「ほう、この家には風呂があるのか。ありがたい!」
シィラは喜んだ。食事の後のお風呂タイム。ドリアードで地下に自分用の浴槽を持っているアウラ以外は、適当なタイミングとその場の空気で順番に入る。
「ヴィゴよ、一緒に入るか?」
シィラが突然、そうぶっこんできた時は、思わず見上げてお顔の間の盛り上がりに目が行ってしまった。
「いきなり何を言ってるんだ!?」
「そのうち結婚したら、一緒に入ることもあるだろう? ……まあ、いいさ」
冗談だったのか、からかうように笑いながらシィラは風呂へと向かった。俺はルカと視線が合う。彼女は苦笑している。うちの妹がすみません、って顔だ。
「……で、ゴム。お前は何をしているんだ?」
リビングにある背もたれのない椅子のような形をしている黒スライム。かすかにプルプルしている。
「座れって?」
水面に波紋が広がるように小刻みにプルプルと反応する。ダイ様経由でないと、ゴムが何を言っているか理解できないが、こいつは俺たちが何を言っているのかわかるんだよな。
いつもより小さめなのは、分裂しているからかな。残りはどこにいったか知らんが、とりあえず座ってみる。尻に柔らかい感覚。これは座り心地がいいか……?
気づけばリビングには、ゴムが他に三体ほどいて、それぞれのメンバーを観察したり、リビングまわりをウロウロしている。好奇心旺盛なのね。
しばらくまったり過ごしていると、風呂に行っていたシィラが戻ってきた。
「いい湯だったぞ!」
わお、お肌が眩しい。下着とタオルのみ。……というか、上つけてないじゃん! タオルで隠れているけど、お胸ダイナミック!
「シィラ! ここは
ルカが早速、吼えた。そんな姉にシィラは
「ここは家だぞ。何を言っているんだ?」
「お、男の人もいるんだからね!」
「いいじゃないか。ヴィゴとは、そのうち体を交える関係に――」
「それは今じゃないでしょ! まだ未成年者もいるのだから教育上よろしくないでしょ!」
「うるさいなぁ。わかった、わかったよ」
シィラはしょうがないな、という顔で答え、俺を見た。あ。すまん、ガン見してた。
「家では、いつもこうなんだけどなあ。……なあ、ヴィゴよ。お前さんは、やはりこういうのは嬉しいか?」
チラ――
「シィラ!」
「はいはい。姉貴はうるさいな」
シィラは服を着るためにリビングを後にした。……凄かったな。お胸さまの迫力も、体つきもルカに近いから、脱いだら彼女もあんな感じ――
視線を感じて振り向けば、ニニヤが何とも言えない顔で俺を見ていた。なにその不潔です、って言いたそうな目は?
「あのぅ」
イラがリビングに顔を覗かせた。
「タオルが一枚足りないので、予備を――」
「わあっ!?」
思わず声に出ていた。微笑みシスター・イラさん。何ですか、その肌色具合は!? 下着姿でうろうろされると、その凶暴な巨なお胸様が凶器に――って何言ってるんだ俺。
「あ、ヴィゴ様のエッチぃ」
頬を染めながら、イラが妖艶な笑みを浮かべる。黒なんですけど。普段のシスター姿から想像できないほど、色っぽい下着なんですけど!? どういうことですか! 教会ってこんな乱れてるんですかー?
・ ・ ・
「旦那様、か」
ルカは、妹の発した言葉を口の中で弄んだ。
成人したら、生涯の伴侶を探して故郷を出る。例外はない。ドゥエーリ族の伝統に従い、強き異性を探すのだ。
強ければ誰でもいい、というのが一族の考えだ。だがそれ以外の部分については、探す方の価値観や考えが反映される。
シィラは『戦いこそ人生』という伝統の考えにどっぷり浸かっているから、単純にヴィゴの強さに惹かれたのだろう。
一方で、私はどうだ、とルカは自問する。
強い人であるのは当たり前としても、できれば優しい人であってほしいと思っている。力自慢は結構だが、下品な人は嫌だ。
強ければ誰でもいいとは、ルカは思っていない。
あと、できれば自分より背の高い人が……というのが切実だったりする。
故郷の村の女性で、二番目の高身長。妹のシィラもほぼ同じ高さだが、ルカのほうが微妙に高かったりする。
小さい頃は、男子より女子のほうが高い傾向にあり、今でこそ身長は追い抜かれているのだが、幼少の頃から背が高いことをからかわれたのは、軽いトラウマになっている。
『お前も、ヴィゴに惹かれているのだろう?』
シィラに面と向かって言われた時、ドキリとした。
たぶん、その見立ては、正しい――とルカは思う。一緒に戦って、彼の活躍を目の当たりにした。
強いし、助けられたし、優しい。ルカにとって、充分好意を向けるに値する人物だ。
ヴィゴの活躍は王都外でも評判になっているようである。故郷を出てきたばかりのシィラの耳にも届いていたほどだ。
おそらく、ヴィゴを一族に紹介しても、誰も反対しないだろう。一族の男性から腕試しを求められるだろうが、ヴィゴならばすべて退けてしまうに違いない。
そう考えると、自然と笑みが浮かんでしまう。たぶん、気持ち悪い顔になっている――そんな自覚はある。
彼のことが好き!
ただ、自分が決めたルールだと、伴侶とするには身長差が……。ヴィゴは足りない。
もちろん、これは自分ルールであり、周囲に公言していないから、黙っていれば誰も知らない。ルカ自身でルールを変えてしまってもいい。
ただ、一度決めたことを、簡単にねじ曲げるのは、ルカ的には苦痛を伴った。彼女は生真面目なのである。
高身長の男性と結婚するのが夢ではある。でも、身長に拘り続けるのもどうかと、思い始めている。
それはつまり、それだけヴィゴに対する感情が高まっているから、とも言える。彼のことがあるからこそ、ルールを曲げても、などと考えてしまうのだから。
妹のシィラが、ヴィゴを伴侶にするつもりでいる。それは別に構わない。ドゥエーリ族は夫が複数の妻を持つことは珍しくない。それはルカの家族もそうだ。父には3人の妻がいて、ルカは第1夫人、シィラは第2夫人の子だ。
もし、ルカがヴィゴを結婚の相手とするなら、同じく結婚を狙っているシィラとの問題は、ただひとつ。
どちらが第一夫人となるか、だ。複数の相手がいるとはいえ、順列は存在する。
そう考えて、ルカはハッとする。
――私、シィラに一番を渡したくないって思ってる……!
つまり、ヴィゴのことを結婚してもいいと思うほど慕っているということだった。