そのゴブリンは赤い帽子を被っていた。自分より大きなシィラのすぐそばに肉薄し、ピョンピョンと飛び回る姿は、意地の悪い小鬼そのもの。手にした小斧で、シィラの体を次々と切りつける。

　そのあまりの素早さに、シィラは追いつけない。得物が槍だけあって、もはや何の役にも立たず、一方的に背中や足が狙われる。サタンアーマースライム素材の防具は、攻撃を弾いているから致命傷にはなっていないが、あれではいつか装甲の隙間に攻撃を食らう。

　ルカは弓を構えるが、あまりに動きの速い赤帽子ゴブリンに撃つことができない。外せば、シィラに当ててしまうのだ。

「ルカ、剣を構えろ！」

　俺は拾いかけた超装甲盾を置く。何が、と言いかけたようだったルカだが、すぐに弓をやめて、魔法剣ラヴィーネに切り替えた。

　俺は左手をシィラのほうへ向ける。正確には、小うるさく飛び回る赤帽子ゴブリンに。

　引き寄せる……！　見えない魔力の手でゴブリンの体を掴んで引き寄せる。魔剣を引っ張ってくるより軽い。

　突然、体が想定外の方向に引っ張られた赤帽子ゴブリンが、空中でもがくがもはや手遅れ。両手でラヴィーナを構えているルカが待っていた。

「よくも、シィラを！」

　お姉ちゃん怒りの一撃で、赤帽子ゴブリンは哀れ真っ二つとなった。

　シィラが膝をついた。

「ルカ、ヴィゴ。すまない。助けられた」

「シィラ！」

　ルカが急いで駆けつける。やはり防具の隙間に攻撃を食らって、シィラは出血していた。

「なに、ただのかすり傷だ。大事なところは防具のおかげで無傷だ」

「いや、かすり傷じゃないから！」

　回復役が冒険者救助に向かったために、ここで治癒魔法が使えるのは俺だけだ。まあ、俺も大したものはできないけど。

「すまない、ヴィゴ」

「謝るな。無事でよかった」

「あーしも手伝う！」

　リーリエが突然現れて、俺やシィラの周りを回った。さすがに戦いには非力なフェアリー。隠れていたんだろうけど……わぁ、何このきらきらの鱗粉みたいなの。

「体が……軽く？」

　驚くシィラ。何か疲れが消えていくような感じが俺もした。フェアリーの粉に、回復の効果があるのか……？

　周りを見渡せば、もはやゴブリンの姿はなかった。ガガンをぶん回していたマルモも一息ついているし、ファウナはいつの間にか剣を持っていて敵を倒していた。……そういや彼女、武器も使えるって言っていたよな。

　アウラたちも、調査隊冒険者たちを助けているので、そちらを手伝おうか――

「……守護者様！」

　ファウナが声を発した。

　ゴブリンキングが持っていた魔剣が、ふわりと浮いた。確か、エクリクシスとか言ったか？　つか、何で動いてるんだよ！？

『吹キ飛バス……！　吹キ飛バス……！』

　くぐもった女の声。これは魔剣の声か？　その剣が赤く輝くと共に、周囲に軽い衝撃波と熱波が起こった。

「……これは嫌な予感がしてきた」

　爆発の魔剣とか言っていた。それがこの程度のはずがない。どの程度かはわからないが本気を出したら、この最深部フロア全体くらいは吹き飛ばすくらいの爆発は起こせるんじゃないだろうか。……知らんけど。

『主様よ！』

「おう！」

　オラクルセイバーからのセブンソード！　七つの聖剣が飛ぶ。……と、魔剣エクリクシスが、ギュンと動いて回避機動をとった。

　聖剣が飛ぶんだから、魔剣だって飛ぶ……とかじゃなくて！　器用に聖剣の攻撃を躱しやがった。

　爆発が、聖剣の連撃を阻んだ。爆風が吹き付け、吹っ飛ばされそうだったリーリエを掴んで助ける。ヤバいなこれ。

『おい、ヴィゴ。我を出せ！　叩き切ってくれるわ！』

　ダイ様がいきり立っていた。いやいや、待って。

「本気か？　剣同士が触れても、吹っ飛ぶ危ない剣だぞ！？」

『吹っ飛ぶか！　あんな我の下位互換などに』

　バッサリとダイ様は吐き捨てた。

『お主も我の４６シーを撃った時の反動で無傷だろう？　ベスティアも壊せぬ威力など、我の敵ではないわ！』

　いや、ベスティアはサタンアーマースライム素材の装甲だから、ビクともせんかっただけじゃないのか……？

『魔剣……ッ！』

　エクリクシスが俺の方に切っ先を向けた。ええーい、こうなったらやってやんよ！

　俺はオラクルセイバーを左手に持ち替え、鞘に納めていた魔剣を抜く。――っ、突っ込んでくるっ！

『ヴィゴ！』

「おおおっ！」

　ブン、と魔剣を魔剣に叩きつけた。一瞬目の前で火花が散った。爆発したが、すぐにダーク・インフェルノの６万４０００トンで覆いかぶさるように潰したようなイメージがよぎった。

　とにかく、爆発の衝撃も熱も俺には届かなかった。４６シー発動時に俺を守るダイ様の防御が、エクリクシスの爆発を無効化したようだ。

　改めて見た時、俺の手には魔剣ダーク・インフェルノがあり、足元には叩き折られた魔剣エウリクシスの残骸があった。……ふぅ、マジでダイ様が砕きおった。

『ふん、雑魚が！』

　ダイ様、めっちゃ上から目線。折れた魔剣エクリクシスだが、その剣身には、朽ちた聖剣と同様、光があった。これひょっとして――

『ヴィゴ、我をこの魔剣に触れさせよ。同じ爆発の力を持つ剣だ。こやつの力、我と相性がよかろう。糧としてくれるわ』

　あ、同じこと考えていたのね。それじゃ遠慮なく……。俺はダーク・インフェルノの剣先を魔剣エクリクシスに当てた。その光がこちらの剣に移り、エクリクシスは消滅した。

『フフ……フフフッ』

「どうしたのダイ様？」

　突然、笑い出したので、ちょっと気持ち悪い。ダイ様は言った。

『思ったとおりだ。ヴィゴよ、ちょっと我を離してみろ』

「ほい」

　ちょうど気持ち悪かったので、軽く地面に落とす。しかし超重量魔剣だ。いくら岩の大地といえど、落ちれば盛大なひび割れを――お？

　魔剣ダーク・インフェルノが、浮いてる……！？　さっきのエクリクシスが飛んだように、魔剣が浮いているぞ！

「ええっ！？」

『思った通りだ！　我、移動能力を得たり！　あーはっはっはーっ！』

　ふよふよと動く魔剣。そして、人型形態に変身――艶やかな長い黒髪の美女。白と青だったローブが黒と赤に変わり、しかも大人になってるー！

　ボン、キュ、ボンの絶世の美人さんが降臨した。