怖いことを考えると思った。
魔王の欠片に冒されたことで、触れたものを腐らせ、破壊してしまう右手を持っているディーである。その呪いの腕は、今のところ無敵の防御力を見せているゴムの体に通用するのか?
聖水に浸した包帯で普段は右腕を保護しているディーである。それなしで触れば、石だろうが金属だろうが、たやすく腐らせ、破壊してしまう。
「やめてください、ゴムちゃんが可哀想です! 崩れちゃったらどうするんですか!?」
ルカは反対したが、当の黒スライムは、ちっこいプチ分身を出した。
『どうぞ』
こいつ、怖いものなしなんだな。痛みを知らない奴は、平然と自分の身を切る。
ディーは、自信の呪いの手を晒すことをあまり好ましく思っていないようだった。神妙な顔つきで包帯を解くと、その黒ずんだ腕を見せた。
真っ黒である。闇そのもののような腕。明らかに尋常ではない気配を漂わせている。何も知らない人間なら、誰もが不気味がるだろうな……。
躊躇うディーだが、プチスライムはひょい、とその右腕に飛びついた。
「わっ!?」
声を上げて、尻もちをつくディー。その反応にこっちがビビった。アウラは興味深く、プチスライムを観察する。
「……腐らないわね」
プチスライムは溶けない。それどころか、うにょーんとスライムは体を伸ばして、ディーの右腕全体を覆った。
『ほぅ……』
何か湯船に浸かって一息ついたような声が漏れたような。
「これはどうなんだ、ダイ様?」
「ゴムも闇属性なのだろう。魔王と同じ闇属性で、しかもほぼ対等ということは、このスライムは上位の存在なのだろうな。……あ」
「どうした、ダイ様?」
「もしや、ゴムは、サタン・アーマー……」
サタンアーマーって……魔王の鎧? 何か凄ぇ単語が出た!
「触れたものを腐らせ、破壊する力を持った魔王が、周りのものに触れられるように己の鎧を作った。絶対無敵の防御力と耐性を持つそれは魔王の鎧と呼ばれた。そしてその素材は、独自改造した上級スライム……」
ダイ様は、黒スライムを指さした。
「つまり、こやつはサタンアーマー素材のスライムの生き残りもしくは、子孫だな!」
魔王が自身を守るために作らせた最強の鎧の素材というのであれば、あの無敵防御力はわかる気がする。
「しかし、こやつがそのスライムだとわかった以上、無敵ではないのぅ。魔王同様、力を解放した聖剣にはやられるということだから」
「そうね」
アウラも同意した。
「聖剣まで無効化できるなら、魔王が倒されることもなかっただろうし」
「だが、こちらは魔王ではないからな。そうそう聖剣を持った敵と戦うこともあるまい」
「でも、なんであのダンジョンにいたのかしら?」
「巣があっただろう? たぶんそこで生まれたのだろう」
ダイ様はきっぱり言った。
「あの巣も、もとは魔王の欠片だ。どれくらいの確率かはわからんが、邪甲獣を作るようにサタンアーマー素材のスライムも生成されたのだろう」
なるほど。俺はしゃがんで、ディーの右腕にまとわりついている黒スライムをつついた。
「すると、ひょっとしてこれ、ディーの腕全体を覆う防具になったりする?」
「そもそも、装備用途で作られたスライムだから、覚えればできるだろう」
俺たちの見ている前で、黒スライムがディーの腕全体を覆う手袋のような形になった。アウラが屈む。
「どう、ディー? 物に触れる? つけ心地は?」
「普通に手袋をはめている感じです。包帯しているのと変わらないですし……」
石をつかんで持つが、形は崩れず、変化もない。
「物が持てますね。……あと、声がします」
「声?」
「ひょっとして、ゴムの声?」
「たぶん。『やあ』って言ってます」
コミュニケーションが取れるようだ。ダイ様も魔王の欠片を取り込んだ影響で交信できたし、これはますますゴムがサタンアーマースライムだという説が確定的になったんじゃないかな。
「魔王の鎧か……。フフ」
アウラが何やら企んでいる顔になった。
「これを武器や防具に応用できないかしら……フフフ」
ルカが青い顔をしてゴムの本体を抱きしめている。武器などに応用しようというのは、彼女的にはやめてほしいというところだろうな。
それにしても、魔王の鎧の素材スライムとはなあ。邪甲獣は魔王の下僕。その装甲にゴムがやたらペトペトしていたのは、鎧としての親和性だったのかもしれないな。
もし邪甲獣装甲を加工する技術ができれば、最強防具が作れてしまうのではないか?
・ ・ ・
アウラとダイ様とゴムが、リベルタの家地下の研究室へ行った後、俺とディーは庭にいた。
「そのブーメランって、どこで覚えたん?」
俺は、ゴムの分離体――ゴム手袋をつけたディーが先ほどから飛ばしているブーメランを見やる。
王城でも、ディーがブーメランを使って敵を足止めしていたのを見ている。狙って当てられるならかなりの腕前だ。
「ブーメランは村で覚えたんですよ」
ディーが戻ってきたブーメランをジャンプして右手でキャッチする。ゴム手袋のおかげで木製のブーメランは腐ることがない。
「というより、白狼族なら全員使えます。ボクも別に意識していなくて、物心ついた頃には普通にブーメランを握っていました。白狼族の子供にとっては玩具でしたから」
「へぇ。特に意識しなくても、自然に使い方を覚えたんだ」
だからいざという時も、ちゃんと使えたわけだ。体に馴染んでいるから。
「一族の中にはブーメランを武器に使うことは珍しくなかった……」
物を投げることに慣れているなら、投げナイフとか投げ斧とかも使えそうだよな……。
「ヴィゴさん……」
「なんだ?」
「ありがとうございます。こんなボクを受け入れてくれて」
また、そうやって深刻そうな顔をする……。
「ボク、ここでなら、頑張れる気がします」
その視線の先はここではないどこかを見ているようだった。