冒険者ギルドに行くと、フロアはいつもより閑散としていた。
カウンターで話を聞けば、若手冒険者たちがこぞって、王国軍に参加したのだそうだ。
「従軍手当が出ますからね。今回はランク関係なく、志願者は全員行けるので、若手を中心に日銭を稼ぐのが精一杯の冒険者たちが志願しました」
食事と手当て、そして戦場での戦利品拾い目的に、である。特に戦利品漁りは、従軍した傭兵たちの収入源となる。……悪い言い方をすると現地で火事場泥棒をするのだ。
今回、ラーメ侯爵領を支配したのは魔族や魔物。人間はいないが、金品その他貴重品などは手つかずで残っているのではないか、という憶測が一攫千金を夢見る者たちを引き寄せたらしい。
「それで、ヴィゴさん。ギルマスが呼んでます」
「……」
もう邪甲獣はいないはずだぞ、というのはともかく、俺はロンキドさんの執務室を訪れた。
今日も今日とて書類仕事をやっている。
「どこも人手不足でね。最近どうだ?」
「ダンジョンに行って、パーティーの連携確認と経験値稼ぎですね」
なにぶん、最近きな臭い事件も少なくない。東領の騒動もある。俺たちリベルタも、いつそっちへ行くことになるかわからない。
「王国軍は出発した」
ロンキドさんは眉間にしわを寄せた。
「東領の問題が解決するといいがな」
「ええ。そうですね」
……ニニヤちゃんのことは聞かないのかな? リベルタに所属している、ロンキドさんの娘ニニヤのこと。名前を出さないが、それとも俺から言うべきなのか……?
どうしようか考えて、妙な沈黙ができる。ロンキドさんは口を開いた。
「お前たちリベルタに頼みたいことがある」
「依頼ですか」
話題を切り替えられた。まあ、いいや。
「ペルセランデに行ってくれ。名前くらいは知っているな」
「行ったことはないですが、ドワーフの集落ですね」
王都カルムの西側にある台地地下に広がるドワーフの集落がペルセランデだ。ドワーフはずんぐりした体躯の種族で、穴掘りと鍛冶が得意で、ついでに酒飲みである。
「何をしに行くんです?」
「邪甲獣の装甲があるな? あれをドワーフの職人に調べさせる」
ああ、強力な防具とかに利用できたら、ってやつか。いまのところ、邪甲獣の装甲の加工方法がわからず、模索している段階だ。金属加工に長けるドワーフに助力を頼もうということだろう。
「先方から邪甲獣の装甲を解析したいという要望だ。だが、ものが大きいから通常の輸送は難しい。そこで――」
「ダイ様の収納を活かして、現地に運ぶんですね」
「そういうことだ」
魔剣であるダイ様は、自称7100トンほどの物を収納魔法で運べる能力がある。これまで倒してきた邪甲獣の、人間では複数人の手が必要な装甲も、楽に運べるという寸法だ。
「2、3日がかりの仕事になるが、問題ないな?」
「準備すれば、大丈夫かと」
何日に何かをする仕事なり用事はなかった。
ドワーフか。ほとんど交流した経験ないんだよなぁ。場所の確認もだが、彼らについてアウラが知っているといいんだが。
ちょっと予習が必要だな。
「ちなみに、日程の指定などは?」
「近日中に出てくれればいい。……まあ、早いにこしたことはないが、急いでいけ、というものでもない。しっかり準備して出かけてくれ。持って行ってもらう邪甲獣の装甲は、用意してあるから、それも忘れずにな」
・ ・ ・
俺はリベルタの家に戻る。庭でアウラとニニヤが作業をしていたので、まずそちらに足を向ける。
「おかえり、ヴィゴ」
「お帰りなさい、ヴィゴさん」
「ただいま。俺たちリベルタに仕事だ」
「なに、指名依頼?」
アウラは、岩の壁を睨みながら言った。複数の岩壁が、形を整えられて置かれている。
「ペルセランデに行くことになった。ドワーフに邪甲獣の装甲を見せるんだって」
「数日がかりの遠征になるわね。――ヴィゴ、手伝って」
アウラに言われるまま、岩壁を持てるスキルで持ち上げ、移動させる。
地面に置かれた木製の板……これは床かな。その周りに岩壁を一枚ずつ置いていくと、上から見るとコの字になる。これの上に、またも大きな岩の板を乗せると――
石でできた簡易な部屋のようなものができ上がる。
アウラとニニヤが、その部屋のようなものに入って、床に座る。
「どうかしら?」
「天井、落ちてこないですかね……?」
ニニヤが不安そうに上を見上げた。
「衝撃でズレて天井が落ちてくるとか」
「落ちない工夫が必要かしらね」
アウラは真顔で唸る。……いったい何をやってるんだ?
「手伝わされたけど、これ何? ゴムの部屋?」
黒スライム専用の部屋だろうか。そう言うと、アウラは出てきた。
「野営用の家の試作品よ」
「野営用? 天幕とかそういうの?」
俺は首を傾げる。アウラは屋根部にあたる分厚い岩の板の上に乗った。
「そっ。野外で行動する時用に。家があったら素敵じゃない?」
「遠征用に家?」
「お外は魔獣とか出没するでしょ。野宿もそうだけど、テントじゃ襲われた時、心許ないと思わない?」
冗談ではなく、アウラは本気で言っているようだった。
「それってテントや寝袋を持ち運ぶように家ごと持ち歩くってこと?」
なんとまあ。……偉大な魔術師様は考えることが違うね。確かに、危険な場所だと落ち着いて眠るのは難しいけどさ。
「実現できんの?」
「パーツを運んで現地で組み立て、ということになるのかしらね。まあ、普通にテントを設営する要領でね。ただし、運ぶにはダイ様が必須だし、現地での組み立ても持てるアナタじゃなきゃ無理だけどね」
俺とダイ様がいること前提なんだ……。逆に、その両方があるからこそ、アウラは本気で野営用に家を作ろうと考えたのかもしれない。
「設置するための整地はワタシとニニヤが土魔法でするとして……」
ついでに魔術師も設営に必要らしい。
「理想は、普通の家をどこでも出して住めるのがいいんだけど、野営で確保できる広さとか地形によって、家の大きさも制限されるんだけどね。だからパーツの組み合わせで全体の形や大きさを変えられるようにしたいわ」
「テントとか寝袋のほうが圧倒的に楽そう」
「その引き換えに、頑丈な壁と屋根に守られる安全を得られるのよ。検討の余地はあると思うわよ」
どこかに売るとかではなく、俺たちパーティーで使うだけというなら、悪い話ではないな。できるかどうかはわからんけど。
やっぱ安心安全って、確保できるならするべきだろうし。