白狼族のディーは、一族を失い、ひとりだった。
白狼の魂絡みで知り合った俺だが、何だかんだあって孤独なディーを引き取った。
ディーも冒険者登録はしているものの、ロンキドさん曰く、争いを好まない性格なのだそうだ。一族の同年代の者たちが登録したので、その流れで登録してしまった口らしい。
引き取った俺ではあるけど、もしディーが冒険者を辞めたいって言うなら、尊重するつもりでいた。
だが、ここ1週間の彼女は、実に献身的に働いた。拾った恩とかって言い方は嫌だけど、周囲に溶け込もうと頑張っているようだった。
思えば、ここのところ、ディーにとってはつらいことばかりだっただろうから、ふさぎ込むんじゃないかって心配ではあったんだ。一族や仲間の死、孤独、呪いのことも含めて。
冒険者業はどうするって聞いたら、ディーは『続けます』と答えた。
『怖いですけど……ヴィゴさんたちのお手伝いができればって』
彼女は治癒術士である。冒険者のパーティーには、ひとりはこの手の回復役が望ましい。その点、うちにはイラもいるから、ディーが無理することはない。
王都で、診療所とかで働く手もある。冒険者に拘る理由もないと思ったから。だがこれはアウラ曰く、『魔王の呪い持ちを雇おうなんて、酔狂な奴がいるもんですか』と世間の目を教えてくれた。
『だからさ、あの子を受け入れたアナタって稀有な存在なのよ』
そんなわけで、ディーもリベルタの一員だ。
閑話休題。
冒険者ギルドからの、邪甲獣ダンジョンの調査クエストに対し、ルカとイラは即答で参加した。
「ディー」
もし怖いなら、無理しなくてもいいんだぞ。邪甲獣関係にはいい思い出もないんだから。
「行きます、ボクも」
彼女は微笑する。……うん、俺が心配し過ぎなのかもしれんな。王の間の戦いを生き残ったことで、目が据わってきたというか、落ち着きが出てきたようにも見える。
残す問題は――
「ニニヤは? いきなり初陣にしてはハードだから、無理にとは言わない」
「行きます! 今度は、絶対に逃げません!」
やる気は買おう。何か言いたいことはあるかな、アウラは? お師匠として言うことは?
「ワタシには聞かないの?」
「ん?」
思っていたのと違う反応に戸惑う。
「何を?」
「ワタシに、ダンジョンに行くかどうかの確認」
「来ると思っていたが。……聞いてほしかった?」
「仲間でしょ、連れないなぁ。……いえ、いいわ。聞かなくていい」
アウラは微苦笑した。
「よし、じゃあ、全員参加ということで」
ということで、俺たちはダンジョンへ出発した。
・ ・ ・
邪甲獣ダンジョンは、以前行った時と、空気が違った。
何か嫌な空気っていうか、ジメッとして、重圧じみたものを感じさせる。途中まで広く一本道であるトルタル側から入る。
前衛は盾持ちの俺。すぐ後ろは、気配察知に優れる白狼族のディー。ルカ、アウラ、ニニヤ、イラの順で俺に続く。
上級冒険者パーティーが複数参加という話だが、トルタル側はもう先に入ったか。俺たちだけだった。
「ディー、何か感じるか?」
「いえ、ヴィゴさん」
俺の斜め後ろにいて周囲を警戒しているディーは答えた。
「ただ、ずっと、嫌な感じはしています」
「同感だな」
前に来た時もそうだったが、天井高ぇ……。どんだけトルタルが巨大だったかわかるってもんだ。
「モンスターが多いって聞いたけど、そうでもないような」
「わからないわよ、ヴィゴ」
後ろでアウラが言った。
「むしろ、ここから先が多いかも」
俺たちは先に進む。
「ヴィゴさん。正面、何かいます!」
ディーがそれを察知した。さすが獣人。俺にはまだ見えない。
「何だかわかるか?」
「……地面を這っているような……スライム! 複数います!」
「ニニヤ!」
俺は後衛の彼女を、前衛のすぐ後ろに呼ぶ。
「敵はスライムらしい。相手は魔法に弱い。やれるか?」
「やります!」
元気はよろしい。ややして、俺たちの正面に、黒いスライムが立ちふさがる。
「黒……?」
俺の中のスライムって緑とか青なんだが、この色は初めてだ。変異種ってやつか?
「やります! ファイアーボール!」
火属性下級魔法。詠唱も制御もやりやすく、威力の面ではまあまあの魔法だ。だが魔法、特に火属性に弱いスライムには、一発でも即死ものだ。
ちゃんと弱点属性を選んだようで感心感心。しかもほぼ全部の個体に対して、ファイアーボールを同時に作り、当ててみせた。
当てたのだが――
「え……!?」
「効いてない?」
普通、当たれば松明のように燃え上がるはずなのに、そのスライムは炎上せず、あまつさえ体についた火を飲み込んでしまった! ちょ、マジかよ!?
「そんな……炎が効かないなんて……」
「ニニヤ、気にするな! 俺もこいつは初見だ。お前は悪くない」
スライムは炎に弱いなんて偏見だった。いや実際、弱いがこの黒いスライムは火属性に耐性があるってことだ。
「アウラ、こいつについて何かヒントある?」
「さあね、ワタシも黒いのは初めて見るわ。……ファイアランス!」
火属性中級魔法を叩き込むアウラ。しかしスライムは直撃にも耐えた。
「あらら、こいつは完全に火属性はダメね。……って! 増えたし」
アウラの魔法を食らったスライムが大きくなって、二つに分裂した。おいおい……。
「ニニヤ、弱点属性を探るわよ。順番に試していくわ」
「は、はい! 師匠!」
「それじゃあ、俺もひとつ物理耐性がどんなものか確かめてみようかね」
魔剣を構える。ダイ様の声が飛ぶ。
『我で攻撃すれば、耐性関係なくプッチンだけどな!』
「それを言うなって。行くぜ!」
俺は正面のスライムに突進。距離を詰めて、魔剣を上から叩きつける。
割れた。真っ二つに。そしてそれぞれ動き出した。あかん……。