Sランク冒険者になった俺の生活は、激変とまではいなかったが、変化はあった。
冒険者ギルドに行けば、隙あらば新人冒険者が寄ってきて、武器の相談だったりクエストの相談だったりしてきた。
ほんと数日前に冒険者登録したような新人などは、俺の活躍を真に受けた奴までいて、こそばゆいのなんのって……。
ロンキドさんもSランク冒険者になった直後は、こうだったのかね。
あまり大したことは言っていないが、やたら感激する新人の姿は、受付嬢やギルド職員たちから、『ヴィゴさんが説明したほうが話を聞いてくれるんじゃないですか』と皮肉られた。
街中を歩けば、住民たちから注目された。手を振ってくれる子供もいたが、だいたいは遠巻きに笑顔で見守る程度。Sランク冒険者で、神聖騎士になったんだから、もっとこう町娘たちから、ワー、キャー騒がれるかと思っていたけど、そんなことはなかった。
混乱が起きないのはいいことなんだろうけど、自制心が強いのかね……?
さて、俺がSランク昇格と共に、リベルタ所属のメンバーたちにも昇格があった。
アウラがBランクからAに、ディーとイラがCからBに、ニニヤがEからD、マルモがFからEにランクアップした。端的に言えば、全員1ランクアップである。
すでにAだったルカはそのまま。シィラは入ったばかりでマルモと同じくFからEになったが――
「あたしはもっと上だ!」
ギルドで昇格試験を受けて、Cまでアップさせた。
シィラはルカと互角にやりあえる能力があるのだ。たぶん、さほど時間をかけずB、そしてAに上がってくるんじゃないかな。
そして、ファウナ、リーリエもリベルタに正式加入、冒険者の手続きをとった。ドローレダンジョンで活躍したファウナはいきなりEからスタート。フェアリーであるリーリエは、身体差で通常の判定、評価ができず、冒険者ではあるがランクはなしだった。
なお、マシンドールであるベスティアも、ゴーレム系という扱いでランクはなし。ただし戦闘能力はAランク相当の評価をもらっている。
ゴムは……誰かスライムの戦力評価の基準を作ってくれ、という話なので、これまたランク外である。クラン所属ではあるが冒険者ではない、という扱いらしい。
・ ・ ・
さて、ここで名無しさんの話をしよう。
相変わらず、人間ではなくて、種族が不明な彼女ではあるが、リベルタと一緒に生活する以上、『名無し』は味気ないので、本人が名前を思い出すまで『ネム』と呼ぶことにした。
なお、本人もその名前を気に入っているようで、ネムと呼ぶとちゃんと反応してくれる。
ここ数日のネムを観察した結果、彼女は非常に活動的だった。精神的ショックから動かない、引きこもってしまう――ということもなく、常に誰かの後をついていったり、興味深そうに眺めたりしていた。
まるで、外の世界に触れる幼児のように。好奇心の赴くまま動いているように見えた。幼児退行……? 記憶がすっとんでリセットされているのか?
