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第87話、ドワーフ集落への遠征


 冒険者ギルドに行くと、フロアはいつもより閑散としていた。


 カウンターで話を聞けば、若手冒険者たちがこぞって、王国軍に参加したのだそうだ。


「従軍手当が出ますからね。今回はランク関係なく、志願者は全員行けるので、若手を中心に日銭を稼ぐのが精一杯の冒険者たちが志願しました」


 食事と手当て、そして戦場での戦利品拾い目的に、である。特に戦利品漁りは、従軍した傭兵たちの収入源となる。……悪い言い方をすると現地で火事場泥棒をするのだ。


 今回、ラーメ侯爵領を支配したのは魔族や魔物。人間はいないが、金品その他貴重品などは手つかずで残っているのではないか、という憶測が一攫千金を夢見る者たちを引き寄せたらしい。


「それで、ヴィゴさん。ギルマスが呼んでます」

「……」


 もう邪甲獣はいないはずだぞ、というのはともかく、俺はロンキドさんの執務室を訪れた。


 今日も今日とて書類仕事をやっている。


「どこも人手不足でね。最近どうだ?」

「ダンジョンに行って、パーティーの連携確認と経験値稼ぎですね」


 なにぶん、最近きな臭い事件も少なくない。東領の騒動もある。俺たちリベルタも、いつそっちへ行くことになるかわからない。


「王国軍は出発した」


 ロンキドさんは眉間にしわを寄せた。


「東領の問題が解決するといいがな」

「ええ。そうですね」


 ……ニニヤちゃんのことは聞かないのかな? リベルタに所属している、ロンキドさんの娘ニニヤのこと。名前を出さないが、それとも俺から言うべきなのか……?


 どうしようか考えて、妙な沈黙ができる。ロンキドさんは口を開いた。


「お前たちリベルタに頼みたいことがある」

「依頼ですか」


 話題を切り替えられた。まあ、いいや。


「ペルセランデに行ってくれ。名前くらいは知っているな」

「行ったことはないですが、ドワーフの集落ですね」


 王都カルムの西側にある台地地下に広がるドワーフの集落がペルセランデだ。ドワーフはずんぐりした体躯の種族で、穴掘りと鍛冶が得意で、ついでに酒飲みである。


「何をしに行くんです?」

「邪甲獣の装甲があるな? あれをドワーフの職人に調べさせる」


 ああ、強力な防具とかに利用できたら、ってやつか。いまのところ、邪甲獣の装甲の加工方法がわからず、模索している段階だ。金属加工に長けるドワーフに助力を頼もうということだろう。


「先方から邪甲獣の装甲を解析したいという要望だ。だが、ものが大きいから通常の輸送は難しい。そこで――」

「ダイ様の収納を活かして、現地に運ぶんですね」

「そういうことだ」


 魔剣であるダイ様は、自称7100トンほどの物を収納魔法で運べる能力がある。これまで倒してきた邪甲獣の、人間では複数人の手が必要な装甲も、楽に運べるという寸法だ。


「2、3日がかりの仕事になるが、問題ないな?」

「準備すれば、大丈夫かと」


 何日に何かをする仕事なり用事はなかった。


 ドワーフか。ほとんど交流した経験ないんだよなぁ。場所の確認もだが、彼らについてアウラが知っているといいんだが。


 ちょっと予習が必要だな。


「ちなみに、日程の指定などは?」

「近日中に出てくれればいい。……まあ、早いにこしたことはないが、急いでいけ、というものでもない。しっかり準備して出かけてくれ。持って行ってもらう邪甲獣の装甲は、用意してあるから、それも忘れずにな」



  ・  ・  ・



 俺はリベルタの家に戻る。庭でアウラとニニヤが作業をしていたので、まずそちらに足を向ける。


「おかえり、ヴィゴ」

「お帰りなさい、ヴィゴさん」

「ただいま。俺たちリベルタに仕事だ」

「なに、指名依頼?」


 アウラは、岩の壁を睨みながら言った。複数の岩壁が、形を整えられて置かれている。


「ペルセランデに行くことになった。ドワーフに邪甲獣の装甲を見せるんだって」

「数日がかりの遠征になるわね。――ヴィゴ、手伝って」


 アウラに言われるまま、岩壁を持てるスキルで持ち上げ、移動させる。


 地面に置かれた木製の板……これは床かな。その周りに岩壁を一枚ずつ置いていくと、上から見るとコの字になる。これの上に、またも大きな岩の板を乗せると――


 石でできた簡易な部屋のようなものができ上がる。


 アウラとニニヤが、その部屋のようなものに入って、床に座る。


「どうかしら?」

「天井、落ちてこないですかね……?」


 ニニヤが不安そうに上を見上げた。


「衝撃でズレて天井が落ちてくるとか」

「落ちない工夫が必要かしらね」


 アウラは真顔で唸る。……いったい何をやってるんだ?


「手伝わされたけど、これ何? ゴムの部屋?」


 黒スライム専用の部屋だろうか。そう言うと、アウラは出てきた。


「野営用の家の試作品よ」

「野営用? 天幕とかそういうの?」


 俺は首を傾げる。アウラは屋根部にあたる分厚い岩の板の上に乗った。


「そっ。野外で行動する時用に。家があったら素敵じゃない?」

「遠征用に家?」

「お外は魔獣とか出没するでしょ。野宿もそうだけど、テントじゃ襲われた時、心許ないと思わない?」


 冗談ではなく、アウラは本気で言っているようだった。


「それってテントや寝袋を持ち運ぶように家ごと持ち歩くってこと?」


 なんとまあ。……偉大な魔術師様は考えることが違うね。確かに、危険な場所だと落ち着いて眠るのは難しいけどさ。


「実現できんの?」

「パーツを運んで現地で組み立て、ということになるのかしらね。まあ、普通にテントを設営する要領でね。ただし、運ぶにはダイ様が必須だし、現地での組み立ても持てるアナタじゃなきゃ無理だけどね」


 俺とダイ様がいること前提なんだ……。逆に、その両方があるからこそ、アウラは本気で野営用に家を作ろうと考えたのかもしれない。


「設置するための整地はワタシとニニヤが土魔法でするとして……」


 ついでに魔術師も設営に必要らしい。


「理想は、普通の家をどこでも出して住めるのがいいんだけど、野営で確保できる広さとか地形によって、家の大きさも制限されるんだけどね。だからパーツの組み合わせで全体の形や大きさを変えられるようにしたいわ」

「テントとか寝袋のほうが圧倒的に楽そう」

「その引き換えに、頑丈な壁と屋根に守られる安全を得られるのよ。検討の余地はあると思うわよ」


 どこかに売るとかではなく、俺たちパーティーで使うだけというなら、悪い話ではないな。できるかどうかはわからんけど。


 やっぱ安心安全って、確保できるならするべきだろうし。

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