変異種スライムは、火属性を無効化し、俺の魔剣の攻撃にも耐えた。
いや、耐えたというのは違う。実際に6万4000トンの重量に耐えられず、切られた部分はバターを切るようにあっさり両断できた。
ふつうスライムは物理耐性が高すぎて、こうも簡単に切れないから、魔剣の威力は大したものなんだけど、このスライム、分断したところで、そのまま二つになって動くというのが曲者だった。
アウラとニニヤが、複数の属性で試したけど、どれも大した効き目なし。
「何がCランクでも対応できる変異種よ!」
伝説のSランク魔術師様がキレた。
「こんなのCランク冒険者どころか上級冒険者でも対処できないじゃない!」
「何か弱点はあるはずなんだがな……」
じりじりと後退。打つ手なしではな。……いや本当、この黒スライム対処した奴いんの? しかしこれ以上下がってはな。
「この野郎め!」
俺は超装甲盾で突進を仕掛ける。ダイ様も匙を投げる超装甲盾で押してやる。見た目はこれだが、超圧縮された盾は見た目以上に超重量だ!
案の定、黒スライムを押し込む。このまま押し返す――と、地面に盾が引っかかり、ゴリッと地面が削れた。重量があり過ぎて、引っかかりすら粉砕してしまった。だがブレーキが掛かったのも事実。
盾の向こうで、スライムが弾かれる。と、そこにいた黒スライムたちが集まりだした。
「おいおい、今度はひとつに合体か!?」
「なら、私がラヴィーナで!」
ルカが魔法剣を構えて前へ出る。あの氷の大技で一気に凍らせようというのか。スライムを凍らせられるなら、悪くない!
「ヴィゴさん、ルカさん! 待ってください」
ディーが声を張り上げた。
「そのスライム、様子が変です」
「変……?」
「敵意を感じないっていうか……」
それ、どういうこと? 敵意がないってことは、別にこっちを襲うつもりがないってことか?
「わかるのか。そういうの」
「はい。全てではないですが、大体なら」
ディーは頷いた。擲弾筒を構えていたイラが、アウラに聞いた。
「本当なんですか……?」
「さあ。白狼族のことはよく知らないけど、亜人や獣人は人間より、そういう感情を敏感に感じ取るって話は聞いたことがあるわ」
「あの、どうしますか!?」
ニニヤが杖をスライムに向けたまま、指示を求めている。俺は魔剣を鞘に収めた。
「敵意がないってことは、襲ってこないってことでいいのかな?」
「さあ。スライムにそもそも知性とかあるか疑わしいけど」
アウラは腰に手を当て、様子を窺う。
大きくなった黒いスライムは2メートルほどの大スライムになっていた。俺に近づくと装甲盾にへばりついて、ブルブルと震えている。
「……なあ、ダイ様。これスライムに溶かされるなんてことはないよな?」
「それはあるまいよ」
魔剣を収めているので、少女姿で現れるダイ様。
「そもそも、それで溶けるなら邪甲獣に苦労などすまいて」
「何やっているんだろ、これ」
「コヤツ、盾を押そうとしておるのではないか?」
だが、この装甲盾は見た目以上にクソ重だから、ビクともしない、と?
「はわっ」
ルカが変な声を出した。どうした?
「可愛い……!」
「は?」
「押せない盾を一生懸命押そうとしているなんて、可愛くないですか?」
何か言い出したぞ、この人。ルカが剣を下ろし、スライムに手を伸ばした。
「ルカ、素手でスライムを触るのは危ない――」
「何ともないみたいです」
ルカがスライムの表面を撫でた。アウラは半睨みになる。
「気をつけなさいよ。単に鈍くて、気づいていないだけかも」
「いや、さすがにそれはないだろ」
スライムといったら、生き物に反応して襲ってくるんだから。触れられるまで気づかないなんてのは考えにくい。
「わからないわよ。変異種だもの」
まあ、そうだけどさ。
「何でもいいよ。こうまで近づいて、攻撃してこないんなら」
有効打を与えられない時点で、無理に倒す必要ないだろう。俺たちはダンジョンの奥を調査するのが目的で来ているんだ。
というわけで、この黒スライム君はスルーして先に進んだ。後衛のイラとニニヤは振り返る。
「……ついてくるわね」
「ですね」
若干遅いのか、距離が開きつつあるようだが、黒スライムが俺たち一行の後についてきていた。
「何なんだろうな?」
「懐かれたんじゃないですか?」
ルカは言った。アウラは難しい顔をする。
「もしかしたら、他のモンスターと連携してワタシたちの罠にかけるつもりかもしれない」
さっきからネガティブな感想が多い気がするのは気のせいか?
「ディー、どう思う?」
「やっぱり敵意は感じないです。でも、ルカさんの言う通り、懐いているような雰囲気はあります」
何事もなく終わるなら、それでいいか。
さて、ダンジョンだが、ここにきて変異種モンスターがいくつか襲ってきた。
鎧のような硬い外装の大蜘蛛、黒く元の倍はありそうな大きさのワームなど。こちらは明確に敵意を以て攻撃してきた。
俺は魔剣を、ルカは魔法剣で対応。ニニヤの攻撃魔法でモンスターにタメージを与え、アウラが生き残りを仕留めた。
こっちはちゃんと通用する。ギルドで聞いた通り、Cランク冒険者でも問題ないレベルだ。
「それにしても、このアーマースパイダーの装甲が粉々って、魔剣ってエグいわね」
アウラが、砕けた大蜘蛛の死骸を見下ろす。一撃で真っ二つだが、本来、剣などを弾く装甲が激しくヒビ割れているのだから、その威力の高さがわかる。
やがて、トルタル側ダンジョンの最深部へとたどり着く。
ワサワサとアーマースパイダーが集まってくる。ここは大蜘蛛のテリトリーか。
「やっつけよう!」
「擲弾、撃ちます!」
イラが擲弾筒を発射。ニニヤも範囲魔法を用いて、複数敵を吹き飛ばした。おお、割と敵の数が減った。
「ルカ、行くぞ!」
「はい! ヴィゴさん!」
俺たち前衛も突っ込んだ。装甲蜘蛛も向かってくるが、魔剣の敵ではなかった。