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第84話、魔に堕ちたモノ


 ウルラート王国東部ラーメ侯爵領。


 この土地を治めるラーメ侯爵は、かの聖剣の一族と言われ、邪悪な者たちとの戦いに活躍してきた。


 魔王の眷属である魔族や魔物を討ち滅ぼした聖剣は、今や侯爵の息子ジューリオに引き継がれたが、かの地は平和を享受していた。


 そう、平和だった。この時までは――


 西のスヴェニーツ帝国の特殊部隊を率いるボーデンは、顔が綻ぶのを抑えられなかった。


「いやはや、素晴らしいな」


 ラーメ侯の居城カパルビヨ城は、凄惨な血の臭いに満ちていた。鮮血が床や壁に飛び散り、人間だったものが転がっている。


「なんというパワーだ。人間を左右に引き裂くなど、初めて見た」


 城内を黒装束の部下たちと闊歩する。


「これをほぼひとりで始末してしまうとは」


 領主の間にたどり着く。そこには騎士たちの死体が転がっていたが、いまだひとりの騎士が魔物と戦っていた。


 黄金の鎧。そして手には光り輝く剣を持った青年――あれが今現在、聖剣を持つ男。ラーメ侯の息子、聖騎士ジューリオだろう。


 対峙するのは黒き甲冑をまとう騎士。かつては美形を誇りにしていたその男は、顔の右目周りから頬にかけて変色し、さらに左手が化け物の腕に肥大化している。


 かつてルース・ホルバと名乗っていた男は、今や魔物となった。その巨木の如き左腕が、ジューリオを吹き飛ばした。


 聖剣で防いだかに見えたジューリオの体が壁に叩きつけられた。


「ガハッ!?」


 吐血。ジューリオは、ルースだったものの拳に呻く。


「化け物め……っ!」

「よこセ……。貴様の、聖剣――」


 ルースは跳ぶ。一気に距離を詰めて、必殺の拳を叩き込む。壁が砕けた。間一髪、ジューリオは避けたのだ。だが、かわした先には、ルースの持つ暗黒剣があり、一瞬の間に斬首されてしまった。


「ジューリオっ!!」


 領主の間で、老人が悲痛な叫びをあげた。


 あれが、先代の聖剣の騎士だったラーメ侯か――ボーデンは見やる。


 老人――ラーメ侯は剣を取ると、息子を殺したルースへと駆ける。


「ああああああっ!」

「うるさイ……」


 壁に盛り込んだ左腕を引き抜き、ルースは右手の暗黒剣を放った。その一撃はラーメ侯の腹部に突き刺さり、その体を領主の執務机にまで飛ばした。


 絶命。ウルラート王国の聖騎士親子は命を落としたのだ。


「よくやった、ルース」


 ボーデンが言えば、肥大化した腕を人間サイズに戻して、姿勢を正した。


「命令を遂行いたしました、ボーデン様」


 右目は黄色の瞳孔。露出した肌は、継ぎ接ぎのように灰色になっている。ルースが、もはや人間ではないことは、一目瞭然だった。


 瀕死だったルースを拾い、実験がてら呪血石を埋め込んだ結果、彼はハイブリッドと呼ばれている、半人間半魔族の体に進化した。


 人間だった頃より遥かに強く、強靱な体を手に入れたのだ。


 ――その分、多少、思考がおかしくなってしまったが……。まあ、許容範囲か。


 力については申し分ない。ただし、実験としては失敗かもしれないとは、呪血石を埋め込んだ魔術師の弁だ。


 何故なら埋め込んだ石は、欠けていたのか融合段階で砕けてしまったらしい。その結果、ルースはハイブリッドという状態になったが……もし完全な状態だったらどうなっていたか。


 担当魔術師曰く。


『成功ならば強大な魔族になっていたかもしれませんが……おそらくは、それに体が耐えられずに自己崩壊を起こしていたかと。自壊しなかったことを思えば、不幸中の幸い、だったかもしれません』


 失敗だが成功だった、とも言えるかもしれない。研究者にとっては大いに課題を残しただろうが、使える駒が欲しかったボーデンとしては、中途半端といえど現状のルースは最上の駒と言えた。


 単独で、城の守備隊を全滅させ、聖剣の使い手すら葬った。こちらの指示に従って従順さも知能もある。


「よし、聖剣を回収して、ここに『種』を仕掛ける。モルス!」

「はっ」


 黒ローブの魔術師が進み出た。スヴェニーツ帝国が魔王の欠片を研究し開発した、邪甲獣の種を設置するのだ。


 その間に、ルースが聖剣を拾おうとする。だが触れた瞬間、指先に紫電が走り、ルースの手を拒んだ。


「うぬっ!?」

「聖剣が、魔を拒んだのだろう」


 おい、と部下に呼びかけ、聖剣を回収させる。


 ボーデンは顎に手を当てる。


「さて、我々、いい拠点を手に入れなければな。ウルラート王国で、もう一仕事せねばならないからな」

「ボーデン様」


 ルースが傍にやってきた。ボーデンは口元に笑みを浮かべる。


「お前にも働いてもらうぞ、ルース。この国には、もうひとり聖剣の使い手がいる。そやつがここに来たら……わかっているな?」

「はい。私の手で始末いたします」


 恭しくルースは頭を下げた。


「すべては、私を拾ってくださった貴方様の命ずるままに」



  ・  ・  ・



 その日、王国の守護者であったラーメ侯爵は没した。


 カパルビヨ城は魔の巣窟と化して、その城下町は地獄となった。ラーメ侯爵領は魔の支配領域となり、周辺領を脅かす。


 その報せは、ウルラート王国中央の王都にも伝わる。


 新たな脅威の出現に、ウルラート王国の王はこれの討伐を命じることとなる。

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