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第69話、変異種


 白狼族のディーは、一族を失い、ひとりだった。


 白狼の魂絡みで知り合った俺だが、何だかんだあって孤独なディーを引き取った。


 ディーも冒険者登録はしているものの、ロンキドさん曰く、争いを好まない性格なのだそうだ。一族の同年代の者たちが登録したので、その流れで登録してしまった口らしい。


 引き取った俺ではあるけど、もしディーが冒険者を辞めたいって言うなら、尊重するつもりでいた。


 だが、ここ1週間の彼女は、実に献身的に働いた。拾った恩とかって言い方は嫌だけど、周囲に溶け込もうと頑張っているようだった。


 思えば、ここのところ、ディーにとってはつらいことばかりだっただろうから、ふさぎ込むんじゃないかって心配ではあったんだ。一族や仲間の死、孤独、呪いのことも含めて。


 冒険者業はどうするって聞いたら、ディーは『続けます』と答えた。


『怖いですけど……ヴィゴさんたちのお手伝いができればって』


 彼女は治癒術士である。冒険者のパーティーには、ひとりはこの手の回復役が望ましい。その点、うちにはイラもいるから、ディーが無理することはない。


 王都で、診療所とかで働く手もある。冒険者に拘る理由もないと思ったから。だがこれはアウラ曰く、『魔王の呪い持ちを雇おうなんて、酔狂な奴がいるもんですか』と世間の目を教えてくれた。


『だからさ、あの子を受け入れたアナタって稀有な存在なのよ』


 そんなわけで、ディーもリベルタの一員だ。


 閑話休題。


 冒険者ギルドからの、邪甲獣ダンジョンの調査クエストに対し、ルカとイラは即答で参加した。


「ディー」


 もし怖いなら、無理しなくてもいいんだぞ。邪甲獣関係にはいい思い出もないんだから。


「行きます、ボクも」


 彼女は微笑する。……うん、俺が心配し過ぎなのかもしれんな。王の間の戦いを生き残ったことで、目が据わってきたというか、落ち着きが出てきたようにも見える。


 残す問題は――


「ニニヤは? いきなり初陣にしてはハードだから、無理にとは言わない」

「行きます! 今度は、絶対に逃げません!」


 やる気は買おう。何か言いたいことはあるかな、アウラは? お師匠として言うことは?


「ワタシには聞かないの?」

「ん?」


 思っていたのと違う反応に戸惑う。


「何を?」

「ワタシに、ダンジョンに行くかどうかの確認」

「来ると思っていたが。……聞いてほしかった?」

「仲間でしょ、連れないなぁ。……いえ、いいわ。聞かなくていい」


 アウラは微苦笑した。


「よし、じゃあ、全員参加ということで」


 ということで、俺たちはダンジョンへ出発した。



  ・  ・  ・



 邪甲獣ダンジョンは、以前行った時と、空気が違った。


 何か嫌な空気っていうか、ジメッとして、重圧じみたものを感じさせる。途中まで広く一本道であるトルタル側から入る。


 前衛は盾持ちの俺。すぐ後ろは、気配察知に優れる白狼族のディー。ルカ、アウラ、ニニヤ、イラの順で俺に続く。


 上級冒険者パーティーが複数参加という話だが、トルタル側はもう先に入ったか。俺たちだけだった。


「ディー、何か感じるか?」

「いえ、ヴィゴさん」


 俺の斜め後ろにいて周囲を警戒しているディーは答えた。


「ただ、ずっと、嫌な感じはしています」

「同感だな」


 前に来た時もそうだったが、天井高ぇ……。どんだけトルタルが巨大だったかわかるってもんだ。


「モンスターが多いって聞いたけど、そうでもないような」

「わからないわよ、ヴィゴ」


 後ろでアウラが言った。


「むしろ、ここから先が多いかも」


 俺たちは先に進む。


「ヴィゴさん。正面、何かいます!」


 ディーがそれを察知した。さすが獣人。俺にはまだ見えない。


「何だかわかるか?」

「……地面を這っているような……スライム! 複数います!」

「ニニヤ!」


 俺は後衛の彼女を、前衛のすぐ後ろに呼ぶ。


「敵はスライムらしい。相手は魔法に弱い。やれるか?」

「やります!」


 元気はよろしい。ややして、俺たちの正面に、黒いスライムが立ちふさがる。


「黒……?」


 俺の中のスライムって緑とか青なんだが、この色は初めてだ。変異種ってやつか?


「やります! ファイアーボール!」


 火属性下級魔法。詠唱も制御もやりやすく、威力の面ではまあまあの魔法だ。だが魔法、特に火属性に弱いスライムには、一発でも即死ものだ。


 ちゃんと弱点属性を選んだようで感心感心。しかもほぼ全部の個体に対して、ファイアーボールを同時に作り、当ててみせた。


 当てたのだが――


「え……!?」

「効いてない?」


 普通、当たれば松明のように燃え上がるはずなのに、そのスライムは炎上せず、あまつさえ体についた火を飲み込んでしまった! ちょ、マジかよ!?


「そんな……炎が効かないなんて……」

「ニニヤ、気にするな! 俺もこいつは初見だ。お前は悪くない」


 スライムは炎に弱いなんて偏見だった。いや実際、弱いがこの黒いスライムは火属性に耐性があるってことだ。


「アウラ、こいつについて何かヒントある?」

「さあね、ワタシも黒いのは初めて見るわ。……ファイアランス!」


 火属性中級魔法を叩き込むアウラ。しかしスライムは直撃にも耐えた。


「あらら、こいつは完全に火属性はダメね。……って! 増えたし」


 アウラの魔法を食らったスライムが大きくなって、二つに分裂した。おいおい……。


「ニニヤ、弱点属性を探るわよ。順番に試していくわ」

「は、はい! 師匠!」

「それじゃあ、俺もひとつ物理耐性がどんなものか確かめてみようかね」


 魔剣を構える。ダイ様の声が飛ぶ。


『我で攻撃すれば、耐性関係なくプッチンだけどな!』

「それを言うなって。行くぜ!」


 俺は正面のスライムに突進。距離を詰めて、魔剣を上から叩きつける。


 割れた。真っ二つに。そしてそれぞれ動き出した。あかん……。

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