壁のようにそびえる台地。上ばかりに目が行くが、下には林があり、さらに先に地下への大洞窟が口を開けている。
ドワーフの地下村ペルセランデへの洞窟の前には、野営地がある。ドワーフの集落を訪れた旅人が地下へ潜る前の休憩地として使える場所だ。
が、今回は商人も旅人もいないようで、無人だった。
「今日はここに一泊するか」
というわけで野営準備。ダイ様の収納庫に持ってきた野営道具一式を展開。アウラとニニヤが作った、岩壁やらを並べて仮設の建物を作る。
ルカとイラが料理の準備をする間、魔術師組が整地作業を開始。地面を水平に整え、壁をはめ込む溝を形成。
アウラはここぞとばかりに、ニニヤに大地コントロールの魔法を教えている。
そしてできた溝に俺は大きな岩壁を持てるスキルで持ち上げて、落とす。隙間をアウラとニニヤが大地コントロールの魔法で埋める。これで土台が補強される。
あとは同じようにコの字状に壁を作ったあと、中央に丸太をそのまま切り出したような柱を設置。そして天井兼床の岩の板を載せて屋根として完成。地面にも床板を置けば、とりあえず、野営用建物はできた。
「四方は塞がないんだな」
「ドアを作る時間がなかったのよ」
アウラはペロリと舌を出した。三方向に壁はあるが、食事を作っている焚き火前の壁は空いている形だ。
そうこうしていたら、夜になった。ルカが作ったパンサー肉のクリームシチューを皆で頬張る。寒くなってきた中、温かい料理は助かる。
「うまい」
一言つぶやけば、ルカもニッコリである。
夕食の後は基本することがないので、眠くなった奴から寝る。もちろん、獣や盗賊の襲撃に備えて、見張りは立てる。
仮設の建物の天井は一応、就寝スペースにもなるし見張り台としても使える。夜中の見張りに備えて、ニニヤとルカが建物の床に寝袋を出して先に横になった。
周りが岩の壁で、天井もあるから雨などの心配も不要。最初は懐疑的だったけど、いざ目の当たりにすると、岩の壁の存在って安心感あるわ。
俺はアウラと、ペルセランデやドワーフについての確認をしておく。何せ、俺にとってドワーフ集落は初めての土地だからな。
「俺の中のドワーフで、身長が低めだが恰幅がよくて、筋肉がすげぇ、ヒゲのおっさんのイメージ」
「外で見るドワーフって、そんなイメージよね」
アウラが同意した。
「集落の外に出ているドワーフって大抵男だからね。でも普通に痩せているドワーフもいるわよ」
「あんまりイメージできないな」
「男も女も、背は低いけれど、大きい人もいれば小さい人もいる。まあ、全体的に肉体使う仕事が多いから屈強な人が多いのは間違いないわね」
「俺、ドワーフの女性見たことないけど、どんな感じ?」
嘘か本当か知らないけど、女にもヒゲが生えているとか」
「ふつーよ。男性同様、逞しい人もいれば、細い人もいる」
普通か。偏見は怖いもんだ。王都や冒険者ギルドでたまにドワーフの戦士を見かけるが、ほぼ酒飲みで、筋肉で、ヒゲという印象しかなかったからな。
「男女問わず、お酒はいっぱい飲むわね。酒が入ると陽気な人が増える。普段は、口数が少なくて無愛想な印象よね。職人気質な人が多い感じ」
そこで、すっと腕を突き出すアウラ。
「職人っていえば、ハンマーを持ち歩いているドワーフは多いけど、ドワーフにとってハンマーは神聖なもので、それを投げつけられるのは、宣戦布告の一歩手前か、本気で戦争の状態だから、くれぐれも注意してね」
「うへ、それは怖いな。覚えておこう。もちろんそこまで怒らせるつもりはないけど、異種族だから、何が引き金になるかわからないんだよな」
「ヴィゴさん」
建物の屋根の上にいたディーが振り向いた。
「何か来ます!」
「……」
俺は近くに置いた魔剣を取った。夜になって寄ってくるとか、盗賊か。それとも旅人か?
「何かわかるか?」
「ひとりなんですが。人間じゃありません。かなりの大柄……もしかしたら巨人かも」
「野生のジャイアントかも」
アウラは舌打ちした。
蛮族も蛮族。人の形はしていても、実質は血と肉に飢えた獣だ。体高は3メートルから4メートルくらい。毛むくじゃらで、棍棒を振り回したり、岩を放り投げてきて殺しに来る。
町を出て旅をする者にとっては、脅威と呼べる存在だ。
「ウォォォォッ!」
咆哮とともに、それがこっちへ突っ込んできた。明かりに浮かび上がったのは、予想の通りジャイアントだった。
アウラが照明の魔法を撃ち込んで、周囲を照らす。灰色髪のジャイアントだった。腰には布を巻き付けている。手には銀色のハンマーが握られている。
「ヴィゴ!」
「俺がやる!」
槍を構えたシィラより先に、俺もジャイアントを迎え撃つ。ギラギラと光る目。毛むくじゃらの化け物め。
振り上げられたハンマー。そいつを俺に振り下ろそうっていうんだろう? ……ほらきた!
落ちてきたハンマー。直撃すればジャイアントの怪力と相まってペシャンコだろうが、そこを狙って超装甲盾をぶつける。持てるスキルによって相手からの打撃と勢いを殺した上でこちらの重装甲の激突。グワァンと音を立ててハンマーを弾く。
驚くジャイアントに、魔剣を叩き込む。ジャイアントの腰から真っ二つ。ズゥンと、一瞬宙に浮いた巨人の半身が地面に落ちた。やれやれ……。
「ヴィゴ! 無事か!?」
追いついたシィラに、俺は肩をすくめてみせる。
「あのハンマーの一撃、よく耐えたな!」
「持てるスキルのおかげさ」
「それでも、あの巨人をたった一撃とは」
シィラは、ジャイアントの死骸を見やる。
「あたしではこうはいかないだろう。本当、頼もしいな、ヴィゴは」
「何だよ、おだてても何もでないぜ?」
「何だ、照れているのか? 可愛いところもあるんだな、お前にも」
よせやい。シィラにはまだ褒められ慣れてないんでね。
「頼もしいぞ、ヴィゴ。まるます惚れてしまいそうだ」
「それはどうも」
ともかく、倒したジャイアントだけど……。凄いハンマーを持ってたな。
ひょい、と持ち上げる。シィラは目を見開く。
「重くないか? とても人間が片手で持てる大きさではないが……」
「たぶん、重いとは思う」
スキルのおかげで、全然平気だが。銀色というのがどうもね。これ、ひょっとして魔法武器だったりするんだろうか?