「あー、あた、あたし、ネム――」
日に日に言葉を覚えていった。「あー」とかしか言えなかった彼女が、自分の名前を名乗ったり、仲間たちの名前を覚えて口にするようになるのも時間は掛からなかった。
「う゛ぃ、う゛ぃご……しーら」
子供が言葉を覚えていく過程を見ているようだが、体はすでに10代後半から20代くらいなんだよな。小柄だけど。
ネムは、とにかく人のやっていることを真似て覚えるのが早かった。
「なんです、ネムー?」
マルモを庭に引っ張ってきたかと思うと、弓の練習をしていたルカを指さした。
「あたしも、あれ、やりたい」
「あれって、弓ですか? ネムにできますぅ?」
「やる!」
やたら自信満々なネム。何かもうかなり喋れていた。マルモが作業場に戻って、即席の弓を作ると、ネムはさっそく弓矢を使って、的を撃った。
ぜんぜん届かなかった。が、これはルカが悪い――いや、悪いというか、体格に優れ、弓を幼い頃から撃ってきた彼女だから、普通の体格のネムより、射程や威力、命中精度が勝っているのは当然なのだ。
マルモがそれを指摘すると、ネムは「じゃあ、まえに出る」と、距離を詰めて矢を放った。今度はきちんと矢が命中した。ど真ん中ではなかったけど。
俺はバルコニーから、一連の行動を見ていたけど、ネムの関心は弓矢だけに留まらなかった。他に、ディーがやっていたブーメランや投石術などを真似ていた。
ネムは、仲間うちではシィラの隣に座るのを好んだ。シィラも妹を可愛がるように、ネムに接したから余計にだろう。
またリーリエともよく一緒にいて、庭を駆け回っていた。精神年齢が幼くなっているのかな。お子様なフェアリーと波長が合うのかもしれない。ふたりして、つまらないイタズラをしては、ケラケラ笑っていた。
一方で、ルカがネムに対して注意というか、お叱りの言葉を発するようになった。
イタズラで部屋を散らかすのはリーリエと共犯だったりするが、とにかく、ネムは着ている服をよく汚した。
行動がお外で元気よく駆け回る子供なので、土をつけて帰ってくることもしばしば。ネムは、人に気づかれないように隠れながら近づいたりする行動をよくとった。地面に横たわることも平然とやれば汚れもするというものだ。これでは野生児である。
ともあれ、1週間ほど一緒に住んだ結果、ネムはすっかり言語をマスターした。最初は真似ばかりだったが、それぞれ自分のやり方に昇華させていった。
弓はショートボウを使い、撃ち方が独特ではあるが、非常に速射力が高かった。ぶっちゃけ力がないので、威力もそれなりではあるが、何より隠れたり移動してからの射撃と相性がよかった。
他にはマルモに作ってもらったスリングを使った投石と、シィラとイラに教えてもらったナイフ術。うちが冒険者クランだからか、自然と戦闘術をネムは吸収した。
なお、スリングはリーリエもマルモに作ってもらった模様。小石でイタズラするのはやめて差し上げろ。
「……どう思う、アウラ? 何かこのまま行くと冒険者コースなんだけど」
俺は、ドリアードの魔術師先輩に相談してみる。マルモがサタンアーマー素材で作った軽鎧をまとったネムが、シィラから戦闘教育を受けているのが見えた。
「力については戦士としては微妙。急所をつく奇襲向きな遊撃型かしら」
「……俺ら、ルカとかシィラを見ているから勘違いしているかもだけど、力については普通くらいはあるんじゃね?」
「女戦士をなめないでよ。それらと比べたら全然よ」
「そうは言っても、ネムは生粋の戦士ってわけじゃないだろうに」
「でも、弓の扱いは悪くない。前々からやっていたんじゃない?」
そうかなぁ……。俺は、その記憶云々の以前から、というのに疑いがあるんだけど。
「あの体だから以前ってのがあるはずなんだけど、ちょっと違う気がするんだよな……」
その場その場で、初めて見て、接して、覚えていっている感じ。昔を思い出して、とかそういうのとは違う感じがする。
「ヴィゴ兄さーん! アウラ姉さーん!」
ブンブンとネムが、俺たちに気づき手を振ってきたので、こちらも振って返す。屈託ない笑顔のネムである。ここだけ見たら、ドローレダンジョンで精神ぶっ壊された娘に見えないだろうな。
「あのぅ、ヴィゴさん、アウラさん。ちょっといいですか……?」
「どうした、ディー?」
少女っぽい外見の狼耳少年のディーがやってきて、おずおずと言った。
「これ話すべきか迷ったんですけど……ネムのことなんですが」
「種族でもわかった?」
「わかった、というか。……彼女、ゴブリンです」
ディーはそこだけキッパリと言った。……え? ネムがゴブリン? 冗談だろ?