孕ませるとか、そういうことにはならないでしょうが」

「確かに。ゴブリンのオスだったなら、とても容認できない話だ」


 暴漢魔を野放しにするような話である。


「まあ、彼女――ネムだったか? 一応、大丈夫そうとお前から聞いたが、注意はしておいてくれ。彼女の種族についても他言無用だ。ゴブリンというだけで拒絶反応を起こすものはいる。オスでなくても処分しろと喚く者も出てくるだろう」

「了解です。……まあ、あくまで仮説で、本当にゴブリンと決まったわけではないですが」

「それで納得する奴ばかりではないからな。疑わしいというだけで黒と決めつける者もいる。特に他種族を差別する輩はな」


 ごもっとも。世の中には、人間じゃないというだけで、暴力を振るったり命を奪ったりする差別主義者やその過激派も存在するのだ。


 というところで、この件の報告は終了。


「そうだ、ヴィゴ。ちょうど来てくれたから、この依頼の話を聞いてくれないか?」


 ロンキドさんは机に戻ると、一枚の手紙を持ってきた。


「シレンツィオ村からだ」

「……シレンツィオ」

「お前の故郷だろう?」

「あー、一応、生まれは王都です。シレンツィオ村は母の実家があって、物心ついた頃に、そっちへ移り住むことになりましたが」


 まあ、第二の故郷と言ってもいいくらいにはお世話になった村だ。岩場と森に囲まれた自然豊かな田舎である。父が足を失い、冒険者をできなくなったのが、移動のきっかけだった。


「もっとも、今あそこに残っているのは村の墓地に両親の墓があるくらいですけどね」


 冒険者になると決め、幼馴染みのルースと村を出た時、俺は家と土地を処分したから。それらのお金は王都までの旅費と、最初の武具購入で消えた。


 俺は、ロンキドさんから渡された手紙へと視線を落とす。ふむふむ――


「――ミノタウロスが出た」

「村を襲い、ひとり連れ去られた。……おそらく生きていないだろうが」

「でしょうね」


 牛の頭に屈強な人型と、姿は亜人系だが、凶暴なモンスターとされる。肉食であり、人間を捕食する。故に討伐対象に挙げられる。


「それで、王都の冒険者に救援を呼んだと」


 手紙の内容を要約すればそうなる。ロンキドさんは頷いた。


「ミノタウロスは個体にもよるが上はAランク。下でもCランク相当だ。半端な者は送れない。それにお前の生まれ故郷だから、地理には詳しいだろう?」

「了解です。この依頼、リベルタで受けます」


 依頼書を見たところ、特に指名されてはいない。が、ロンキドさんの言う通り、上級冒険者案件で間違いない。


「ついでに、Sランク冒険者と神聖騎士になったのを、両親に報告してきます」


 一度は帰らないと、と思っていたからいい機会と考えよう。シレンツィオ村には何人か男友達もいたし。あいつらの生活のためにも、化け物退治をしてやろう。



  ・  ・  ・



 ギルマスの執務室を出て、フロアにいた仲間たちと合流する。


 今回いたのは登録のためにきたネムの他は、すっかりお姉ちゃんであるシィラに、イラとリーリエだ。


「ヴィゴ、このクエストなんかどうだ?」


 シィラが、登録したてのネムのための依頼を見繕っていた。だが残念、そいつは掲示板に戻してくれ。


「ギルマスから依頼を受けた。指名依頼じゃないが、上級冒険者案件だ」

「ほう。邪甲獣でも出たか?」

「シレンツィオ村にミノタウロスが出たらしい。そいつを討伐にいく」

「ミノ……なに?」


 小首を傾げるネムに、イラが言った。


「牛さんの化け物です。筋肉が発達していて、とても力持ちです」

「そうそう、洞窟に獲物を連れ込んでバリバリ食べちゃうんだよー」


 リーリエが、ネムの頭に乗って言った。ひぇぇ、と震え上がるネム。シィラが微笑した。


「あまりネムを脅すなよ、リーリエ。パワー勝負なら、あたしは負けない!」

「いや、いくらシィラさんでも、ミノタウロスの力は人間ではまともに打ち合うのは無理ですって」


 イラが苦笑する。俺たちは、そんな話をしながら冒険者ギルドを出る。リベルタのホームへと帰りながら、俺は続けた。


「まあ、現地につけばたぶんわかっちゃうから先に行っておくが、シレンツィオ村は俺が子供の頃に育った村だ」

「!?」


 シィラとイラの目が見開かれた。


「つまり、凱旋かっ!」


 何故か誇らしそうな顔になるシィラ。


「神聖騎士になったのを報告できるな!」

「あぁ、まあ、そうね……」

「シィラさん――」


 イラが彼女を呼んで、何やら耳打ちした。……イラは、シャインにいた頃に知っていたっけ。俺の家族がもうこの世にいないこと。


 シィラのテンションがあからさまに下がったのを見て、たぶん俺の推測は当たりだろう。故郷に凱旋しても、報告する相手がいないってことに。

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